・第3部エピローグ1/2 たった一ヶ月で三児の父となった錬金術師
異世界からの侵略者タンタルスの正体はエルフ。その恐るべき真実は、秘匿されることなく人々に公開されることになった。
戦いの戦意を削ぐので公開は止めた方がいいと師匠は言った。都市長もまた愛するシェラハと、かつての政敵であり親友である男のために秘匿を望んだ。
だが当のシェラハが公開を望んだため、真実を明るみにすることになった。
消えたのは彼女の父母だけではなく、その賛同者たちも多く含まれていたからだ。
『公開しましょ。お父様に従ってくれた人たちの家族のためにも、あたしには娘として真実を伝える義務があるわ。消えたみんなは夢を叶えて、見つけた理想郷で幸せに生きた! そう伝えてあげるべきよ!』
彼女の望みにより、タンタルスの真実は公開されることになった。
あのアダマスの仮説によると、祖先たちは魔力無き世界で暮らしてゆくにつれて、やがてあちらの環境に順応し、自ら魔力を生産出来ない身体に退化したのだと言う。
しかし魔法を失ったことが彼らの科学を発展させて、そして長い月日の果てに再び魔法と出会うことになった。タンタルスの肉体は自ら魔力を生み出す機能こそ退化していたが、魔法を扱う構造そのものは残っていた。
魔法と科学が融合した結果、魔力が文明の繁栄に必要不可欠な資源となり、彼らは魔力を持つ生き物を家畜化するようになっていった。
だとするとタンタルスとの共存は難しい。彼らにとって魔力を持つ俺たちは資源そのものだ。もし狩猟や飼育を止めれば、彼らの文明は崩壊してしまう。
侵略をこれからも警戒しながら、やつらがこちらを対等と認めるまで戦い続けるしかなかった。
自分たちが家畜化している存在が自分たちの祖先だったと知ったところで、彼らはもう止まれないだろう。
それはこのシャンバラが交易と迷宮を捨てられないことと同じだ。俺たちとタンタルスは宿命的に戦い続けるしかなかった。
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さて、その後の日々は平和そのものだった。ツワイクとの同盟関係の構築により、経済構造に変化こそあったが、その話はまあ別の機会にするとしよう。
あれから約2ヶ月が経った。先月にはついに子供が産まれて、俺はたった1月の間に3児の父となっていた。
子供たちはあまり俺に似ていない。エルフの母から生まれる子はエルフだそうなので、まあそういうものなのだろう。
まるで子供たちは母親の生まれ変わりのようで、そこがまたかわいくて仕方がなかった。
夜泣き、おむつ、理由不明の大泣きに、さんざん悩まされた。
おまけに連日のように義父と義兄と師匠がここに押し掛けてきて、その相手をしなければならない。
子育ては理想ほど綺麗なものではなく、先月までの日常はもうどこにも残っていなかった。
だがそれにも増して、子を抱いて微笑む彼女のたちの姿はあまりに美しかった。子供を作ってよかったと、そう断言できるほどに。
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「しかし……まるで犬猫のような成長の早さだな……。いや、ありがたくはあるのだが……」
「だから、ヒューマンの子の成長が遅すぎるのよ」
こうして現在、ベビーベッドに横たわっているだけだった子はベッドの上をはったり、隣の子にちょっかいをかけたり、人に意思表示をして世話やおっぱいをせがむ。
取り替え子とか、鬼子という言葉が脳裏をよぎるほどに、エルフの子供たちはどんどん賢く大きくなっていった。
「あっち向いてて」
「なんでだ?」
「ユリウスが変な目で見るからよ」
「そうかな……」
「そうよ」
シェラハはメープルの子を片手で抱いて、胸を出すとおっぱいをあげた。
やさしい微笑みを浮かべる彼女の姿はまるで女神のようで、孤児だった俺にはその姿があまりにまぶしかった。
「ほら、だらしない顔してる……」
「仕方がないだろ。この光景を見てニヤケない方がおかしい」
シェラハの子は手がかからない。逆にメープルの子は手が焼けて、グラフの子は少し神経質だ。
どうも少し臭うのでおしめを変えて、早くおまるにまたがれるくらいに成長してくれと祈った。
「ここはあたしがどうにかするから仕事に戻って。メープルとグラフもそのうち戻ってくるはずだから」
「いや、大変じゃないか?」
「平気よ。兄さんもきてくれるはずから」
「じゃあ戻るか」
やんちゃなメープルの子を軽く撫でて、それから俺はシェラハに少しらしくないことをしてから工房に戻った。
あんなにやさしい母親を持てて、あの子たちは幸せ者だ。兄弟にも恵まれ、誰もが必要としてくれている。
俺は工房で輸出用のエリクサーを作りながら、何度も何度も子供たちを羨んだ。
そうしていると珍しくマリウスのやつが工房にやってきた。
「やあ、調子はどうだい?」
「ボチボチだ。若干寝不足なくらいだな……。何か注文か?」
「違うよ、あの子たちの様子を見にきた。ユリウスの子だからしっかり教育しないと」
「どういう意味だ」
「なあユリウス……俺とも子供を作らないか?」
「ブッ……?!!」
「ははははっ、もちろん冗談だよ。あの子たちを見て、ちょっとそう思っちゃっただけさ」
「ゲホッゲホッ、悪い冗談だ……。はぁ、ビックリした……」
子供たちに会いに来たというのに、幼なじみのマリウスは俺の隣に静かに寄り添った。
それから俺の仕事を、光るオーブと緑色に燐光する水槽を見下ろしている。
「羨ましいよね」
「いや、男が子供は産めないだろ……」
「そうじゃないよ。あの子たちが羨ましくないか? 俺たちよりずっと恵まれていて。あんなにやさしい母親に囲まれて、同い年の兄弟が2人もいる」
「お前……。なんで俺と同じこと考えてるんだよ……」
「同じ場所で育ったからじゃないかな」
「院長先生はやさしかっただろ」
「でも俺たちだけの母ではなかった」
「まあ……」
そんな俺に父親役などできるのだろうか。そのままの弱音をマリウスに伝えてみた。
「俺も守るよ。あの子たちには、俺たちみたいな苦労はさせない。みんなに愛されて、真っ直ぐに成長してもらわなきゃ困るんだ」
「ありがとう、マリウス。情けない話だが、頼りにさせてくれ」
「遠慮するな、俺たちは親友だろ」
「そういう臭いことを言うな」
「フッ……10年もすれば、君こそ『お父さん臭い』と言われるようになるだろ」
「そういうのは止めてくれ……」
俺たちの子はシャンバラを救った英雄の子として、ありとあらゆる人々に愛されて、健やかに成長していた。
本当に、まるでモヤシや豆苗のようにグングンと、下手をすれば5年で『お父さん臭い』と言われてしまいかねない驚異の成長力で育っていった……。
あれだけ大きな馬ですら3年で大人の身体になるのだから、自然の在り方から逸脱しているのは、もしかしたら俺たちヒューマンの方なのかもしれない……。
次話で第三部完結となります。




