・失敗作の緑のぷにぷには百倍ポーション 1/2
「ん、なんだ?」
何かあったのか市長邸の方が騒がしい。
姉妹がこれ以上の盗み食いをしないように警戒しながら、あちらに目を向けると人影がこちらに駆けてきた。
よく見るとそれはシャムシエル都市長だ。彼は背中に白い何かを抱えていて、どうやらそれを小柄なネコヒト族が取り囲んでいた。
「ユリウスくんっ、急患です! ポーションはもう完成しましたか!?」
「あ……その人、昨日の……」
「そんな、大変……っ!」
市長が抱えていたのは荷物ではなく、ネコヒト族の女戦士だった。それは偶然にも昨日、俺とメープルが迷宮前で出会った白い毛並みのネコヒトだ。
意識が朦朧としているのかその目には力がなく、彼の背でぐったりと弱々しい呼吸をしている。
「助けてくれニャッ、錬金術師様!」
「モンスターからの傷はポーションが1番って聞いたニャ! 早くっ、早く作って!」
結果、彼らの注目が錬金釜に集まるのは必然だった。
そこにギッシリと詰まった丸いぷにぷにの塊に、彼らがいぶかしむのもまた必然だ。
「ユリウスさん、これは……これは一体なんですか?」
釜を中心に集まった構図になる。
誰もが正体不明の甘い香りを放つ物体を不思議がっていた。
「すみません、それは失敗作――」
「ぁ……っ、これ、食べさせて……!」
メープルがぷにぷにを拾い上げて都市長に突きつける。
「ちょっと待てっ、まだ効果がわからないのに、そんなもの患者に与えたら――」
「大丈夫よっ、凄く美味しかったものっ、美味しい物は毒じゃないわっ!」
「いや論理的に話の流れがおかしいからっ!」
「ユリウスの意見、今は聞いてる、場合じゃない……。都市長、降ろして……私があげる……」
俺が作ろうとした物はポーションだ。材料もポーションのための物だ。
だったら与えないよりも、ダメで元々に賭ける方が確かに勝算がある。
メープルは釜の中のぷにぷにを1つつかんで、大胆にも自分の口に入れた。
「ん……」
それを噛み砕き、すぐにぐったりしているネコヒト族の唇へと、己の唇を押し付けた。
意識の朦朧とした患者に与えるならば、それが最も早くて確実な方法だ。
唇を重ねることに、全く迷いがないところが彼女らしかった。
「水を汲んで来たわっ、代わって!」
「姉さん、ナイス……」
姉のシェラハゾがオアシスに駆けてゆき、水をすくって戻って来た。
さすがに彼女の方は迷ったようだが、それでもひと思いに水を己の口に含んで、重体のネコヒトの口腔へと口付けで流し込んだ。
患者の腹には赤黒い血の滲んだ包帯が巻き付けられている。
出血がおびただしく、今にも死んでしまいかねないほどに真っ赤だ。だがしかし――
「おお……効いていますよっ、ユリウスさんっ!」
「あ、ああ……」
「フニャァァッ、姉御ぉぉーっっ!!」
力なく細められていたネコヒトの目が大きく見開かれた。
いやそれだけではない。重傷を負ったというのに、その女戦士は機敏に飛び上がったのだ。
「ア、アタイ……っ、腹をえぐられて……! あ、あれ……痛くないミャァ……」
誰もが回復の喜びよりも驚きに言葉を失った。
本来あり得ないことが起きたからだ。
どんなに濃縮したポーションであっても、与えるなり死にかけの人間が飛び起きるなんて絶対にあり得ない。
それはもはや回復薬という次元ではなく、神の奇跡と呼んでしまってもいい。
あの平凡な材料で、こんな結果が起きるわけがないのだ。作った俺が最も驚いていた。
「やったニャァーッ、バンザーイッ、バンザーイッ!!」
「よかったニャァァ……ッ、ユリウスさんバンザーイッ、姉御の命の恩人ニャァァッ!」
眉をしかめて首を傾げる俺を、ネコヒト族たちが取り囲んで両手を上げて歓喜乱舞した。
彼らはいちるの望みに賭けてやってきたのだろう。喜びが俺の周囲で爆発していた。
「ムフフ……ユリウス褒められると、私も嬉しい……」
「だけど凄いわね、これ……」
どうにも思考が追い付かないのだが――つまり、このぷにぷにとしたエメラルド色の玉は、失敗作ではなく、桁外れの回復効果を持った新型ポーションそのものだったようだ。
ポーション5本分を想定していた調合が、概算で奇跡のぷにぷに50粒分となっていた。
「ア、アタイ……。唇を捧げてまでアンタが助けてくれたこと、アタイ忘れないミャ……。アンタはアタイの、命の恩人ミャ……」
「え……? いや、それは……んむぐっ?!」
なんか大きな誤解があったので訂正しようとすると、メープルとシェラハゾの手に口をふさがれた。
「そういうことにしておきましょ」
「真実を伝えるのは、無粋……。唾棄すべき、クソムーブ……」
「いや、だが……」
「逆の立場で考えてみて……。同性の唇……ぶちゅぅぅ……」
「うっ……。言われてみれば最悪だな。知らない方が幸せか……」
「そういうことよ」
ところで都市長が何やら静かだ。
彼は深く思慮するようにあごを抱えて、さっきからずっと釜の中のぷにぷにを見つめている。
ようやく俺の視線に気づくと彼が口を開いた。
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