・フェーズ2-2ツワイク王国 - カマとコネ -
ツワイク滞在4日目、夜――
ツワイクで行動するなら、あの陰気くさい黒のローブが最適だった。フードを深くかぶっていても別段素性を疑われず、転移魔法でいきなり姿を消しても宮廷魔術師だからで話が通る。
その晩、俺はとある歓楽街の酒場へと入って奥の薄暗い席に腰掛けると、ツワイク産の火酒を注文して待ち合わせの相手を待った。今日の相手は錬金術師ではない。あちらは昨日の時点で十分な人数に達したので、今日からは冒険者の引き抜き工作に入っていた。
ただこちらの方は予想通り難航している。わざわざ祖国ツワイクを捨てて、遙か遠方の砂漠とオアシスの国で働きたいだなんて普通ならば思わない。
それでも冒険者をヘッドハンティングすれば、ツワイクの経済力をそぎ落としつつ、それを俺たちの力に変えることが可能だ。
……しかし遅いな。店を間違えたのだろうかといぶかしみながら、俺は火酒をあおってグラスを空にした。
ところがふと顔を上げると、目の前にパリッとしたスーツを身に付けた男性が立っていた。
「申し訳ありません、どうやらお待たせしてしまったようですね」
「いや、別にいい。最近は何かと忙しかったからな」
身なりがよく、それでいて綺麗な容姿をした男だ。顔にかけられた銀の眼鏡が知的で、いかにも仕事が出来そうな雰囲気だ。
「お気づかい感謝します、薬屋さん。私のことはギュンターとお呼び下さい」
「わかった。では早速仕事の話をしよう」
見ての通り、これは俺のコネクションではない。彼は我がシャンバラ冒険者ギルドの受付嬢のお友達だそうだ。あのカマカマ野郎のコネのはずなのに、あまりにまともな雰囲気に俺はあっけに取られていた。
「ではこちらをご覧下さい。こちらが私を含む移民希望者になります」
「協力助かる。……ん?」
彼は向かいの席に腰掛けながら、バインダーを俺の前で開いた。そこに納められていた薄黄色の藁半紙には、人名と冒険者ランクとジョブがリストアップされている。
ページをめくり上げてランクの部分だけざっと流し読むと、S級が2名、後はAとB級ばかりの高ランク冒険者たちばかりだった。
「どうされましたか?」
「いや……頼んだのはこちらだが、本当にこれほどの強豪たちがシャンバラに来てくれるのか?」
「ええ、こちらの条件を飲んで下されば」
「条件?」
そう問い返しても、ギュンターは言葉を返さずに俺の様子を注視していた。もしや器を計られているのかと俺はフードを下ろし、堂々と胸を張って視線を視線で迎え撃った。
彼はなんの意図なのか、テーブルへと預けていた俺の手のひらに自分のものを重ねてくる。
「美しい……」
「美しい? それは何がだ?」
「あ、すみません……。あまりに好みの男性でしたので、私としたことが、つい……」
「…………ん、んんっ?」
彼は俺の手を解放しつつ、いちいちジェントルタッチで手の甲を撫でてきた。
ああ、なるほど、そういうことか、なるほど、理解した。理解したくないが理解した。理解した俺は、本人の意思に反して震える指で、もう1度強豪揃いのリストを指さす。
「まさか、このリスト……」
「察しがよいところも素敵です。ええ、彼らは全て性的マイノリティーになります」
つまりカマのコネは、カマカマネットワークだった……。
「ツワイクはこういう国です、我々のような者には厳しいでしょう? しかしシャンバラには、そういったルールはないそうですね。ああ、素敵です……」
「ちょっ、待っ、いや……っ」
再び手に触れられて、俺は戸惑いに戸惑った。バインダーの上のリストはあまりに魅力的で、俺は彼の機嫌を損ねたくない。こいつらがシャンバラにきてくれたら、倉庫にもっと多くの素材が集まって、結果的にもっとレアな素材が俺の手元に届くだろう。
このリストは、次の緑化事業への近道に他ならない。
俺は手を引っ込めたい本心を包み隠しながら、脂汗を流しながら痩せ我慢した。
「その恥じらい深さ、可憐です……。彼が気に入るのも無理もありません」
「いやその……一応これでも俺、既婚者なんだが……?」
「何か問題でも?」
「問題しかねーよっ!? お、おおお、俺はそういう趣味はないぞっ!」
「……本当ですか?」
「なんで疑われているんだ、俺は……」
最初はキッチリしていてカッコイイと思っていたのに、ギュンターは乙女のように首を傾げてこちらに微笑んだ。しかししばらくすると本題を思い出したようで、その頬から笑みが消える。
「先週は仲間がリンチに遭いました。それから一月前には住処に火を放たれた者もいます。こんなのはあんまりですよ……。お願いします、ユリウスさん、どうか我々を温かく受け入れて下さいませんか?」
「それを断る理由はこちらにないな。俺たちは戦力が欲しい。それにあんだけ濃ゆいカマエルフがいるんだ、ちょっとくらいあれより薄いのが増えても、別になんにもかまわないだろ……」
「ユリウスさんっ、ありがとうございます! あっ……」
俺は彼にまたもや手を取られて、ここでその名前は少しまずいとまゆをしかめた。
「シャンバラで待っているよ。同じツワイク人が増えるのは正直嬉しい。どうか俺たちに力を貸してくれ」
「ええ、喜んで! 仲間たちもこれで喜びます!」
こうしてツワイクでもトップクラスの冒険者たちが祖国を捨て、シャンバラへの長い旅の準備に入っていった。
さて、こちらに話も付いたので、こちらも帰国前にもう一仕事だけすることにしよう。
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その翌日の昼、俺は王都郊外にある刑務所に忍び込んだ。ギュンターにそれとなくターゲットの特徴を聞いて、まずは目当てのリーダー格に接触した。
「その話乗ったぜ。ただ……こういうのは独り身に限るだろうな。確かに脱獄は誰だってしたいだろうが、国を捨てられるやつは限られる。お前みたいにな、ユリウス」
「そうだろうな、最初からそのつもりだ」
どちらにしろ、明日には有力冒険者たちが一斉にツワイクから姿を消す。そうなれば獄中のこの連中をいつまでも監禁しておくとは考えにくい。……とはあえて言わないでおいた。
「では今夜迎えにくる。それまでに仲間に話を通しといてくれ」
「任せてくれ、俺たちはもうツワイク王家には愛想が尽きた。お前と一緒に行くぜ、ユリウス」
話がまとまったので、俺は世界の裏側に潜り込むとギュンターと合流した。彼らの出発はちょうど明日の朝に正式に決まったようだ。
どうせやることもないので軽くその準備を手伝い、夜がくるのを待った。
こうしてこの夜、王都郊外の刑務所でちょっとしたドンパチが起きた。何者かが牢屋の鍵を次々と開け放ち、看守と脱獄者の激突に発展した。
奇跡的に死傷者は出なかったが、看守の大半が拘束され、主に政治犯を押し込めていた独房から囚人たちが姿を消したという。
遅くなってごめんなさい、執筆に夢中で投稿作業を忘れていました……。




