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・フェーズ1ー1ランスタ王国

 ランスタ王国はシャンバラより馬車で5日ほどの距離にある。

 広大な平野と多くの河川を持つこの国は、どこまでも広がる麦畑やブドウ畑、いくつもの橋と輝く川を眺める事が出来る豊かな農業国だ。


 まずはこの国を籠絡し、次の国へのルートを作る。作戦の便宜上、俺たちはランスタでの活動をフェーズ1-1とした。

 合計3国をこちらに引き込んだ後は、闇ポーションによるフェーズ2を始める。


 都市長や師匠のことなので、俺たちが失敗した場合のカバーストーリーくらいは考えているだろうが、これにしくじると手段が武力行使に変わりかねない。


 ツワイクにいる親しい人たちのためにも、今回の籠絡は絶対に成功させなければならなかった。


 しかしそんな使命感はほどほど、俺たち家族は交代で仲良く御者をしながら旅を楽しでいった。

 ランスタの美しい国土はなかなかに見物で、どこまでも広がる小麦畑に砂漠生まれの姉妹も、森生まれのグラフも息を飲んで驚いていた。



 ・



「シャンバラより遙々よくぞいらした。来るとは予想していたが、これは思わぬ顔ぶれだ」


 馬で先行していた使者の働きにより、ランスタ王との謁見はすぐに叶った。

 ただ俺たちのことはあえて詳しく伝えていなかったようだ。


「シェラハ・ゾーナカーナ・テネスと申します」

「元リーンハイム長弓隊隊長、グライオフェンです」

「えーと、元スパイです。あてっ……えと、メープルと、言います」


 シャンバラの未来がかかってるんだからふざけるなと、しょうがないボケ担当の後頭部を軽く叩いた。

 さて残るは俺か。


「そなたが噂のユリウスだな?」


 ところがランスタ王は俺のことを既に知っていた。


「え。ええ……私がユリウスですが、しかし、なぜ私のことを?」

「貴殿はその界隈では有名だ。エルフを3人も妻にしたと、その界隈では噂で持ち切りだぞ」


「ちょ、え……っ? シャンバラの外で俺、そういう扱いになっていたんです……っ!?」

「どの娘も美しい。老いぬ妻か……羨ましい限りだ。おっと、ゴホンゴホンッ……」


 今この王様、本気で羨望の眼差しを俺に向けたぞ……。

 なんか、こうなるとやりにくいな……。いや交渉の滑り出しとしては悪くないのだろうか……。


「自慢の嫁たちです。気だてが良く明るくて、いつだって俺を驚かせてくれます。しかし陛下、時間も限られていますので、早速本題に入ってもよろしいでしょうか」

「ん、うむ……。どうやったらそんな美人をひっかけられるのか、ご教授願いたかったのだがな」


「ご冗談を」

「ほっほっほっ……うーむ」


 気のせいか本気で美人をひっかけるアドバイスを求めているような、そんな眼差しだった。

 仮に聞かれても俺にわかるわけがないので、これは交渉のカードにはならない。


「それで本題なのですが、お察しの通り経済封鎖の件です」

「であろうな」


「解いてもらえませんか?」


 いくら取り繕おうとそれこそが本題なので、まずはシンプルにこちらの要求を伝えた。


「シャンバラは貴重な輸出先、対立は望むところではない。だが妻がツワイク王家の者でな、今さら裏切るわけにもいかないのだ」

「存じています。ですが俺たちはその無理を承知で、そこを曲げていただくためにやってきました。……どうぞ、こちらの書簡をご確認下さい」


 蜜蝋で封じられた公式の書簡を王のお側付きに渡すと、王がそれに目を通した。

 それからしばらくすると頷いて、顔を上げて俺を見た。


 こちらの方針は経済援助を含む懐柔だ。都市長はターゲットである3国に経済援助を約束する書簡を記した。

 加えてその書簡にはこう記されている。


『そこにいる錬金術師ユリウスは、不可能を可能にする世紀の大天才。対ツワイク包囲網に加わってくれるならば、ユリウスが全力をかけて王の願いを叶えると保証する』


 俺はそこまで万能ではないが、今はそういうことにするしかない。

 王を信用させるために俺は礼儀正しく平伏した。



 ・



 しばらく王は思慮していたが、やがてお側付きに命じてツワイク王家の妻を呼び出した。


「本当に……かしら……?」

「書簡には、枯れた湖を蘇らせたとある。ならば……も……」


 コソコソと何かを話している。俺には上手く聞き取れないが、俺の嫁さんたちは揃いも揃って地獄耳だ。

 隣のグラフに俺が流し目を向けると、なぜか難しい顔で返された。


「ユリウス殿……そなたに願えば、どんな願いも叶うというのか……?」

「出来ることと出来ないことがありますが、最大限の努力をお約束しましょう」

「例えばそれは、病気を治すことも可能でしょうか……?」


 王妃様はツワイク人だ。彼女は同胞であり裏切り者である俺を責めずに、すがりつくような目でそう言った。


「それは症状次第ですね。どなたのどんな病を治せばいいのでしょうか?」

「……一番下の娘だ」

「お願いします、見てやっては下さいませんか……?」


 グラフが難しい顔をしていた理由はこれか。

 俺たちにとってこれはチャンスだが、とても笑えるものではなかった。



 ・



 お姫様の寝所に向かうことになった。

 しかしこのメンツでゾロゾロと押し掛けるのもよくないだろうと、シェラハとグラフは気を利かせてくれた。


 そこで2人には調合の準備を任せた。

 俺たちの方は王妃に連れられて王族専用の区画へと入り、お姫様の寝所の前で立ち止まった。


「ここです……」

「ねぇ、名前、なんていうの……?」


「ガラテアと名付けました。お願いします、ユリウス様……どうか娘を助けてやって下さい……」


 願いが悲痛であればあるほどに安請け合いは出来ない。

 引き歪んだ表情を浮かべて王妃は両手を組み、神にでも願うかのように錬金術師へと頭をたれた。


「わかりました、最大限の善処をお約束しましょう」

「愚かな王族と思われるかもしれませんが、娘が助かるならば、わたくしはツワイク王家だって裏切れます……。どうかお願いします、どうか娘を……」


 ここから先は陰鬱な話になったので要約する。

 医者が言うにはそれは筋肉の病気だそうだ。

 少しずつ筋肉が分解されていってしまい、やがて立てなくなり、内臓が止まって死に至る。


 身体を維持する作用そのものが壊れてしまっては、もはや薬でどうこうしようがない。ただ娘の死を待つしかない状況だった。


「待って。私が先に行く……」

「お前が?」


「お姫様と、打ち解けたら呼ぶから、旦那様はお座り……」

「妙な夫婦関係疑われるようなこと言うな……。わかった、任せた」


「うん……任せといて」


 歳が近い方が話しやすいだろう。シェラハとグラフは最初からこのつもりで抜けたのかもしれないな。


「見た目は若いですけど、やさしい奥さんですね……」

「いや、アイツには困らされることの方が多いんですけどね……」


「それとユリウスさん、アリがご迷惑をかけたようですね……。すみません、あの子は昔からああで……。わたくし、アリの叔母に当たります」

「そうでしたか。大丈夫ですよ、もうアイツのことは恨んでいないので……」


 アイツを許す日がくるとは思わなかったな。

 俺と王妃様はメープルがわざと小さく開けっ放しにした扉から、中の様子をうかがった。



 ・



「エルフさんがきてくれるなんて、嬉しい……。ずっと、会ってみたかったんだ……。ああ、すごい、かわいい……」

「私の姉さんは、もっとかわいいよ。女神様みたいに綺麗でね、なのに純情で、辛抱たまらんの……」


 おい、お姫様相手に辛抱たまらんは止めろ……。

 だが王妃様は嬉しそうだ。娘が笑顔を浮かべて客人に喜んでいるからだろう。


 まあ……メープルのお腹が将来ああなったら、俺だって同じことを思うだろうな。国だって裏切るかもしれない。


「メープルちゃんも綺麗だよ……。ガラテアなんて、ほら、この脚見て……」

「うわ。……あ、ごめん」


「いいの……。いいな、小麦色の肌……メープルのお姉さん、見てみたいな……」

「すぐに見れるよ。ちなみにだけど、私――」


 こちらが聞き耳を立てているのを承知で、メープルはガラテア姫に耳打ちをした。


「えっ、メープル、結婚してるの……っ?」

「実は、新婚旅行中、だったり……」


「えっ、ええっ……う、嘘……」

「私の旦那様、ガラテアに、紹介してもいい……? ホントのこと言うと、扉の向こうで、待ってたり……」


「い……いいよ……。メープルの旦那様、ガラテアも会ってみたい……」


 上手くやってくれたようだ。

 姫の弱々しい姿にこちらは見ているだけで哀れになってきて、無性に胸が締め付けられる気分になっていた。


 元気づけてやりたい。助けてやりたい。こういう境遇の子を救ってこそ、誉れある真の錬金術師だろう。

 俺はダメ元であの大きな錬金術の本を抱えて、ガラテア姫の寝所へと入っていった。


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― 新着の感想 ―
[一言] あれ?グラフはいつから嫁3号になったんだ?まぁ頼る人いないし好意もそれなりにあったしヤることヤってたわけだから別におかしくはないんだけど具体的な描写がなかったから少しだけ気になった
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