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・Elf hell

 シェラハには外で潜伏してもらい、潜入は俺が受け持つことに決まった。それが最も合理的だったので、シェラハも反論はしなかった。だがその代わりに保険をかけようとした。


「ねぇ、ユリウス……。これ、持って行って……」


 黒曜石の指輪がはめられている薬指の2つ隣、俺の人差し指に彼女は自分のバリアリングをすかさず通してきた。


「待ってくれ、これはシェラハが持っていてくれないと俺が不安だ!」

「でも何があるかわからないわ。あたしは外で脱走を補助するだけなんだから、これはユリウスが持っているべきよ」


「何が起きるかわからないのは外も同じだ!」

「いいのっ、返してもあたし受け取らないわ! 付けて行って!」


 まるで子供みたいにシェラハ両手を背中の後ろに隠してしまった。気持ちは嬉しいがこういうのはかえって不安だ……。だがシェラハというのはたおやかなようで、ときに頑固者だ。俺はバリアリングを2つはめていくしかないようだった。


「必ず帰ってきて……。貴方のいないシャンバラなんて、あたし嫌よ……。あたし、自分のわがままを今、後悔しているの……。こんな世界、こなければよかった……」


 すぐにさっきの連中に追い付かなければならないのだが、シェラハのやわらかな抱擁だけは拒めなかった。彼女のやわらかな胸の感触を感じながら、こちらも強く抱き締めて、なんとしても父と母の足跡を掴もうと決意を新たにした。


「やるべきことをやってくる。タンタルスたちにとってエルフは命より貴重な資源なのかもしれないが、俺たちにとっては同胞だ。助け出して、俺たち自慢のシャンバラを見せてやろう!」


 シェラハが抱擁を解いてくれるのを待ってから、俺は世界の裏側へと転移した。奇妙な話だが、こちらの世界も裏側は同じ情景をしていた。

 方眼紙のように刻まれた光の線の中を、俺は歩いては現実世界に戻って辺りを確認しては、さっきの連中を捜した。



 ・



 無事にターゲットを見つけ出し、尾行を終わらせた。この世界はとても奇妙だ。ドームの中は高度に発達している鉄と石の文明なのに、外側は手つかずの自然ばかりだった。もし俺たちが牧場のエルフを強奪したら、まずいことになるのかもしれない。


 しかし俺たちは奪われた者を取り返すだけだ。エルフの人間牧場――いや、収容所と呼んだ方が相応しい施設までやってくると、俺は潜入を開始した。

 魔力のない世界では少し発動時の負荷が大きかったが、だてに転移魔法の天才と呼ばれてなどいない。高い外壁も見張りも鉄格子も、転移魔法使いの前にはなんの意味もなさなかった。


 こうしていともたやすく収容所に潜入した俺は、牢屋の中のエルフに渡りを付けて、その代表と顔を合わせることになった。


「ヒューマン……神話の中だけの存在かと思っていました……」


 彼女はエルフなのにおばさんの容姿をしている。俺を見て最初は驚いていたが、他のエルフと違って品があった。しかし何よりも残念なのは、彼女たちが白い肌をしていたことだ。残念ながら彼らは、シャンバラからやってきた砂漠エルフではなかった。


「こっちの世界には、俺たちみたいなのはいないのか?」

「さあ……私たちは一生、このエルフ牧場から出ることができませんので……。ですが元いた世界では、貴方のような方はおりませんでした」


 かといって森エルフ(リーフ・シーカー)とも少し違う。彼らは耳がたれていて、おばさんに言うのも妙だが見るからにかわいらしかった。あの新王が見たら、きっと歓喜乱舞して相当にウザったい反応を見せるに違いない。


「その話をもっと聞きたい。つまり貴女たちは、別の世界から連れてこられたと……?」

「そうです。もう、何十年も前の話になってしまいますが……。ある日、オークの軍勢が現れて、私たちの国を……ああ、あんな、あんな酷いことをするなんて……」


 それはグラフの世界で起きた悪夢の続きのようなものだろう。彼女は両手で顔を覆って、よっぽど辛いことがあったのかすすり泣いた。最初は気まぐれでしかなかったが、こうして助けにきてよかったと思った……。


 それとこの施設に入るなり、魔力を少しずつ吸われている感覚があった。こうなると魔法が得意ではないシェラハをあちらに待機させて正解だった。


「それは俺たちの知っている流れと同じだな」

「同じ……? それは、どういうことですか……?」


「俺たちの世界もやつらに侵略されかけた。砂漠エルフも森エルフも、もう少しのところで国ごと滅びるところだった」

「あの軍勢に勝ったのですか!? あんな無尽蔵の敵を相手に、どうやって!?」


 大声を上げていることに気づいて、彼女は自分で自分の口を押さえた。少しするとその目が羨望と妬みが混じったような、苦悩を混じらせたものに変わった。

 破滅を迎えた自分たちの世界と、俺たちの世界とで何が違うのかと、静かな激情を燃やしている。そう見えた。


「なあ、こんな息苦しいところから抜け出して、俺たちの国にこないか?」

「わ、私たちを助けてくれるのですか……!?」


「もちろんタダではない。リスクを冒すのと引き替えに、あなたたちが持っている情報が欲しい。だから、ここにいる全員に生きて、俺たちの世界にきてもらいたい」

「ヒューマンの世界ですか……」


「違う。あちらはヒューマンとエルフが共存する世界だ。俺たちのリーダーは共存を望んでいる」


 結界の中で生きるしかないエルフたちが求めた新天地が、同じエルフの地獄となっていたのだから嫌な皮肉だ。嘘や冗談を疑われないように、俺は表情を崩さずに真剣な目を彼女に向け続けた。


「どんな世界でもかまいません。ここでは魔力の枯れた者から順番に殺されてゆきます。どうか私たちを、貴方の世界に連れて行って下さい」

「全員だぞ、1人も残したくない」


「ああ……なんてやさしい方……。貴方は神の使いなのかもしれませんね……」


 交渉成立だ。そうと決まったので夜までの時間を作り、リーダーには信頼のおける者への連絡を頼んだ。ちょうどこれから中庭での日光浴が始まるそうだ。

 俺の方はシェラハと合流して、成果を伝えて近辺への待機をお願いした。



 ・



「500人!? そんなに捕まっているの!?」

「少し骨が折れるが、先頭はシェラハに任せる。俺はしんがりを受け持とう」


 弱っているシェラハには言えなかったが、10年前はその10倍いたそうだ。

 あんな無理な環境で飼育されるように監禁されては、上手く子供も育たないそうだった。


「バリアリングは返す」

「嫌、それはもうしばらく持っていて。せめて脱獄が完了するまで、ユリウスが持っていなきゃ受け取らない」


「それはないぞ……。お願いだから身に付けてくれ、もう気が気じゃない!」

「だったらしんがりはあたしがするわ」


「それもダメだ!」


 残りの時間はシェラハと一緒にこの奇妙な世界を眺めて過ごした。この世界には魔力がない。そこから俺たちが魔力を奪い取ったら、多くのタンタルスたちが苦しむことになるだろう。

 なんて救われない世界なんだと、隣に寄り添うシェラハと共にただタンタルスの奇妙な世界を眺め続けた。



 ・



 全ての準備が整うと、月のない空を見上げてあちら側に転移した。


「あれは監視カメラ。つまり機械式の目のようなものです。このプラントのスタッフたちが私たちを常に監視しています」

「ならば壊すか」


「ダメです、そんなことしたら警備が現れてしまいます。あのカメラの死角になる道を進むしかありません」


 そこで俺は少し考えて、リーダーの部屋の壁へと触れた。転移魔法の応用で、その壁だけを世界の裏側に飛ばすと、壁はえぐり消える。


「な、なんという力……! 貴方はやはり天使様か何かなのですか!?」

「いや、そちらと技術体系が異なるだけだ。それより消して欲しい壁を教えてくれ。脱走路を作るぞ」


 監視カメラとやらを避けて、壁という壁を世界の裏側に送り込んだ。独房は少なく、多い物だと30名ほどがまとめて一室に監禁されていたので、覚悟していたよりも脱走路作りはサクサクと進んだ。


 最後にエルフ牧場――ではなく、魔力プラントとやらの分厚い外壁に穴を空けてやると、脱走劇の始まりだった。

 既に俺の背に集まっていた耳のたれたエルフたちが、俺を押し流すように一斉に外へとあふれ出て、外の世界に感激していた。


「ユリウスッ、先頭は任せて!」

「おい待て、バリアリングを持って行け!」


「気が変わったから嫌! 先頭はあたしに任せて! みんな、こっちよ!」


 シェラハがエルフたちに呼びかけると、皆がシェラハを追って走り出した。似た姿をしたシェラハを見て安心したのもあるだろう。


 シェラハが先頭で俺がしんがりだ。たった2人で俺たちは500人を誘導した。子供をのぞけば老齢はあのリーダーだけで、それだけあの魔力プラントでの生活が過酷なことを物語っていた。


 追っ手が先か、俺たちの闇の迷宮入りが先か。残念ながら人数が人数だったので、あと一歩のところで俺がしんがりの役目を果たすことになった。


「止まれ、止まれ! 止まらないと撃つぞ!!」

「おい不用意に撃つな、壊したら俺たちが損害賠償させられるぞ! それにどうせ逃げ道はない!」


 威嚇にやつらが妙な道具を使ってきた。それは筒状の妙なもので、引き金を引くと高威力のマジックアローが発動する。

 だがリーチ無制限の俺との相性は、あまり良くなかったようだった。


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[気になる点]  身重の癖に危険地帯についてきたシェラハが我儘すぎる。
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