・フェーズ1-2ファルク王国 - 密造 -
「せっかくの旅行なんだぞ、少しは休んだらどうだ」
「……ああ」
テーブルから目を上げると正面にグラフが立っていた。彼女は肌や髪から水を滴らせながら、少し心配そうにこちらを気づかってくれた。
「おい、聞いてるのか、ユリウス?」
「ああ」
今日も天気が良い。グラフの白い肌は明るい陽気に照らされて、キラキラとまぶしく輝いて見えた。
健康な肌は水玉を作ってよく弾き、それが首筋を伝って水着の上へと流れ落ちていった。
「おい……っ、そんなにボクを見るなよ……。そんなに見られたら、は、恥ずかしいだろ……」
「すまん、不覚にも目を奪われていたみたいだ」
「そ、そういうのはいちいち言わなくていいっ……!」
グラフが身体を抱くように胸元を隠すと、膨らんだお腹の方に目が行った。
「お前の子だ……。せめてこの子が大きくなるまで、ボクらの前から消えるなよ……?」
「そういう予定はないよ。……それより試したいことがあるから、少し付き合ってくれるか?」
「え、シェラハとメープルは?」
「姉妹であんなに楽しそうにしてるのに、邪魔するのは悪いだろ。ここの従業員に伝言だけ残して行こう」
考えるだけではなく、試行錯誤をしないと見えないことも多い。
俺たちは上着だけを羽織ってテーブルを離れて、プールサイドの一角にある屋根付きのバーへと入った。
そこでブドウジュースを2人分注文した。
「美味しい! 冷やしたブドウ果汁がこんなに美味しいなんて知らなかったよ……! あ、ユリウスは飲まないのか!?」
すぐに彼女のグラスが空になって、青空よりも爽やかにグラフは笑った。
こちらの世界のグライオフェンと、平行世界からやってきたグラフ。この2人はもう別人と言っていいほどだった。
「バーテンさん、ブドウジュースをもう一杯」
「いいのかっ!?」
そのまま彼女に差し出すのも惜しい気がして、一口だけ飲んでみると酸味のひかえめな甘いブトウ果樹だった。
「飲みかけにされた……」
「元は俺のだからな、文句があるなら注文が届くのを待て」
「飲むよっ! キ、キミの口が付いてても、ボクは別に気にしない……」
今度は大切そうに、グラフは少しずつグラスを傾けて甘くて冷たいそれを満喫した。
つくづく白いエルフは甘い物に目がないようだ。幸せそうに微笑むその姿はずっと年下にすら感じられた。実際は遥かに年上らしいが……。
それから少し待つと3杯目のブドウジュースが手元に届いた。
今度はグラフが欲しがる前に、俺はジュースに魔力をかけて錬金術の要領で発光させた。
「迷惑な客だな、キミは……」
「ちょうど他の客がいなくてよかったな」
錬金術の基本材料も何もなしだが、このくらいの量ならどうにかなるだろう。
俺はこれまでの経験を応用して、魔法の力でブドウジュースを変化させた。
薄紫色の果汁が黒く濃厚に変わって、今は特有の芳香を放っている。
「ちょ、ちょっと待てっ、なんか平然とんでもないことしてないか、キミッ!?」
「意外とやってみたら出来るものだな。……飲むか?」
「飲むわけないだろ。キミ、このお腹に子供がいるの忘れてないだろな……?」
「ああ、そうだったな……。酒はダメか」
チビリと口に運んでみると、なかなか美味いワインになっていた。
実験は成功だ。錬金術を用いての酒造りは可能だとわかった。
「それ、本当に酒なのか?」
「ワインだな。この時点でかなり美味いが、これだけではあの王は納得しないだろう」
「もしかして他の飲み物でやったら、それも酒になるのか?」
「そう、そこだな。この要領で別の素材から新しい酒を作り出せば、あの王様をうならせることも可能かもしれない」
よっぽど気になるのか、グラフは指を出来立てのワインに浸して、一舐めだけ味を確認した。
「毒だな……」
「え……っ?」
「なんて美味いワインだ。衝動任せに飲み干したくなるから、これは毒だっ!」
「脅かすなよ……」
グラフはせめてもう一滴と、また指をグラスに差し込んでいた。
「けどいきなり王様の服が破れて、ムキムキマッチョになったりはしないだろな……?」
「オークの牙と肉を入れたらそうなるかもな。……ん、魔物素材、魔物素材か、その発想はなかったな。いいんじゃないか?」
「キミ、王が飲む物だってこと忘れてるだろ……」
「ああ、そういえばあの人、ここの王様だったな。……今でも信じがたいが」
もう一口ワインを口へと運ぶと、酒の力で気が強くなったのかこの手法で行けそうな気がしてきた。
「話は、聞かせてもらった……。要するに、モンスターカクテル、だね……」
「試すだけ試す価値はあるんじゃないかしら。陛下にお出しするかどうかは、作ってみてから決めましょうよ」
頃合いを見て従業員さんが伝言を伝えてくれたのか、そこにメープルとシェラハが合流した。
どうせ糸口すら見えていなかったのだから、まずはこの手でやるだけやってみよう。
「決まりだな」
「うーん、本当に大丈夫かな……。キミにはガラテア姫を別人に変えた前科があるからな……」
「あれはあの本が悪い。衝動任せに一気飲みしたガラテア姫もだ」
「今度は十分に確認してから提供しましょ。……それにいいのよ、あの子凄く喜んでいたもの。強い身体に」
とにかく実験だ。場所と物資を確保してモンスターカクテルを作り出そう。
あの変わり者の王のことだ。変わり種の酒に喜んで飛びついてくれるだろう。




