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・番外編 虚飾を捨てて

・アリアルフ・ツワイク


 王都を離れた閑静な丘地に、碧玉宮と呼ばれる王家の離宮がある。

 父上にこの地を任されてかれこれ20年、すっかり長い付き合いになった。


「メリダ湿原の娼婦画、500万でヴァイシュタイン公が落札されました。おめでとうございます」


 だがその付き合いもここまでだ。

 俺は己の住まいであるこの離宮にて、私財の売却をすべくオークションを執り行った。


 腐っても俺は王子であり元将軍だ。金目の物を売りさばく術はよく心得ている。

 芸術は投機対象として打って付けで、かつ愚かだった俺のつまらない虚栄心を満たしてくれた。


「700年前の神殿より発掘された翡翠の神像、10万からのスタートです。どなたかおりませんか? はい、50万! 80万! 120万! ……230万でケリー大使が落札されました。おめでとうございます、大使」


 一つ、また一つと私財が持ち去られて行くたびに、俺は己の心が軽くなってゆくのを感じていた。

 虚飾のために買い集めた芸術に、自分自身が縛り付けられていたのだとそう実感した。


「ではアリ王子、お宝はいただいていきますぞ」

「俺にはもう必要のない物だ。大切にしてくれ」


 父上は俺にこう言った。その下民の娘と別れるならば、宮殿に戻ることを許そう、と。

 父上は一度もゲルタの名を呼ばす、最後まで下民の娘と言い張った。


 ゲルタには申し訳ないがそれに対しての怒りはない。失望もない。

 それもまた王者としての生き方だ。貴族の血筋を守るならば許されないことだ。


 諸侯に愛想笑いをしながら、俺は落札されるたびに持ち出されてゆく宝の数々を目で追った。

 何度確認しても、ちっとも惜しくなかった。


 虚飾が剥がれ落ちた後には自由が残る。もう息苦しい格好をする必要はないのだと、俺は胸のボタンを1つ外して息を吐いた。



 ・



 全てが終わると小姓が俺の前にやってきて仰々しいお辞儀をした。

 失脚をきっかけに、他の小姓には全て逃げられてしまったというのに、彼だけは離宮に残ってくれた。


「アリ殿下、これで一通りの売却が済みました」

「ご苦労。これでお前たちの退職金が支払えるな」


「殿下は……最後なので包み隠さずに申しますが、本当に変わりましたね……」

「ふんっ……この国は泥船だ」


「泥船ですか?」

「やつらはユリウス率いるシャンバラを敵に回したんだ、巻き添えはゴメンだ」


 ヤツの亡命先がシャンバラという特殊な国でなければ、あそこまで新参者が重用されることはなかっただろう。

 どこかしらでつまらない権力争いに直面し、世渡り下手なあの男は失脚させられていたはずだ。


「殿下がそこまで他人を認めるだなんて……。失礼ですがそんな殿下を初めて見ました」

「人であろうと物であろうと、優れたモノは素直に賞賛すべきだ。そう気づいたのだ」


 俺の報告がシャンバラ包囲網の結成を招いた。

 それが俺の役目だったとはいえ、意に添わない展開になってしまった。


「父上やポーション工場のやつらは、経済封鎖でようやく売り上げが戻ってきたと、そうほくそ笑んでるかもしれん。が、それは大きな勘違いだ」

「まあ、短絡的ではありますね。しかしツワイクとしては、経済封鎖は妥当なところかと……」


 この小姓は賢い。どこに再就職しても上手くやっていけるだろう。

 俺と一緒にユリウスを貶めようとしたやつらの方は――俺と同じような、別の軽い御輿を見つけて担ぎ直すだろうな。


「ユリウスは枯れた湖を復活させた。魔物の大襲撃から民を守り抜いた。不毛の沙漠に小さな緑を蘇らせた。あの男がその気になれば、砂漠をガラス化させたという恐るべき力で、ツワイク軍を焼き払うことすら出来てしまう」

「そんなことが、本当に常人に――錬金術の力で可能なのですか……?」


「さあな、直接俺が見たわけではない。だが俺はもう2度と、あんな怪物を敵には回さない」

「……本当に変わられましたね、殿下」


 しかし思いの他にオークションでは高値が付いた。

 これならば慎ましく暮らすどころか、あの貧相な村に投資をすることも可能だ。ならば金の力で、ユリウスの真似事をするのもいいかもしれんな。


「再就職は見つかったか?」

「いえ、職務を終えるまでは仕事を徹底するつもりです」


「……だったら、勝ち馬を紹介してやってもいいぞ。そいつに仕えておけば間違いはない」

「勝ち馬……。参考にお聞きしますがどなたでしょうか?」


「それは――む、父上か。ようこそ、我が離宮へ」


 そこにツワイク王である父上がやってきた。

 息子が私財の処分を始めたので、驚いて駆けつけてきたようだな。


「アリよ、これはどういうことだ?」

「見ればわかるだろう」


「バカな……。せっかく国に戻るチャンスだというのに、出て行くつもりか?」

「そうだ」


 いくら引き留められてもツワイクに留まる気はない。

 ゲルタは――この地に残っても幸せにはなれない。ゲルタは富だけでは幸せには出来ない種類の女だ。


「本気なのか?」

「本気だ」


「……わかった。そこまで言うなら、あの娘を側室に入れるだけなら許そう。だからこんなバカなことは――」



「俺は農民になる」



「な、なんだと……っっ!!?」


 贅沢暮らしはもう飽きた。おべっかばかりの取り巻きに囲まれた生活も、金をかき集めて悦に入る自分にも、もう飽き飽きだ。


「王子として生きるより、農民として生きた方がずっと面白い。俺はもう、虚飾と欲望渦巻くこんな世界で暮らす気はない。父上、俺は王子の器ではなかった」


 父上は変わり果てた息子の姿に、期待と失望の感情を入り交じらせた。


「その謙虚さがあれば、我もそなたに一目置いていただろうに、なぜ今さらになってそんなことを……」

「ムダだろうが警告しておくぞ、父上」


「我に警告だと?」

「今のシャンバラはツワイクが対抗できるような国ではない。もし事を構えるなら――それはユリウス・カサエルが没してからにしろ」


 ヤツがいる限りシャンバラは世界最強の経済国家として栄華を極めるだろう。

 だがヤツが没すれば、シャンバラは主力商品ポーションを失う。


 仮に迷いの砂漠がこの世界からなくなったとしても、ユリウスのポーションある限り戦争に勝つことは不可能だ。

 勝てる相手ではないので付き合い方を変えろ。


 そう父上に持ちかけても、彼は聞く耳を持たなかった。

 かつての栄光にすがりつき、シャンバラさえ封じれば利権と繁栄が取り返せると勘違いしていた。


 父上は良くも悪くも政治家だった。



 ・



 その翌日、俺はゲルタと共に離宮を去った。


「ん、どうしたゲルタ?」

「アリ様、あれを……」


「あれは……」


 ホロ馬車の御者席に並んで乗った俺たちは、王都に立ち寄って薬や交易品を買い込んだ。

 ところが去り際に寄った王宮前に、冒険者や商人たちがデモ隊を組んで陣取っていた。


 彼らは口々にこう叫んでいた。

 シャンバラ製ポーションの流通を許せ。不公平な競争を止めろ。ポーション工場は王家の利権構造そのものだ。と。


「あ、大変……」

「父上も墜ちたな。だがあれを助けることは出来ない、行くぞ、ゲルタ」


 そんな民たちが槍斧を持った兵士たちに取り囲まれるのを見た。

 ポーション工場の独占と癒着は、王家にとっては突っつかれるとかなり痛いところだ。ああして民に騒がれると、王家の連中としては実力で黙らせる他にない。


「でも、いいんですか……? あれはアリ様の民なのでしょう……?」

「問題ない。予定通り俺たちはあの村に帰るぞ」


 アレもあの男(・・・)の差し金だろうか。

 まあいい、俺にはもう権力争いなどどうでもいい。


「本当にいいんですか?」

「俺はもう王子ではない。そ、それよりゲルタ……か、帰ったら……ぅ……っ。村に帰ったら、その……。お、俺と……俺と結婚してくれ……」


「はい……っ! 一生、アリ様の面倒を私が見ますっ!」

「う、うむ……。そこはもう少し言い方を選んで欲しかったぞ……。助け合っていこう、ゲルタ」


「はい、神に誓います!」


 俺たちは王都を出て、遙か遠い辺境の村へと旅立った。

 そこで俺とゲルタは慎ましやかな結婚式を挙げる。


 ユリウスがそうしたように、俺もツワイクを捨てて新しい土地で新しい人生を始めることにした。

 ユリウスほど俺は有能ではないが、金ならばある。この金で俺なりに出来ることをしてゆこう。


 苦難の果てにツワイクに戻った今だからこそわかる。


「金の力は偉大なのだ!!」

「キャッ、な、なんですか、いきなりっ!?」


「む、口に出ていたか」

「ふふふ……アリ様は面白い方ですね」


 俺はクズだが投機だけは得意だ。

 あの砂に飲まれかけた貧しい村を、シャンバラに負けないくらいに栄える街にしてやる。


 見ていろよ、ユリウス。


並行連載作、「Lv0の元傭兵」が完結しました。

ご愛顧ありがとうございました。

これからも10万字ほどで完結するお話を1ヶ月スパンで公開してゆきます。基本方針として、どれも本一冊で綺麗にまとまるお話を念頭に作っています。


以上、宣伝でした。

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王子かっけーじゃんよ⋯
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