・フェーズ1-3オド王国 - お兄ちゃん -
あの女官に闇の太刀を見せると、これこそ陛下が求めていたものだと手を握られてしまった。切れ味がヤバ過ぎると説明しても、我が国は尚武の気質なので刃は斬れれば斬れるほどにいいと、加えて喜ばれてしまった……。
さあ、王の待つ謁見の間に向かおう。そう意気込んだものの、俺たちが案内されたのは謁見の間ではなくこのキャビンのある庭園の反対側だった。
少年王はそこにいた。木に吊されたブランコにまたがって、何か思い悩んでいるのかずっとうつむいていた。
「陛下! ユリウス様が約束の品を作って下さいましたよ!」
「ぇ……本当っ!?」
少年はブランコから飛び上がって、まるで母親に甘えるかのように女官に飛びついた。続けてこちらにオドオドと頼りない流し目を向けて、目が合うと女官の胸で顔を隠してしまった。
「いじめたい……」
「怖がらせるなって言ってるだろ……」
意地の悪い俺の嫁は、わざわざ木の枝を拾い上げてそれをパキリとへし折る。そんなちょっとした物音に、オド王は身をすくませて驚いていた。
オドオドしているからオド王。彼にはとてもそうとは言えないが、言い得て妙だった……。
「シェラハ、頼めるか?」
「任せて。……陛下、こちらがお約束のマスキュラーポーションです。さ、どうぞ」
「ぁ、ありがと……ございます……」
シェラハなら怖がらせることはないだろうと、俺は役割を譲った。
少年はエルフの褐色美人に少し惚けたように見とれながら、遠慮がちにポーションを受け取る。
「メープルの気持ちが少しわかるな……」
「うん。ああいう子は、いじめるのが、一番かわいい……」
「だから、怖がらせるなって言ってるだろ……」
なぜかそれに女官さんまでうなづいていたのを、俺は見なかったことにした……。
「これからあれば、兄さんたちみたいに、たくましくなれるんですか……?」
「ああ。濃度はハーフ&ハーフなので、効果は常識的な範囲になっているはずだ。それを飲めば、陛下はムキムキだ」
「本当……っ!?」
「飲めばわかる」
そう軽く返すと、少年は感激の笑顔を花咲かせてマスキュラーポーションを豪快一気飲みしていた。
「わっ、わぁぁーっ!? 腕がっ、胸が、あっ、見てっ、僕のお腹に腹筋がっ!!」
「い、いけません陛下っ、人前でそんな……っ!」
女官さんの目がキラキラと輝きながら、少年がまくったお腹をガン見していた。凄まじい効果だ。5%濃度ほどに抑えて自分も飲みたくなるほどの、見事な筋肉ショタがそこに生まれていた。
「ぐへへ……ええですな」
「ええっ、ええですねっ! あっ、いえっ、なんでもありません!」
女官がうっかりメープルに同意して、体裁を取り繕っていたがもう今さらだろう。だが少年王の方は、次第に明るさを失っていった。
「どうしたのかしら? 何か他に不安でもあるの……?」
「だって……。よく考えたら、あれだけたくましかった兄さんたちも結局、戦死したと思うと、筋肉なんて付けても……」
「ヘタレ」
「あうっ……?! だ、だって、だって……やっぱり、ツワイクと戦うなんて無理だよぉ……」
「大丈夫です。大丈夫ですよ、陛下」
シェラハと女官さんに挟まれながら、少年王はビクビクと震えていた。
「どうやら彼女の分析は正しかったようだね。陛下、こちらをお持ち下さい」
「ぇ……。わ、わぁっ、カッコイイ剣……」
グラフが芝生にひざまずき、闇の太刀を少年王に差し出した。どういう仕組みなのか作った俺にもわからないが、鞘に入っている限りはただの痛々しい装飾の剣だ。
「抜いてみて、きっと、驚く……」
「だけど刃に触っちゃダメよっ、それ凄く斬れるから慎重にね!」
「これは彼女の――いや、俺たちからのサービスです。きっと気に入るはずです」
「これっ、ボクにくれるのっ!? ボクッ、ずっと前からっ、こういうのが欲しかったんですっ!」
お子様だな……。黒焦げの聖剣を借りパクしている俺が言うのも妙だが、アレを腰に吊す勇気がある者はごくごく限られるだろう……。
少年王はメープルの言葉を思い出し、女官とシェラハの前から離れると、鞘から長い刀身を引き抜いた。
性格はこの通りのヘタレだが、剣の天才というのは誇張でもないらしい。太刀の長い刀身を難なく引き抜くと、少年王は闇のオーラを放つ刀身に魅了された。
「こ、これは……ッッ!」
両手で闇の太刀を天に掲げていた。だが輝くその瞳に徐々に闇がさしてゆく。
「ぁぁ……疼く……疼くよ、兄さん……」
「おお、なんか、剣と喋ってる……。これは、芸術点高い……」
「痛いの間違いだろ……。って何言わせるんだよ……っ」
こちらの声などオド王には届いていなようだ。憂いを帯びた目に自嘲気味の微笑みを浮かべて、剣(兄さん)と楽しそうにお喋りをしていた。
「わかったよ……ボク、兄さんたちの仇を討つよ……。見ててね、兄さん……!」
その刹那! 少年王が素早く後ろに飛び退いた。そして体格に対してあまりに長いその闇の太刀を、まるで演劇の剣舞のように縦横無尽に振り回して見せた。
オド王は開眼した。その眼差しは力強く、口元には不敵な笑みがあった。
「ククク……でかしたぞ、錬金術師。この闇の魔剣グランハザードを生み出したのは、うぬで間違いないな?」
「グラン……へ、なんだって?」
「魔剣グランハザードだっ!! ククク、名には興味などないということか。さすがはグランハザードの刀工よ……」
「もしかしてそれ、今付けた名前なんですか?」
「うむ、よくぞ見抜いた! 素晴らしい、素晴らしいぞ、この魔剣は!!」
少年王はまた太刀を振り回して、魔剣に魅入られた狂戦士のように愉悦を上げた。
念のためグラフの方を確認したが、あれは闇のオーラが出るだけのただの名剣だと首を横に振っていた。
「製造は俺で、デザインはこいつらでです。断じて、俺の趣味ではありません」
「カッコイイのに……」
「ユリウスはわかってないな。おっと……」
オド王が肩に太刀をかけて、こちらに戻ってきたので女官をのぞく全ての者が後ずさった。剣の天才なのはわかったが、それでも切れ味が切れ味なので所有者が近付くだけで怖い。
「我は何を今まで悩んでいたのだろうな。父を、母を、兄たちを殺したツワイクに、我はなぜ服従する気になったのか……。流された血は、血をもってあがなわれるべきだというのに!!」
「これが、増長……」
「も、もうちょっと平和的な方が国民は喜ぶんじゃないかしら……」
シェラハの意見に王は顔色を変えた。これは彼女や女官の話ならば聞くようだな……。
「陛下、彼らの提案するツワイク包囲網ですが、どういたしましょうか?」
「もちろん参加だ!! 我を目覚めさせてくれたユリウスらは我が盟友! よろしく頼むぞ、ユリウス兄者!!」
「話はわかったから早くそのグランなんたらを鞘に戻してくれっ!!」
こうして意味もなく魔剣(中二病仕様)を振り回す少年王が、ツワイク包囲網に加わってくれたのだった。
「ぁ……。ご、ごごごっ、ごめんなさいぃぃーっっ!! ボクッ、ボクはなんて失礼なことを……っ、すみません、すみませんっ、失礼しましたユリウスさんっ!!」
「あの剣を腰に戻すと元の性格に戻るのか……。どこからどこまでも極端な子だな……」
グラフの指摘に少年王は顔を真っ赤にして恥じらった。
終始あの性格のままよりも、まあこのくらいの方が平和的でいいだろう。こっちは多少混乱するが……。
「あの、ユリウスさん……?」
「あ、ああ……どうした?」
「あの……貴方のことを、お、お兄ちゃんって……呼んでも、いいですか……?」
……なぜ? まさかさっきの兄者発言と連動しているのか……?
だが、兄者とお兄ちゃんではニュアンスが全く違うぞ……?
「アリだね……」
「アリですね!」
メープルはともかく、なぜ女官さんまで同意するのだ……。
シェラハはやさしそうに微笑んで、グラフは俺の肩に手を置いてうなづいていた。
「つまり、あたしたちの弟ねっ、ふふふっ!」
「何、よくあることだ。年下というものは、同性の年上に憧れるものだ。まあ……それ以外を迫られることも多々あるが」
グラフはいやに詳しかった……。
「まあその、オド王の好きにしたら、いいんじゃないか……?」
「わぁぁっ、ありがとうお兄ちゃんっ! ボクッ、ユリウスお兄ちゃんを尊敬しています! ユリウスお兄ちゃんの道を阻む敵は、ボクが叩き斬りますねっ!」
「おお、まさかの、ヤンデレルート? ぷっ、笑える……」
笑えねーよ……!!
この日、全てを両断する魔剣を吊した厄介な少年が俺の弟分になったらしかった……。
7月22日より新作『おっさんスタリオン 異世界からきたおっさん騎士は北海道で馬を育ててダービーを制覇するようです』の連載を始めます。
趣味で書いた作品ですが、スケベオヤジを主人公にした娯楽性がバッチリ整っています。もしよかったら読みにきて下さい。




