・楽園から魔力あふれる沃野へ 2/2
棺の場所ならば既にだいたいの目星が付いている。あれを破壊したと知れたらマリウスが発狂しそうだが、あんなでかい物を迷宮に持ち込むことはできない。よって持ち帰れないならば、破壊のみだ。
俺は地底の中で、ゆいいつ魔力の感じられる座標へと己を転移させた。成功だ。真っ暗闇の世界をライトボールで照らすと、見覚えのある白い棺が目の前に眠っていた。闇の迷宮のあるところに白の棺がある。あの仮説は正解だったのかもしれない。
俺はプチ・メギドジェムをそこに置く。……それから少し迷った。本当にこれを破壊するべきかどうかを。だが結論はやはり、破壊だ。タンタルスの世界とシャンバラを繋ぐ道は、この世界から必ず抹消しなくてはならない。
「遺してくれた先人たちには悪いが、すまん、消えてくれ」
ジェムを起動して、俺は元いた闇の迷宮の前に戻った。
ところが俺があちらで破壊を迷っている間に、追っ手がここにやってきてしまっていた。さっきのやつを越える超重武装のタンタルスが、突然現れた俺に巨大な筒を向けている。
すぐに撃たれるかと思ったが、やつらは固まっていた。棺の爆破により大地が揺れると、不安定な装備なのかやつらの数人が地に膝を突いた。
「コイツ、まさか闇の迷宮の向こう側の世界からきたのか……?」
「隊長、早く攻撃の許可を!! 仲間の敵を討たせてくれ!!」
「ダメだ、撃てば迷宮側に被害が出る!!」
……こちらの世界でも、これのことを闇の迷宮と呼ぶのだな。どうやらタンタルスにとって、闇の迷宮は侵略の窓口であり、もしも破壊すれば責任を問われるような重要な場所のようだ。
「耳の短いエルフよ、お前は何者だ……? お前はどこの世界からやってきた……? プラントのエルフたちをどこにやるつもりだ?」
このリーダーは話のわかるやつのようだった。しかし出会った場所とお互いの立場が悪かったな。
俺はその質問に答えずに、メギドジェムを手のひらの中で起動させた。
「ヤツから膨大な魔力反応!! コ、コイツ、自爆する気ですっっ!!」
「なっ、全軍待避ッッ、待避ッッ!!」
この地下からやつらが逃げ出そうとするので、軽めのマジックブラストで登り口を落盤させた。
「俺たちの世界には行かせない。すまないがこの迷宮ごと消えてくれ」
臨界寸前のジェムを足下に落としつつ、俺は報復のマジックアローの弾幕の中をバックステップで飛んだ。止めろとか、助けてとか、お母さんとか、胸の痛む叫び声が響いたが迷いは許されない。続けて闇の迷宮に入るなり俺は転移魔法を発動させて、後方で起きる時空の歪みから逃げた。
方眼紙のような世界が揺れるように渦巻いて、リーンハイムでの掃討戦の日のように俺を渦の中に飲み込もうとしたが、こちらは同じ失敗を繰り返さなかった。
破壊により生み出された次元の狭間に飲まれるよりも早く、俺は迷宮内部の座標へと己を転移させた。
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「……危なかったな。危うく時の迷子どころか、本当に自爆するところだったか」
後ろを振り返ると下り階段があった。しかしその階段から下に世界はない。あるのは真っ白な光だけで、そこから先は重さという概念すらなくなっているのか、崩れ砕けた闇の結晶が光の世界に浮遊していた。
これならばあちら側の迷宮が仮に無事であろうとも、こちらにたどり着くことなど不可能だろう。
「ユリウスッ、ああ、よかった……! もう、心配させないで!」
「そこはお互い様だろう。それより見ろ、ここまで壊せばやつらもこちらにはこれない。俺たちの勝利だ」
「え……っ!?」
「迷宮が壊れるとこうなるんだな。しかし、もう少し威力を落とした物を作っておくべきだったな」
「ねぇ、ユリウス……。わたしたちを追ってきた人たち、大丈夫かしら……」
「きっと上手く逃げただろう。それよりも帰ろう、ここまで崩れたら大変だ」
「ゾッとしないこと言わないで……。あ、でも、あたし……」
「どうかしたか?」
シェラハは俺に文句を付けるのを止めて、崩れた下り階段の前に立った。何をするかと思えばそれはお祈りだ。彼女は消えた父母がたどり着いた世界に祈りを捧げて、しばらくすると少し吹っ切れた様子で俺の前に戻ってきた。
「さ、帰りましょ。お父様とお母様のことは結局わからなかったけれど、あの人たちをシャンバラに連れて行ったら、都市長がとっても喜ぶわ。分かたれた種族を再び1つに。それこそが父とあの人の願いだったもの……」
「戻るのが遅過ぎる。約束が違うと、都市長に怒られるのも見えているがな……」
「ふふふっ……。あたし、あの人に逆らったのは生まれて初めてかもしれないわ! それもこれも、全部ユリウスの影響ね!」
「それは冗談でも、都市長に言わない方がいいな……」
しんがりはシェラハとあのリーダーエルフ。先頭は俺が受け持って、俺たちは踏破済みの闇の迷宮を進んでいった。全員分の食料も水もなく、エルフたちが弱っているのもあって、決して簡単な道のりではなかった。
それでも俺たちは希望を求めて闇の迷宮を進み、この果てに本当の理想郷があるのだと仲間を励ました。幸いは迷宮の階段に、階層を示す数字が刻まれていたことだろう。
1つ1つ若くなってゆく数字を追いかけて、俺たちは元の世界、自由と魔力にあふれる理想郷シャンバラへと、一歩一歩彼らを導いていった。
シェラハの父母が行き着いた先は魔力無き緑の大地、タンタルスの世界だった。この事実が指し示す結論は、きっとシェラハの望む答えではない。情報が欠けていたのでまだ何とも言えないが、あの世界に砂漠エルフ《デザートウォーカー》はいなかった。
ならば彼らは、シェラハの父母たちはどこへと消えたというのか。俺は脳裏に浮上した仮説に口をつぐみ、ただあちらで待つメープルとグラフの笑顔だけを思い描いた。
……何もかもが仮説ばかりだが、ただ1つだけ確かなことがある。
それは、彼女たちがごめんなさいの一言だけで許してくれる可能性は、0%だということだ。メープルいわくはかないセミちゃんは、己に起こり得るこの先の未来に恐怖していた……。




