・フェーズ1-2ファルク王国 - いや、でも、なぜ? -
次の目的地ファルク王国への経路に山はない。深い森もない。
あるのはなだらかな平原と、大小の川と橋ばかりで、雨雲を知らないのどかな陽気が俺たちの新婚旅行を祝福してくれていた。
「ユリウスユリウス、あーんして……?」
「いや、俺はもういいや……。というかどんだけ食うんだよ、お前ら……」
「え、まだまだ足りないよ……?」
「ごめんなさい、アタシたち無性にがお腹すいちゃって……。あ、止めてユリウスッ、あれは蒸かし芋さんよ!」
新婚旅行あらため食い道楽旅行と言った方が正しいのかもしれない。
財布担当のシェラハがグラフとなぜか手を繋いで飛び出していって、いらないと言わなかったばかりか4人前を買って戻ってきた。
ちなみに隣にいたはずのメープルはちゃっかりと馬車席に戻っていた。
「ユリウス、それ食べないのか……?」
「ずいぶん前にお腹いっぱいだって言ったはずだろ」
片手で手綱を握りながら、もう片手で芋を手持ちぶさたにしていると案の定の結果になった。
御者席から馬車席へと蒸かし芋を差し出すと、芋はシェラハの物騒なレイピアで三等分されて彼女のたちの腹へと収まっていった。
別の生き物が皮をかぶって、俺の嫁になりすましているのではないか。そう心のどこかで疑ってしまうほどに人間離れした食欲だった。
ヒューマンの約半分の期間で子を育むということは、それだけ必要とされる栄養も膨大なのだろう。
「ユリウスッ、あれを見ろ! あれはしょっぱい揚げ菓子屋だぞ! 製粉したトウモロコシを使ったサクサクとしたやつだ!」
「お前ら食うのはいいけど、なんで芋や菓子ばかりなんだよ……。もう少し動物性の栄養を付けろよ……」
「酸っぱくて甘いブドウも食べたよ?」
「オレンジも美味しかったわよね。アタシ、実はまだあの皮持っていたりするの」
シェラハが荷物袋から乾いたオレンジの皮を取り出して、それを鼻へと押し付けて深呼吸した。
どうして女性というものは、花や果物の匂いに目がないのだろうな。
「……その匂いだけ錬金術で抽出したら売れるかな」
思い付きでそう言葉を返してみると、シェラハの荷物袋からオレンジの皮が次々と現れて、急きょ街道の外れで香水を作らされることになっていた。
・
さて、横道にそれた話はここまでだ。
雨に見舞われることもなく、ましてや盗賊に出会うこともなく、終始騒がしく平穏に2日間の旅路を終えた。
このファルクと呼ばれる王国には、国内を2つに分断する大河が流れており、その河川を使った水運が工業と商業の双方を発展させていた。
広い平原もあって、ランスタ王国ほどでもないが肥沃な耕作地にも恵まれている。
少し前まで森の国に閉じこもっていたグラフでさえその目で認めるほどの、非常に豊かな国だった。
つまり札束で殴るような手口はこの国に限っては効果薄で、ファルクは最も説得が厄介な国と言ってもよかった。
俺たちは2日目の夜をファルク王都の宿で過ごして、翌日に正式な書簡と共に王城へと上がった。
・
「ガハハッ! 経済封鎖を解き、反ツワイク連合に加われってか! バカ正直な野郎どもだぜ!」
王への謁見はすぐに叶った。
これだけ豊かな国の王なのだから、さぞ品がいいのだろうなと勝手に想像していたのだが、玉座に腰掛けていたのは王の格好をしているだけの豪快なおっさんだった。
「はい、ご一考いただけませんか?」
「おう! 今、一考している! ……やっぱ最大の懸念は、酒か」
「え、酒……お酒ですか……?」
「ったりめぇだろ! そっちに降ったランスタと対立すると、ランスタの酒が飲めなくなるだろ!! ちったぁ考えろやバカ野郎っ!!」
「あ、はい……そうですね?」
個人で飲むくらいならただ密輸すればいいだけの話では……?
そう突っ込んでやりたかった……。
「陛下、酒だけの問題ではございません。このままでは穀物も肉も繊維も全て入ってこなくなりますぞ」
「バカにするな、宰相! そのくらいワシにもわかっておるわっ!」
それから豪快なファルク王は声を小さくして、宰相と呼ばれる初老の男とヒソヒソと話し合った。
彼らの目は俺たちが届けた書簡に向けられている。
そこまではランスタで見た流れだが、これは気のせいか宰相がファルク王を叱りつけているようにも見えなくもない。
気になって隣のシェラハへと流し目を向ければ、彼女は眉をしかめながらやり取りを盗み聞きしている。俺の視線に気づくと、返ってきたのは苦笑いだった。
「おい、そこの兄ちゃん! 本当にお前はこの書簡にある通り、奇跡を起こせるのかよっ!?」
「陛下っ、ダメですっ、せめてもう少し有意義な――」
「ガハハッ、何言ってやがる宰相、十分過ぎるほど有意義だろうがっ!!」
「ただの道楽ではないですかっ!!」
「道楽の何が悪い! おい兄ちゃん、それでどうなんだよ!?」
「お待ちを陛下っ、もっと有意義な――フゲッッ!!」
おっさんと爺さんの漫才は、いたわりの精神皆無のチョップで終わりになった。
こんなパワフルな王様がツワイクの王だったら、もう少し状況もマシだったのだろうか……。
「……なんでもとは軽々しく申せませんが、3日前に我々は病の姫君を救いました」
「それはランスタ王の手紙で読んだっ、あの子を助けてくれてありがとよ、兄ちゃん!」
「……いえ、あんな姿を見せられたら助けるしかないでしょう。……若干、思わぬ結果になりましたが」
「元気ならそれでよしっ!! よし気に入ったっ、ならばこうしようぜ!!」
王としての資質はおいといて、人情味のあるいい王だな。
喜んで彼の願いも叶えてやりたくなった。
「天下無双!!」
「え……はい……?」
「天上天下!!」
「あの、急になんですか、それ……?」
「超! 超超超超っ、超美味い至上最強の酒を出してみせいっっ!!」
「え……? 至上最強の、酒ですか……? 念のため聞きますが、それは美味いという意味ですよね?」
「うむっっ、いつまでも待つぞ!! 至上最強の酒をワシに飲ませてくれたら、ワシらはツワイクを裏切りっ、この胸くそ悪い経済封鎖を解いてやろう!!」
これはどういうことですかと、宰相さんに目を向けても諦めた様子で首を左右に振るだけだ。
「いや、でも、なぜ……。なぜ酒なんですか……?」
「ガハハッ、何言ってんだ兄ちゃん!! ワシが美味い酒が飲みたいからに決まってんだろっ!!」
ツワイクはシャンバラに浸食されているとはいえ、ここ一帯では最強の国だ。
それを敵に回す条件が美酒だなんて、まるで対価が釣り合っていない……。
「わかりました。それが条件だとおっしゃるならば、こちらは全力を尽くしましょう」
「おおっ、期待しているぞ、兄ちゃん!!」
ファルク王の条件、それはシンプルにして厄介。王をうならせるほどの最強、最高の酒の確保だった。
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