・第3部エピローグ タンタルスの真実
危険と隣り合わせの2日間の旅を乗り越えて、かつて分かたれた一部族『湿地エルフ』の500名はついにシャンバラへとたどり着いた。タンタルスの魔力プラントで飼育されていた彼らが、長い苦難の果てに隷属のくびきから解き放たれたのだ。
「ありがとうございます、ユリウス様……。貴方はやはり、私たちの天使様です……。ああ、こんなにも近くに、魔力があふれる世界があっただなんて……」
彼らの目の前に現れたのは砂漠であり、廃墟化したゾーナカーナ邸宅だったが、彼方には町とオアシスが見えていた。誰もが自由な新天地に心躍らせて、もう過酷な生活は終わったのだとむせび泣いた。
闇の迷宮の防衛にあたっていた軍人たちは、突然現れた500名の耳のたれたエルフにずいぶんと驚いていたがな。だがそこはシェラハが持ち前のカリスマと処理能力でどうにか話をまとめてくれた。
一通りの引き継ぎ処理が終わると、湿地エルフを付近のオアシスに移送することになった。シェラハと俺の役割はそこでいったん終わり、やっと一息吐くとシェラハがどこか浮かない顔で俺の隣に立った。
「闇の迷宮を抜けるまでは、余計なことを考えないようにしていたけれど……ねぇ、ユリウス、これって、どういうことなのかしら……。私のお父様と、お母様は……いったいどこに消えたの……?」
「その疑問はもう少し先延ばしにした方がいいな。彼らから詳しく話を聞けば、何かしらがわかる」
「でも……」
「無事に戻ってこれただけでもめっけものだろう。俺たちは運悪くやつらの世界に行き着いて、だが古の同胞を助けて、侵略経路を破壊して戻ってきた。独断ではあるが、誇ってもいい大戦果だ」
「みんな怒ってるでしょうけどね……」
「……そうだな。まあ、メチャクチャに怒られるのは確定だろう」
「ごめんなさい、あたしのわがままのせいで……」
「いいんだ。結局俺は止めなかったんだから、シェラハと同罪だ」
結婚式を挙げたあの神殿が懐かしくて、その前で俺たちは少し休んだ。するとメープルとグラフがラクダを飛ばしてやってきて、バカな俺たちを叱りつけた。
「おい待て、なんかおかしいだろ! なんで俺の方が責められてるんだよっ!?」
「はぁ……。ユリウスには、失望した……」
「ボクたちがどれだけ君たちを心配したと思う。君がシェラハを止めてくれたら、こんなに思い悩むことはなかったのに……」
「お前らあっちも責めろよ!? どんだけシェラハに甘いんだよ、お前ら……!? そしてそのしわ寄せを無理矢理にこっちに持ってくるな……!」
「ユリウスだって……姉さんが止まらないことくらい、最初から、分かり切ってた癖に……」
「一緒に行くと決めたのは君だろ。シャムシエル様はあれだけ反対してたじゃないか」
文句をたらたら言いながら、メープルは矛盾した行動を取った。よっこらせと人の胸に抱き付いて、その必要性があるのかはなはだ疑問であるが、こちらの背中に両足を回してしがみ付いた。
「失望した……」
「なら降りろ」
「それと、これは、別……。はぁ、もう一度、会えてよかった……。おかえり」
「ただいま」
その後もメープルとグラフは隙あらば文句をたれていたが、俺たちが想定していたほどには怒ってもいなかった。シェラハと俺は内心それにホッとしながらラクダの背にまたがって、居心地のいい自分たちの家へと運ばれていった。
ふぅ……思えば大変な大遠征になってしまった。
さてオアシスの湖畔に輝く我が家に帰ったら――帰ったら、そうだな……。
シェラハの水浴びをのぞこう。
・
『私のお父様とお母様はどこに消えたの?』
あの日シェラハが俺に言ったその疑問は、湿地エルフを保護してより5日後にとある書物が示してくれた。
それはあの魔力プラントの職員が、エルフの少女を哀れんで差し入れてくれたものだ。それはエルフのものではなく、タンタルスの歴史を刻んだ児童向けの歴史書だった。
少し意外だったのは、彼らの言語が俺たちの言語とほど同じだったことだ。ただ非常になまりが酷く、歴史書なのもあって固有名詞もまたやたらと多かったので、獄中のアダマスを頼ることになった。
俺たちにはまともに読めなかったが、タンタルスである彼ならば読める。俺とシェラハは覚悟を決めて、湿地エルフの少女より歴史書を借りて、アダマスの牢獄を訪ねた。その歴史書に刻まれた内容は、シェラハの父と母の行方を暗喩するものだった。
「つくづくとんでもないやつだな……。まさか、俺たちの世界に行って、無事に戻ってくるなんて、貴様は化け物だ……」
ヤツは本来のタンタルスと見比べれば、もはや異形と言ってもいい姿だ。しかししばらくの牢獄生活で中で角が取れていたのか、俺を見る目はどちらかというと妙に好意的だった。
「お前、なんだか丸くなったな?」
「ケッ、そう言われると思ったぜ。だが、まあ間違ってもいないな。実はあのシャムシエルの爺さんが、暇を見つけてはここにきてくれてな……」
「え、都市長が……? どうして……?」
「最初はいけすかないジジィかと思ったが、あれは話のわかるジジィだ。貴様らが慕うのもわかる。ま、こっちは貴様に迷宮ごと浸水させられて、あの時は死にかけたが……」
「冗談とかも言えたんだな、お前……」
「ねぇ、それよりも教えて、アダマスさん! これ、貴方の世界の本なのよねっ!?」
「そうだ。表紙は違うが、中はガキの頃に読んだ覚えがある」
「よければ翻訳してくれないか?」
「いいぞ」
「え……そんなあっさり……。本当にいいの……?」
シェラハが驚くと、ヤツは俺から歴史書をひったくった。こいつらには国家への帰属心がないんだったか。こいつらの世界のルールは金で、金の切れ目が縁の切れ目、といったところなのか。
「こちらなりに思うところがあってな。どこを読めばいい?」
「ここだ。ここを読んでくれ」
鉄格子ごしにページを開き、文面に指を指した。するとヤツはさっと目を通して内容を鼻で笑う。態度は悪いが、かなり興味深そうな顔付きだった。
「『我々の始祖はここではない別の世界からやってきた。始祖の世界には勝てる見込みのない別種族がおり、いつの日かやつらに滅ぼされてしまうことが決まっていたからだ。……彼らは果てしなき旅路の果てにこの地へと至り、ここを真の楽園とした』」
その一文こそが全ての答えだった。俺たちの知っているある事実に酷似していた。
「次はここを頼む」
「『我々の先祖は誰もが魔力を持っていたが、やがて魔力なきこの世界に順応し、今の姿となったという。その始まりの者たちのことを――』クククッ……」
そこが俺たちが一番知りたい部分だ。なにせ教科書の中に、俺たちがよく見知った名詞が混じっていたからだ。
アダマスは血色の悪い顔で、意地の悪い表情を浮かべて、けれども悪意のない淡々とした言葉で締めくくってくれた。
「『その始まりの者たちのことを、ゾーナカーナ・テネスと呼ぶ』」
それが真実だった。震えるシェラハを強く抱きしめて、彼女を落ち着かせた。事実を受け止めかねてか、シェラハは呆然としている。
時系列がおかしいが、それはグライオフェンという前例がある。決してあり得ないことではない。
この異形の怪物たち、発展しすぎた世界の住民タンタルスの正体は――
「そこの女はシェラハ・ゾーナカーナ・テネスと言うらしいな」
「ああ。そして彼女の父と母、それに従う者たちは新天地を求めてこのシャンバラを去った」
「あたしにはわからない……。それって、どういう、意味……?」
「腹にガキがいるのに悪いな。俺たちは同じだったんだよ」
「同じって、どういうこと……? 私のお父様とお母様はどこに……」
「もう気づいてるんだろ。ただ認めたくねぇだけだ」
「アダマス、もういい、ここから先は俺が後で伝える」
「いいやダメだね、こっちは牢獄で死ぬほど暇してんだ、真実を突き付けてやるよ! 俺たちだ、俺たちだったんだよ!!」
「止めろ、アダマス!!」
「俺たちこそが、消えたゾーナ・カーナに従う一派の成れの果て!! 俺たちの祖先は、貴様らエルフだったんだよっ!!」
「ぇ…………」
シェラハの震えが止まった。やはりもう気づいていたのだろう。
すがるように彼女は俺の胸に顔を埋めて、あふれてくる涙に悲しそうに鼻をすすった。
「きっとグラフと同じケースだな。グラフとは比較にならないほどに遠い過去に、シェラハの両親は飛ばされていたのだろう。彼らタンタルスこそが、ゾーナカーナ・テネスの末。砂漠エルフは、彼らの遠い祖先だ」
かつてシャンバラの砂の大地に絶望した者たちは、緑にあふれる理想郷を求めてこの地を去っていった。そしてそれは果てしない時を越えて、もう1度このシャンバラに帰ってきた。
「そんなに泣かないで。シェラハのお父さんとお母さんは、ついに理想郷を見つけて夢を叶えたんだ。確かにシェラハとは会えずじまいで終わってしまったけれど、あんなに立派な文明を築いた。2人はきっと、幸せだったと思う。だからこれは不幸な足跡ではないんだ。シェラハのお父さんとお母さんはやり遂げたんだよ」
泣いている人を慰めると、もっと多くの涙があふれてくる。
俺はシェラハの肩を抱いて、恨みがましい目をアダマスに向けてからそこを去った。『悪かったよ、そんなに泣き出すと思わなかった』と言われたが、嫁を泣かされて喜ぶ旦那はいない。
シェラハの父。偉大なる始祖を持つ男は、やはり尊敬に値する人だった。
シャンバラに娘を残して、行き来を途絶させられてしまった夫婦は、言葉では言い尽くせないくらいに悲しかったのだろう。
だから迷宮が俺たちを呼んだ。時を越えて俺たちに真実を伝えてくれた。そう解釈すれば、少しは救いがある。
「ユリウス、あたしたちは立派なお父さんとお母さんになりましょ。いつだってやさしかったお父様とお母様に負けないくらい、立派な父親と母親に」
この日、シェラハは執着し続けてきた過去と決別し、未来へと新しい一歩を踏み出したのだった。
女性――いや、母親というのはとても強いのだな……。




