・1年目 続・客人来る
それから3ヶ月ほどが経った。
報告によるとアリは予定通りに大農園を買い上げて、そちらの屋敷に移り住んで奥さんと一緒に切り盛りしているそうだ。
ビジネスでシャンバラを訪れる頻度も上がり、なんだか俺よりもずっと真っ当に社会人をやっている……。
そこは腐っても王子で、やつの経営能力は元の農場主よりずっと高かった。
「パパ、お魚まーだー?」
「さあどうかな。釣れるかどうかは魚の気分次第だからな」
今は三人娘たちに囲まれたまま、桟橋ではなく湖畔の砂地に座り込んで釣り竿をたらしている。
サンディが膝に乗って、左右をウルドとスクルズが囲むと午前だというのに暑苦しい。
「おとうさん、あとでキラキラ、みせて」
「あ、うちもみたい!」
「父、お願い」
工房に連れて行くとシェラハに怒られるので即答できなかった。
そのシェラハはちょうど今、オアシスの右手遠方で水を浴びている。今日もシェラハは精霊のように綺麗だった。
こんなに美しい人がいることに、俺は今でも半分信じきれない。
美人は3日で飽きると誰かが言ったが、いくら見ても飽きなかった。
「ママ、きれい」
「ちちは、ママばかりみてる」
子供に痛いところを突かれてなんて返そうかと迷っていると、釣り竿の浮きがストンと沈んだ。
その手応えにタイミングを合わせて竿を引き上げると、あの独特の匂いのするアユの大物が釣れていた。
「父、すごい!」
「おっきいっ、わっわっ、ぬるぬるっ!」
「このお魚、変な匂い……。あ、おかあさん」
今までどこに隠れていたのやら、どこからともなくメープルが現れて魚を釣りカゴの中に外してくれた。
「おけ……」
「いるなら見てないで普通に混ざれよ……」
「ごめん……。私、遠くから見るのが好きだから……」
「知ってる」
「サンディ、ちょいちょい……」
メープルはサンディの手を取って、湖水でアユの粘膜に汚れた手を洗わせた。
横目でそんな母親らしい光景を眺めていると、人間関係の変化を感じずにはいられない。
「お前、おとなしくなったよな……」
「ん、物足りない……? 昔みたいに事件、起こした方がいい……?」
「ただでさえ大変なんだから今は余計なことをするな……」
「うん、賛成。いたずらは、この子たちが落ち着いてからにする」
「そこはずっと自重していてくれ……」
餌を付けて、安全のために右手に場所を移して釣り針をオアシスに飛ばすと、なぜかみんながこっちに寄ってきた。
くっつかないという選択肢はないらしい。
「おい、親……」
「ん……?」
「メープルママ、そこはダメーッ、そこはサンディのところなのーっ!」
俺が砂地に腰掛けると、メープルが俺の膝の上を占領した。
「大人げないまねをするな……」
「ごめんね、サンディ……。だけどサンディが産まれる前は、ここが私の席だった……」
「譲ってやれ……」
「やだ」
「じゃあ、こうする!」
メープルの膝の上にサンディが乗っかって、左右をウルドとスクルズが囲むと、暑苦しさが倍になった……。
「サンディは、天才……」
「暑い、みんなどいてくれ……」
誰も微動だにしなかった。
・
少しするとそこにシェラハがやってきた。
「おかあさんっ」
「あ、ずるい……」
すると子供たちどころか、メープルまでシェラハに取られてしまった。
しかしさっき水浴びしていた割に、ずいぶんと着替えが早い。
「今日到着するらしいわ」
「今日って……予定じゃ明日のはずじゃなかったか?」
「早いにこしたことはない……。楽しみ……」
実は客人が来ることになっている。もちろんそれはアリのことではない。
「迷宮に潜りたいって言っているそうよ。子供たちはわたしが面倒を見るから、連れて行ってあげて」
「おけ……そこは私に任せて……」
「いや、そうはいかないだろ……」
本人にそのポテンシャルがあるのは十分にわかっているが、過保護な家族の手前怪我なんてさせられない。
だけどいつかシャンバラに来たいと言っていたので、一通りここを紹介してやりたい。
「母、なんのはなし?」
「お客様が来るのよ」
「私たちの友達……。きっと、ビックリする……」
泣き出さないか心配なほどにビックリするだろう。
するとそこにドスンドスンと重い足音が近付いてきた。まさかと思い市長邸の方角に振り返ると、そこにあのガラテア姫の巨体があった。
「きゃーっ?!」
「父っ、おっきいっ、おっきいひときた!」
「ひっひぅ……っ」
そのあまりにたくましい体躯に、子供たちは俺を盾にして隠れてしまった。
「ガラテア、いらっしゃい……」
「ようこそシャンバラへ、歓迎するわ」
「シェラハゾお姉さまにメープルお姉さま! お会いできて光栄です!」
そんな子供たちの前で彼女たちは再開を喜び合った。
一見熊のように見えなくもないが、心根はやさしく、可憐なお姫様だ。子供たちを落ち着かせるとやっと俺もその場から立ち上がれた。
「わぁ、綺麗な湖! あっ、その子たちがみんなの子供なのねっ!? こっちがシェラハお姉さまの子供で、そっちがメープルお姉さまの子供でしょう! 見ただけでわかるわ!」
「ご名答。ところでガラテア姫、王様たちや護衛はどこかな……?」
「護衛なんて私にはいらないわ。馬車が遅いから、一足先に私だけ走ってきたの!」
「走ってって……砂漠をか?」
「砂漠もだけど、馬車を飛び出したのは隣国からよ!」
タフ過ぎる……。まさかの長距離走だった……。
姫という身分から目をそらせば、ガラテアはフィジカル最強の超戦士だ……。
もし要望通り迷宮に連れて行ったら、彼女は最強の前衛になってくれるだろう。
「ガラテア、ガラテア……アレ、子供たちに見せたげて……?」
「アレ? あっ、アレというと、もしかしてこれですの……?」
「そうそう、指弾。姉さんと勝負してみせて……」
「いいわ。見ててね、みんな!」
「いや、ちょっと待て! 指弾ってアレだろっ!? まさか、ここのオアシスでアレをやるつもりか!?」
ガラテア姫に俺の言葉なんて聞こえていなかった。
彼女は湖の中から手頃な小石を探り当てると、それを指先に装填した。そして撃った。
超破壊力の小石はオアシスの水面を跳ねて、対岸で投石機みたいに爆発した。
「ひぃっ?!」
小心者のウルドが悲鳴を上げた。
そりゃ親指1本であんな爆発を起こされたら『ひぃっ』ともなる。
「父っ、あれなにっ、どうやったの!?」
「すっごーいっ、オアシスのむこう、とどいた!」
スクルズとサンディは興奮に舞い上がった。
どうやったと言われても、父が知りたいぞそんなの……。
「はい、次はお姉さまの番よ」
「ふふふ、見ないうちに腕を上げたようね。それじゃ、わたしもいくわ。えいっ!」
言葉尻だけはかわいかったが、シェラハの指弾の破壊力はもはや爆弾だった。
指先から低い軌道で石ころが発射されると、水面を超速度で跳ね回って、やがて対岸に達すると重い着弾音と共に空高く砂煙が立ち上った。
「さすがシェラハお姉さまです! 4段で向こうに届かせるなんて私にはまね出来ません!」
いや、普通は段数を競うものではないだろうか……。
それがなぜ破壊力勝負の世界になっているのだろう……。
「おとうさんっおとうさんっ、あのおねえちゃん、シェラおかあさんとおなじくらい、すごい……!」
「うち、もっとみたい! 怖いけど、あの人、すごい……」
「賛成じゃ! もう一回、もう一回!」
少し話が横道にそれるけれど、スクルズは最近、リーンハイムの女王アストライアの口調が移ってきてしまっている……。
あの人はあの人で問題があるので、あまり見習わせたくない大人だ……。
「なら次は段数が多い方が勝ちね……」
「それは威力を抑えなきゃ難しいわ」
「何を言っているんだ、むしろそこは積極的に抑えてくれ……」
ガラテア姫とシェラハが同時に指弾を繰り出すと、また対岸が爆発した。
こうも何度も大爆発させられてはもはや釣りどころではない。魚たちもオアシスの下で震え上がっていることだろう。
「私の勝ちね、ふふふっ!」
「もう一勝負お願い、お姉さま!」
「いやこれ以上は止めようよ……。これ以上やったら人が――ああ、もう遅かったみたいだな……」
当然この爆発は何事かと、行政区の兵たちが押し掛けてきたのは言うまでもない……。
「違うわ、ただ指弾遊びをしていただけよ?」
通るか、そんなもん……。
「みんなで対岸まで何段で届くか勝負しましょ!」
常人が出来るか、そんなもん……。




