・フェーズ2-2ツワイク王国 - 遠征の帰路にて -
翌日、ギュンターたちは自分たちをキャラバン隊に見せかけて、数台のホロ馬車とともにシャンバラへの旅を始めた。
俺はそれを人気のない街道にさしかかるまでゆっくりと待ち、手頃なタイミングで彼らの前に姿を現した。
「ユリウスさん!? やだ嬉しいっ、もしかして私を見送りにきてくれたのですかっ?」
「いや、そっちはついでだ。悪いが頼みたい連中がいてな」
もう隠れる必要はないと後ろに合図をすると、刑務所帰りの冒険者たちが草原からひょこりと頭を出した。
「えっ、貴方たちは! ああよかった、無事だったんですねっ!」
「お前受付のギュンターじゃねぇか!」
「このユリウスのやつが脱獄を手伝ってくれたんだ。すげーんだぜコイツ、独房の鍵を全部開けやがった!」
「別に全部開けなくてもいいのによっ、全部開けやがったんだよ、この馬鹿! おかげで刑務所はひでぇ騒ぎだったよっ!」
いや、他の囚人の脱獄を幇助した理由ならある。他の囚人は追っ手を分散させる良いデコイになってもらった。
「彼らも旅に加えてやってくれ」
「ユリウスさん、貴方って人は……その、見た目はとても素敵なのに、とんでもないことをしでかしますね……」
「そうか? それより早く行こう。オドまで逃げ込んでしまえば後はこっちのものだ」
「美形のエルフだらけの国、シャンバラ! 俺ぁ今から楽しみだぜ!」
ツワイクの冒険者たちはシャンバラで準備中の特区に移住することになる。
……脱獄組は性的マイノリティーに囲まれて暮らすことになるが、まあ、そこもまあ、あえて言わないでおいた。
特区の中では、ノーマルがマイノリティーだ。
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そこから歩きの旅を経て、オド王国の安全圏まで彼らを護送すると、軽くあの少年王に挨拶をしてから嫁たちの馬車を追うことにした。
「もう行っちゃうんですか……? ボクもお兄ちゃんと一緒にシャンバラに行きたい……」
「……いや、まあ、そこはその……平和になったらな? もし来れそうならうちの家で歓迎するよ」
「ボクを家に泊めてくれるんですかっ!? やったぁっ、この一件が片付いたら必ず遊びに行きますっ! えっと……使節として!」
「国王が自ら使節団を率いるとか、そういう話はちょっと今まで聞いたことないな……」
まあ来たいなら来たらいい。このかわいい弟分とシャンバラのオアシスを泳ぐのもあながち悪くもなさそうだった。
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その次はファルクだ。一晩泊まっていって欲しいと、半泣きで懇願する少年王に謝って、俺はあの豪快で酒臭い王に嫁はきていないかとお伺いを立てた。
「おうっ、あのちゃんねーなっ、3日前にきたぞ! ランスタの釣り宿が気に入ったから、もう一度寄って帰るってよっ! おい待てやっ、何消えようとしやがる!」
「陛下、ユリウス殿は新婚旅行中です。引き留めるのはさすがに器を疑われますぞ」
「んなこと言ってねぇよっ! おうユリアスッ、景気付けに一杯飲んでけ!」
「それ飲んだらもう行かせてくれます……?」
「おうっ、お前も家では嫁に尻にしかれてんだろ? ガキが出来ると女ってのはすぐそうだ! ソイツで鬱憤吐き出しから行きな!」
俺はファルク王国の誇る驚異のビーム魔法酒、モンスターカクテルを飲み干して、空にマジックブラストを口からぶっ放してからランスタ王国へと転移した。
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「ユリウス様、こんな強い身体を下さりありがとうございます。おかげで私、毎日が夢みたいに楽しいんです! あ、これ、昨日メープルが教えてくれた新技の……指弾です……!」
ランスタのお姫様はその後もすこぶる元気だった。
隆々とした恵まれた体躯から放たれた小石が、川鵜邸の湖畔の上を豪速球で跳ね回り、もはや水切りとかそういう次元ではない破壊力で対岸に着弾していた。
どうやら少し遅かった。嫁たちは昨日の昼過ぎの時点で、ランスタのこの川鵜邸を離れていた。
「どうですかっ、とても面白くないですかっ!?」
無邪気にお姫様は指弾で水切り遊びをしては、恐ろしい爆音で水中と地上の両方を戦慄させた。
「姫、その遊びはなんというか……お魚と釣り人さんが可哀想だから止めよう」
「ふふふっ、グライオフェンさんにも同じことを言われました!」
「なら止めておこうよっ!?」
「メープルとは、シャンバラのオアシスで指弾遊びしようって、約束したんですよっ! それもこれも、ユリウス様のおかげです! ありがとう!」
「いや、それをシャンバラでやられたら、正直困るというか……」
この子もシャンバラにいつか来るつもりなのか……。
あのオド王と会わせたらどうなるだろうな……。似た者同士ではあると思うんだが。
「さ、次はユリウスさんの番です!」
「あー、じゃあ、こんな感じでどうかな。見ててね、お姫様」
「はいっ! えっ……わっ、わぁぁーっっ?!」
転移魔法を使った1人キャッチボールを見せてやると、結構お姫様にウケた。体躯は立派に人迷惑になってしまったけれど、メープルたちがかわいがるのもよくわかった。
隣国の街道で待ち伏せすると、どうにか旅行が終わる前にシェラハたちと合流することに成功した。残りの計画は俺たちではなく、師匠やシャンバラの工作員、それに商人たちの仕事になる。
「ユリウス、お帰り……」
「やっと戻ってきたな。まったく何日待たせるつもりだ、キミは」
「でもちゃんと合流できてよかったわ。シャンバラまであとちょっとだけど、ここからはゆっくり行きましょ、ゆっくり」
仕事で数日離れていただけなのに、顔を見るとホッとした。
馬車の中で俺はシェラハとメープルに左右からくっつかれて、上機嫌で御者をするグラフの後ろ姿を眺めた。
「俺の子かぁ、へへへ……」
「ウグッッ?! お前っ、ま、まさか……っ」
「ごめん、全部、話しちゃった……。だって、あの言葉、嬉しかったから……」
「うん、ボクは悪い気はしなかったな。逆よりもずっといい」
「ふふふっ、もう少し待っててね、もう少しよ」
やはりもう少し遠回りをしてから合流するべきだったと、俺は己の思慮の浅さを呪いたくなった。その日の彼女たちはご機嫌もご機嫌で、視線が合えば必ず微笑み返してくれるほどだった。
あまりに空気が甘すぎると人はいたたまれない気分になる。冗談を言って雰囲気をごまかしたくなる。自分はもっと落ち着いた微糖がいいなと思いながらも、無意識にだらしなくなる口を俺は何度も引き締めた。
かくして新婚旅行をかねた懐柔と謀略が終わり、俺たちは美しいオアシスと砂漠、それにほんのわずかながらも美しい緑がある国シャンバラでの日常生活へと戻ってゆくのだった。




