・1年目 客人来る
「パパ、しゅごいしゅごい。ぴかぴか、きらきら……しゅわぁ……」
その日、俺は娘のウェルサンディに抱きつかれたまま、工房のオーブに魔力をかけていた。
足下に広がる水槽は、まあ確かにピカピカでキラキラでシュワシュワだ。
「ママたちには内緒だぞ。見つかったらパパが怒られる」
「ないしょ……?」
「そう、ないしょだ。ママには言うなよ、特にシェラハはうるさい」
「……ぴかぴか。きれい」
工房はまだ概算3歳の子を近付かせたい空間ではない。
特に仕事中は水槽に転落するのではないかと、俺だって気が気ではない。
今はエリクサーを作っている。
これを材料に各地の錬金術師が薄めて売る商法が定着化したので、最近は輸出となるとこれが多い。
サンディは父親にしがみついたまま、小さな目を輝かせて光る水槽を見下ろしている。
母親譲りのブロンドに褐色の肌は、子供のあどけない容姿と混ざり合うとまるで天使のようだった。
「きらきら……」
「ああ、キラキラだな」
「パパ、すき」
「……そうか」
「ママも、すき」
「俺もだよ」
かわいい。かわいくてたまらない。だけれど、コイツらはとんでもなく手が焼ける。
特にサンディは超活発で、メープルの子のウルドの方がずっとおとなしいくらいだった。
「あ、やっぱり……」
「あ、ママ!」
今の子供たちにとって、ママは自分の母親にだけ向ける表現ではない。
というより、どれが自分の実の母か把握してない嫌いもある。
「メープルか。シェラハには内緒にしてくれ」
「姉さんならウルドと寝てる……。辛抱たまらん……」
「しんぼー?」
「子供の前で変な言葉は使わないって決めただろ……」
「あ、そんなことより、ユリウスにお客……。都市長のとこ……」
俺にしがみついたままのサンディをメープルが抱き取ってくれたので、エリクサーの仕上げを進めた。
輝きが強くなり、ピカっと光れば完成だ。
後は水槽の下に転がるぷにぷにのエリクサーを、メープルがシャンバラ製のガラス瓶に詰めてくれる。
「じゃあ悪いけど、お願い」
「じぃじ! いく!」
「ジィジにサンディが呼んでるって言っておくよ」
「というか、呼ばなくても来る……」
「あいつら朝昼晩と必ず来るからな……。じゃ」
「うん……。たぶん、驚く……?」
どういう意味だろう。ともかく俺は工房の正面玄関から外に出て、真っ昼間の熱い日差しの下でフードを深くかぶった。
最近なんというか、平和だ。
というのも子供が産まれた影響で、トラブルメーカーだったメープルが落ち着いてしまったのが大きい。……いや、それは俺もだろうか。
タンタルスの世界から帰還したあの日以来、家庭の中はともかく、世界は平和そのものだ。
今回のお客というのもせっぱ詰まった話には聞こえなかった。
よってここ一年の俺は、シャンバラの大地の再生に注力することになっていた。
・
「よう、パパさん。元気か?」
「アダマス……? 客っていうのはお前か?」
市長邸の広いロビーに入ると、そこにタンタルス族のアダマスがいた。
「知らねぇな。それよりマリウスさんを知らねーか?」
「マリウスが工房と転移門にいないなら、消去法でここか、あるいはうちの家かもな」
現在のアダマスは魔法銃の開発に協力している。
元は同族だったという真実をきっかけに、彼も心変わりをしたようだ。今では監視付きの自由を許されていた。
「お嬢ちゃんたちは元気か?」
「元気も何も元気すぎて困っている」
「いいことだ。魔法銃の方は見たか?」
「ああ、いい仕上がりだ。あっちからパクッてきたかいがあったよ」
「何度も言うがあれはいい判断だった。おかげで俺も仕事が貰えた。……おっ、マリウスさん!」
そこにあのちんまい弟子を引き連れたマリウスがやってきた。
やはりここだったみたいだ。アダマスに手を振って、俺の目の前に立った。
「なんで君は僕にだけさん付けなんだ?」
「はっ、俺なりに尊敬しているからだ。技術の後れたこっちの世界で、転移門と魔法銃を実用化させやがった。マリウスさんはただ者じゃねぇ」
「その点については俺も異論はないな」
「ユリウス、君は都市長のところに用があるんだろう、さっさと行け。かなり意外な客が待っているぞ」
「意外って、ファルク王がモンスターカクテルの督促にでも来たか?」
「いいや、客は同じツワイクの人間だ。早く行け、待たせているぞ」
そう言われたので片手だけで別れの挨拶をして、エントランスの階段を上がった。
同じツワイク人となると、まあ……変な候補しか上がらない。
都市長の書斎をノックして義兄に中へと招かれると、まあ案の定そこにいたのはアリ元王子だった。
「ユリウスも来たことなので単刀直入に言う。金を貸してくれ」
「金って……顔を合わせるなりいきなりもいきなりだな。一応聞くが何に使うんだ?」
「ええ、殿下はかなりの資産をお持ちのはずでは?」
来客用のソファーに俺も腰掛けた。
アリは王子時代の私財を処分して、かなりのまとまった金を持っていると前に都市長から教えてもらった。
「農園を買う」
「農園? そのくらいならお前の私財で――」
「買うのは大農園だ。それに資材は村の開拓に投資してしまって、今は金が足りていない」
「なのに農園を買うのか……? なぜ?」
「元手が足りないからだ」
都市長は何か事情を知っていそうだ。
その姿から見るに、今回のアリの提案に好意的に見えた。
「単刀直入に言うんだろ、話をループさせるなよ」
「ふふ……。そうしていると、かつて争っていたようには見えませんね」
「ジィジ、これが仲良く見えるか?」
「ええ、見えますとも」
困ったものだとアリにジェスチャーを送って、早く話を進めろと沈黙を選んだ。
思えば当時の俺は、アリに対して冷たく当たりすぎていた。地位に嫉妬していたのだろう。
「尻拭いだ……。シャンバラ経済包囲網から始まった混乱が、とある奴隷農園を破綻させてな……」
「つまり、俺のせいだって言いたいのか?」
「愚かな父上の尻拭いのつもりで言ったが、確かにお前のせいでもあるな」
「どういうことだ」
「お前がシャンバラの大地に水を引き、緑を再生しているせいで、ここに食料を輸出していた連中は今かなりの不景気だ」
「それはこっちが砂漠の国であることをいいことに、足下を見ていたせいだろ。それを助けろなんて都合のいい話だ」
なぜ俺はアリに対して無意識に強く当たってしまうのだろう……。
それはきっと、人間の関係がそうそう簡単に変わるはずがないからだ。
「まあまあ、そこは商売ですから。シャンバラだって同じような物の売り方をしています。ではこうしましょう。ユリウスさんが望むならば、代わりに私が融資と商売の契約をお約束しましょう」
都市長、なぜ俺にそれを決断させる……。
「頼む……。元王族として、これはやらねばならんことだ……」
「……いや、お前、誰?」
「俺だ。愚かにもお前を軍から追放したアリ元王子だ」
「彼は大農園の奴隷たちを心配しているのでしょう。主人を失えば、若い者はさておき、老いた者は次の農園の持ち主に捨てられることになるでしょう」
「買い手が見つからなければ、奴隷たちはまとめて路頭に迷う」
奴隷は都合のいい労働力ではない。
一応ではあるが、雇い主は老後まで保証する義務がある。でなければ若い奴隷は主人を捨てて出て行ってしまう。
「ならそうと単刀直入に言えよ」
「俺は彼らをだしにするつもりはない。出資をしてくれ」
「出資してくれ」
アリから都市長の方に振り返ってそうお願いした。
シャンバラが緑を取り戻すにつれて、その影響で様々な問題が吹き出すだろう。その尻拭いを好き好んでアリがやってくれるそうだ。
「いいですね、私も若い頃は相棒がいました。では契約の話をいたしましょう。その農場でサトウキビを作れますか?」
「既にサトウキビ畑ならある。増産は可能なはずだ」
「では向こう3年、そのサトウキビをこちらで買いましょう。価格は――」
細かな商売の話は俺にはわからない。
ソファから立ち上がって、そこでサンディの言づてを思い出したので、窓辺に寄ってしばらくの時間を潰した。
「話はまとまったか?」
「ええ、もう十分です」
「感謝する。これで500名の労働者とその家族が救われる」
「じゃあ言うがジィジ、サンディが遊びに来て欲しいそうだ」
「私のウェルサンディがですか!? すぐに参りましょう!」
しかしそれは義兄さんが許さなかった。
それは仕事を終わらせた後だと出口を無言で塞いだ。ところが相次いで書斎の入り口がノックされた。
「ユリウス、君もいたのか」
「父っ、父いたっ、ただいまっ!」
娘を連れたグラフがリーンハイムから戻って来た。
母親のように白い肌と青い髪がとても綺麗なスクルズは、俺を見つけると子犬みたいに飛びついて来て、俺はそれをいつものように抱き上げていた。
「お帰り。しばらく会えなくて寂しかったよ」
スクルズを都市長の前に運ぶと、だらしなく老人の顔が緩んだ。
お客様の前なのでまだ平静を取り繕っているが、普段はこんなものではない。
「聞いてはいたが、恐ろしく成長が早いな……」
「そうじゃない、人間の成長があまりに遅いんだ」
そんな中、グラフは俺に抱かれた娘の肩に手を置いて、やさしい母親の顔で微笑みかけた。
「スクルズ、母はジィジへの報告がある。先に父と一緒に帰っていてくれ。父は目を離すとすぐに消えるんだ」
「うん、わかった! ……あ、父、大変!」
「なんだ?」
「おしっこ……!」
「へ……? あっ、お前、あっああーっ?!!」
まずいと気づいた頃にはもう手遅れだった。
抱き上げた娘の股から、オムツの隙間から漏れ出して来たおしっこが俺の白いトーガを熱く汚していった。
温かい……。俺はスクルズをグラフに返却した。
「ちょっとオムツとタオルを取ってくるよ……」
「こういう時、ユリウスの力はとても便利だな」
「そうなんだけど、おもらしの後始末に転移魔法を使うのは、これはこれで使い方が著しく間違っている気がするぞ……」
転移魔法はおしめの交換にも大活躍で、野外で娘が漏らしたときはいつだって俺の役回りだった。
オアシスでおしめを洗うのも、すっかり慣れた……。
今月15日より、コミカライズ版「超天才錬金術師1巻」が発売します。
もしよろしければ書店にて手に取ってみて下さい。




