・1年目 まるで野獣
翌日、俺たちは隊列を組んで迷宮深層を歩いていた。
後衛は妨害魔法のスペシャリストのメープル、中衛は俺、前衛はシェラハと――まあお察しの通り、ガラテア姫が魔物を現在進行形で殴り倒していた。
「つよ……」
「接待プレイどころじゃないな、これは……」
「出番なさ過ぎ……。あ、そだ。ユリウス、ちょっと背中借りるね……」
「背中? っておい、さすがにそれは油断しすぎだろ」
一児にして三児の母が俺の背中に飛び乗って、後衛の仕事を丸ごと放棄した。
とはいえメープルの性質上、前衛が敵を瞬殺してしまうこの状況では、出番がまるでないのも事実だ。
「どうですか、シェラハお姉様!」
「凄いわ、ガラテア。戦士を目指してたった一年とは思えない立ち回りよ!」
「私、シャンバラに来てよかった! お姫様なんて止めて、ここで冒険者になりたいくらいよ!」
「うん……。ガラテアは、冒険者向いてると、思う……」
「おい、お姫様をあまりそそのかすな……っ、本気で決断しちゃったらどうする……」
ここは少し前に新発見された新種の迷宮で、赤の迷宮と名付けられた。
壁は灰色の石、床は焦げ茶色の土だ。それがなぜ『赤』と呼ばれているのかというと、出てくるモンスターが全て赤い強化タイプだからだ。
「ガラテア、そっち行ったわよ!」
「心得てます、お姉様! ヌゥンッッ!!」
ガラテアの隆々とした巨体から繰り出されたハンマーが、レッドオークの土手っ腹にぶち込まれると後ろのモンスターたちが軒並み吹っ飛んだ。
鮮やかなシェラハの剣技とは対照的に、ガラテア姫は何もかもがパワフルで力ずくだ。そしてそれがとんでもなく彼女の型にはまっている。
「ぐぅ……」
「この状況でよく寝れるな、お前……。おい、起きろ、一応戦闘中なんだから起きとけ……っ」
「お断り……」
「なんでだよ、自分の命だろ」
「だって、このポジション、久しぶり……」
「だからって、寝るなよ……」
俺は時折、マジックアローで奥の遠距離タイプの狙撃をした。
あくまで相手の体勢を崩すだけの威力に止めると、技のシェラハと力ずくのガラテア姫が全て片付けてくれた。
モンスターのドロップの方は、代わり映えしない一般的な物ばかりだったが上品質だ。
とはいえ今となってはこの程度の素材、工房で待っているだけでシャンバラの冒険者ギルドに集まるので、ますます今回の迷宮攻略が茶番じみていた。
しかしそれもまた納得の上だ。
ガラテア姫を含むランスタ王家の面々がこのシャンバラを訪れたのは、観光だけが理由ではかった。
・
探索開始より約4時間が経つと、俺たちは地下20層目に到達していた。
ところが節目となるその階層に降りてくると、長い直進通路の先に巨大な扉が1つ待っていた。
「これって見るからに特別なお部屋よね。ここに赤の迷宮の王様がいるのかしら」
「ガラテア、これがボス部屋……」
「まあっ、これがあの有名なボス部屋なのね!」
「いやボス部屋なら、今まで通過してきた中にいくつもあったぞ……? ガラテア姫とシェラハが瞬殺するから、単に気づけないだけで……」
やっと自分の出番かと、メープルが猫みたいな伸びをした。
「だけどこんなに派手な扉は初めてよ。ユリウスはどう?」
「俺の目から見てもここまで仰々しいのは初だな。中を見て、相手がヤバそうなら引き返そう。怪我をされたらランスタとの交渉が決裂する」
そう伝えると、左右の巨門をシェラハとガラテア姫が押し開いた。
その先で俺たちを待ちかまえていたのは、体長4、5mはあろう巨大なレッドドラゴンだった。……撤退するべき相手だ。
「これなら勝てるわ!」
「はぁっ?! ちょっとっ、ガラテア姫っ、それどういう判断っっ!?」
ガラテア姫に続いて、シェラハがその背中を追った。
するとメープルも杖を構えて、ようやく出番だと表情を輝かせながら弱体魔法のフルコースを放った。
「姫のサポート、お願い……」
「言われなくともそうするよ!」
火傷なんてさせたらランスタ王夫妻がブチ切れる。
そこで俺は火竜の注意を引き付けるために、敵の鼻先に飛んだ。
ブレスが俺を消し炭にする前に、再転移して頭の後ろに回り込む。
そこから鱗と鱗の隙間を狙って、借りパク聖剣に電撃をエンチャントして突き刺した。
シェラハは細剣を腰に戻し、サブウェポンの方の長剣で竜の腹を引き裂いた。
通常ならば鱗に阻まれて斬れないはずの装甲を、力ずくでぶった斬っていた。
「ユリウス様ッ、離れて下さい! えいっ!!」
火竜もまさか自分の背丈の3分の1すらない生物に、瞬殺されることになろうとは思ってもいなかっただろう。
よもや肉ダルマのように見えるガラテア姫の巨体が天高く跳躍し、そのハンマーが自分の顔面を物理的に有り得ない超破壊力で殴り倒すとは、想像もしなかったに違いない。
赤いボス部屋の外壁に火竜の巨体が叩きつけられ、大地が激しく揺れた。
瞬く間に火竜は実体を失い、そこにスイカみたいに巨大な宝石だけを残した。
「まあ、なんて大きなルビーなのかしら!」
「ふふ……なんだか歯ごたえがない竜だったわね」
「そこはぶっちゃけ、相手が悪い……」
そう、相手は指先一本でオアシスの対岸まで届く指弾を打てる淑女たちだ。
いかに巨体の火竜といえど、このレディたちの全力に堪えられるはずがない。相手が悪かった。
「これはルビーじゃない、クリムゾンナイトだ。しかしこれだけ巨大となると、世界中を探しても買い手なんて付かないだろうな……」
「じゃ、ちょうどいい記念品だね……。これはガラテアにあげる……」
「え、でも……こんなに大きな宝石……」
「あげる……」
「ええ、あげるわ。それじゃ、大物もやっつけたことだし、そろそろ帰りましょうか」
砕けば換金出来るがそれはなんとももったいない。
それにスイカみたいにでかい宝石は、ガラテア姫が小脇に抱えるとよく似合う。
俺たちは来た道を引き返して、軽い足取りで地上を目指して歩いていった。
「ガラテアにだけ明かす、ユリウスの秘密、その1……」
「まあっ、ユリウス様の秘密ですか!?」
「おいこら待てっ、人を暇つぶしのネタにするなっ!」
「冒険中のユリウスは、なんと――下着をはかない……」
「ま、まあっ、そ……そうだったんですのっ!?」
「んなわけねーだろ、今だってはいてるわ……っ!」
「うん、嘘……」
「嘘……驚きました……。てっきり私、本当にはいてないのかと……」
「んなわけないだろ……」
「ガラテアにだけ明かす、ユリウスの秘密、その2……」
「おい、続くのかこれ!?」
「夜のユリウスは……その気にさせると、まるで野獣……」
「ま、まぁっっ?!! お、お盛んですのね……。それもそうね、まだまだ、新婚さんですものね……っ」
「お前、いい加減にしろよな……。お姫様相手にそういうことを口にするな」
「あてっ……♪」
メープルのおでこを小突いて、もうお前は黙れと隣に引き寄せた。
シェラハの方に目を向けるとどうしてか慌てた様子で目をそらされたのは、いったいなぜなのだろう。
「ここだけの話……最初のはこの赤の迷宮らしい嘘だけど、2番目のは……マジ――むぐっ」
困ったやつの口を手で塞いで、いい加減にしろと渋い目を向けるとさすがのメープルもそれ以上は黙った。野獣……野獣はさすがに言い過ぎだろう……。
再宣伝となりますが、今月15日より「超天才錬金術師コミカライズ版1巻」が発売します。
コミックなので大判の小説よりお安くなっています。もしよかったら購入をご検討くださると嬉しいです。




