表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

186/308

・1年目 ある愚者の追想、千年王国が滅びた日

―――――――――――――――――――――――――

 終幕 錬金術師ユリウス・カサエルの無窮なる生涯

―――――――――――――――――――――――――


・1年目 ある愚者の追想、千年王国が滅びた日


・愚者


 ひたむきに錬金釜と向き合うユリウスを見ていると、狂おしいまでにこの胸が締め付けられる。

 彼の生み出す摩訶不思議な種子は神の奇跡そのものだ。

 それが大地に落ちると砂漠が美しい草原に変わり、草原が木々の生い茂る森へと変わってゆく。


 その度にこの愚者(・・)の胸には、到底己でも把握し切れないほどの激しい感情が入り乱れる。

 故郷の再生を喜ぶ純粋な心。ユリウスの才に嫉妬する心。彼への憧れ、信頼、恐怖、歪んだ愛情。


 止めてくれと願いながらも、全てが己の望み通りに動いてゆくのを愚者はほくそ笑んだ。


「貴女がいなかったら我々はこの荒れ果てた大地を捨てるしかなかった。改めてなりますが、我々をお救い下さり本当にありがとうございます」

「賞賛はいらぬ。それがわらわの務めだ」


 昔々、愚者はユリウスと同じことをしていた。

 作物の実らぬ荒れた大地に、緑を蘇らせては人々に熱く賞賛されていた。


 それが感謝祭ともなれば、次から次へとこの謁見の間に国中の民がやってきて、真実を知らずにその愚者を称えていた。


「貴女は我々の誇りです」

「どうかこれからも我らをお導き下さい」

「ご機嫌麗しゅう、お会いできて光栄です」


 苦痛だった……。

 慕われ、謝辞を述べられるたびに、この心が氷のように冷たく冷えてゆくのを感じた。


 この千年の統治も、大地の再生も、ありとあらゆる行為の何もかもが、彼らのためではなく自分のための行いだったからからだ。


 違う。

 裏切ったのではない、最初から味方ではなかっただけだ。

 どんなに慕われ、愛されようとも、わらわの耳に賛辞の言葉は届かない。


「母上、今日は僕のわがままを聞いていただきたくここに参りました。その、お仕事のお邪魔でしたでしょうか……?」

「そなたか。そなたがわらわにわがままとは珍しい。言ってみよ」


 そんな中、なんの奇跡か戯れの相手との間に子が生まれた。

 どんな男と交わっても子を宿すことなどなかったというのに、建国千年目にて美しい男の子を授かった。


 父にはまるで似ず、母親によく似ている。

 愛おしいと感じる反面、この子の扱いには困っていた。


「僕の親友を母上に紹介したいのです」

「そなたに親友か……。もしやそれは隣の彼か?」


「はい!」

「よかろう、顔を上げて名を名乗らせよ」


 許しを下すと、少年は顔を上げていかにも聡い瞳でこちらを見つめた。


「シャムシエルと申します。ヴァン王子とは、恐れ多くも親友の誓いを上げることになりました。陛下、お会いできて光栄です」

「母上、それであの……お願いというのは、シャムシエルを――」


 運命とは因果なものだ。ここでこの決断を下さなければ、ユリウスはシャンバラに拉致されたりはしなかっただろう。


「シャムシエルと言ったか。そなたをヴァンの小姓として召し抱えよう。息子をよろしく頼む」

「あっ……ありがとうございますっ、母上っ! やったね、シエル!」

「ヴァン、陛下の御前ですよ。喜ぶのは後にしましょう。……陛下、ヴァン王子は私にお任せを」


 息子に親友が出来たのが嬉しくて、つい笑ってしまった。

 それと同時に『自分は何をやっているのだ』と、自分自身に呆れた。


 違う。彼らはエルフ(・・・)ではない。

 彼らの未来を案じたり、心を許すなどしてはならない。

 愚者は息子とその親友を謁見の間から遠ざけて、とても幸せそうに立ち去る2人の姿を見送った。


 それからすぐに腹心のある男を呼んだ。

 息子とシャムシエルを見ていると、あちら側に引き込まれてしまいそうだった。


「あと何年かかる……?」

「もう3、4年かと」


「そうか……。この茶番も、それまでの夢幻か。よもや、1000年もかかろうとはな……」

「長かったですな」


 感慨に彼と一緒にため息を吐いた。

 彼はこの国の宰相。この愚者の真実の姿を知っているただ一人の存在だった。


「長かった……。あまりに長すぎた……」

「しかしご子息はどうなされますかな?」


「アレを気にする必要はない」

「いえ、ですが……。ですがワシとしては、せめてヴァン王子だけでも……」


「時がくれば全てが終わるのだ。全てはそれまでの戯れだ」

「ならば――どうせ全てが消えてしまうのならば、ワシが何をしても自由のはずです。もしその日が来たら、王子は私の手で都から遠ざけます」


「好きにせよ。そなたは千年の忠を貫いたのだ、何をしても許される権利がある。宰相として、わらわを裏切り、世界の終わりを止める権利もな」

「生憎、その気は毛頭ございませぬ」


 ここで彼が逆らわなかったら、ヴァンの末であるシェラハゾと呼ばれる女は生まれなかった。

 シャムシエルも死に、役者なき歴史が紡がれただろう。


「そなたには感謝している」

「どうかご自分の夢を叶えて下さい。我らに千年の安らぎを下さった貴女には、全てを破壊する権利があります」


 宰相は平伏し、謁見の間を離れた。

 この千年、本音を言えるのは彼だけだった。その彼も老いて、白髪の老人となってしまった。



 ・



 愛して欲しいなど願ったことはない。

 ましてや許して欲しいなどと考えたことすらない。

 全ては幻。まほろばの国シャンバラは、じきに消える。


「千年だ、千年を安寧に導いた。ならば十分であろう……。この手に代価を受け取る権利だって、きっとあるはずだ」


 裏切ったのではない。

 わらわは最初から、そなたたちの味方ではなかったのだ。


 畑が豊穣の実りを迎えたとき、それを刈り取るのは当然のことだ。

 千年を乗り越えて、ついに収穫の時が来たのだ。


「シャンバラよ! 逆しまの幻となりて我が願いを叶えよ!! 我が名はシェラハ・ゾーナカーナ・テネス! この大地の真なる継承者だ!」


 あの日、千年王国シャンバラは滅びた。

 残された者たちはシャンバラを捨て、またある者たちは今のシャンバラに残った。


 裏切ったのではない。

 赦しも要らぬ。

 わらわは己の行いに後悔などない。



 ・



・錬金術師


 子供たちが生まれて1年が経った。

 親が4人もいるというのに子供たちの世話は大変の一言で、毎日が目まぐるしく過ぎ去っていった。


 驚いたのはエルフの子の成長速度だ。

 お腹の中でヒューマンの2倍で育つ種族は、お腹の外では3倍で育っていった。


 あっという間に歩くようになり、喋るようになり、最近では勝手に家を出て砂漠を歩こうとして手が付けられない。

 あまりに大変なので都市長が乳母を付けてくれると頻繁に言うが、みんなにその気はないようだった。


 空を見上げれば緋色の夕日が入道雲を赤く燃やしている。

 砂漠の気候は両極端で、早くも少し冷えてきている。

 そこで俺は家から大きなタオルを2枚取ってくると、それをシェラハと子供たちにかけてやった。


 長女の名前はウェルサンディ。シェラハとの間の子だ。

 次女がメープルとの子のウルド。三女のスクルズは今はいない。

 あの子はいつものように母であるグラフにくっついて、リーンハイム王国を訪ねている。


 女王アストライアは青い髪のスクルズにベタ惚れで、グライオフェンとグラフの両方が嫉妬するほどの愛されようだ。

 それも無理もない。娘たちはどの子も利発で愛らしかった。


「ん……。ああ、ユリウス……そこにいたの……」


 日が沈む前に起こした方がいいかと迷っていると、シェラハがうっすらとまぶたを開いて、俺に手を伸ばした。


 なんだか少し様子がおかしかった。心細いのだろうか。

 シェラハの手を取ると、安心したように彼女は目を閉じた。


「とても怖い夢を見たわ……」

「悪夢か。大丈夫か……?」


「ええ……ユリウスの顔を見たら落ち着いたわ」

「そうか。……だがうなされているようには見えなかった」


「違うの……。怖いと言っても、怪物が出てくるような夢ではなくて……。ん……」

「どうした?」


「ごめんなさい、よく思い出せないみたい……」

「夢なんてそんなものだ。思い出したところで意味なんてない」


 子供が出来てからシェラハたちみんながたくましくなってしまって、最近はこんな弱々しい彼女を見ることなんてほとんどなかった。

 不謹慎かもしれないけど、弱々しい今の姿がとても綺麗に見えた。


「だけど、なんだか胸が締め付けられるように、苦しくて……。それに夢の世界のわたしには、子供がいて……」

「現実の世界でもいるだろ」


「そうだけど、そうじゃなくて……」

「夢だよ。きっとシェラハは、みんなの世話で疲れているのかもしれないな。乳母、やっぱり雇ったらどうだ?」


「それは嫌。この子たちはわたしが面倒見るわ。だって、ちょっと目を離したらすぐに大人になっちゃうんだもの」

「確かにな。もう4年も育てれば15歳の姿になるなんて、そんなの成長が早すぎる……」


 シェラハと微笑みながら話していると、タオルがモゾモゾと動いてそこから顔が生えた。

 メープルの子のウルドだ。母親譲りの褐色の肌に、キラキラと輝く銀髪がとても綺麗な子だ。


「おとうさん……?」

「おはよう、ウルド。そろそろ家に帰ろうか」


「うん……。さむい、かえる……」


 両手を差し出すと、ウルドは両脇をその上に乗せて父親に抱き上げられた。

 その軽さに庇護欲を誘われずにはいられなかった。


「サンディが起きるまでわたしはここにいるわ」

「ほどほどにな」

「ばいばい、シェラ……」


 オアシスの木陰を離れて、家に向かって歩いた。

 平穏だが忙しない日々だ。子供たちから目が離せなくて、自分のペースで動ける時間が大きく減ってしまっていた。


「おとうさん……」

「なんだ?」 


「うんち……」

「ま、待てっ、まだ出すなっ、急げば間に合う!!」


「んっんぅぅぅ……っ」

「待った待った待った待ったっ、まだふんばるなっ!!」


 おまるまで走った。

 結局間に合わず、汚物まみれのオムツと戦うことになった……。


 乳母の雇用に俺は賛成だ。

 いつでも心変わりしてくれても構わない……。


連載再開が遅くなってごめんなさい。

プロットが完成して無事執筆に入れましたので、本日より「3日1回更新」で連載を開始します。


1度物語を締めようということで、これが最終章となります。

予定文字数は10~15万字。この投稿を含めて、33~50話くらいでこれまでの伏線全てを回収して、完結にもってゆく予定です。


以降は気分次第の投稿になるかと思います。

どうかこれから3~5ヶ月ほど、お付き合い下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ