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・砂漠に広がる緑の地平 - パンプキンシチューとコウノトリ -

 心のどこかで嫁の帰りを待ちながら諦めずに試行錯誤をしてゆくと、いつの間にか夕方になっていた。

 なのにまだ彼女たちは帰ってこない。これはよっぽど耕作地造りにはまっているのだろう。


 乾いた大地に少しずつ緑が蘇ってゆく姿がたまらないと、そう言っていたのはグラフだったか、メープルだったか、いや全員か……。


 窓の向こうに広がる黄金色の夕日と、黒く長く伸びた木陰はどこか物悲しく、天を行く鳥たちまでもが帰路へとついていた。

 嫁たちは普段使わない筋肉を酷使して、今日もヘトヘトになって戻ってくるだろう。


 そう思い浮かべたら、この手が勝手に夕飯を作っていた。



 ・



「ユリウス、ただいま……」

「あら、この匂いはもしかして――」

「これはパンプキンシチューの匂いだ!」


 家事も新型の試作も片付いたので、2階のバルコニーからゆったりと彼方を眺めていると、いつの間にかうたた寝をしていたようだ。

 下の階からシェラハたちの声が響いて、無意識に笑いがこぼれた。


「お帰り。遅かったな」

「すまん、つい楽しくて……。ボクとしたことが帰り時を見失ってしまった……」


 厨房にはもうグラフとシェラハがいた。

 パンプキンシチューの入った大きな鍋を、一緒に抱えて暖炉へと運んでくれている。


「はー、おなか空いた……ユリウスが、嫁でよかった……」

「嫁はお前だ」


 俺の腰を労ってくれているのかと思ったが、もう半分は空腹ゆえのようだ。


「ユリウスは座ってて。後はあたしたちがやるわ」

「シャンバラはいいところだな、世界中の美味しい物が集まる……」


 お言葉に甘えてテーブルに腰掛けて、残りの支度を見守った。

 笑顔を華やかせてよく喋る嫁たちを眺めていると、気まぐれを起こしてよかったと思えた。



 ・



「ユリウスも見に行くべきよ、あの時とは見違えるほどに綺麗になってるのっ!」

「あのね、ユリウス。こんなに大きな魚、ため池にいた……」

「へー、川からあの土管を通ってきたのか」


「そうみたい……。面白いね……」

「明日もあそこに行きたいな……。泥いじりがこんなに面白いとは思わなかった」


 みんなよく喋って、よく食べてくれた。

 ツワイクにいた頃の俺の人生は、安定はしているが停滞し切っていた。


 それがこっちでは毎日がお祭りだ。

 毎日が……腰痛い、だった……。


 そんな嫁たちをニコニコとこちらが眺めると、向こうも暖かい笑顔で笑い返してくれる。

 それはとても幸せなことだ。この先もずっとこのまま、仲違いせずに仲良くやっていきたい。


「だったらその衝動に任せて、明日も耕作地に行ってみたらどうだ?」

「何を言っている、ユリウス。明日からキミの調合を手伝うに決まっているだろう。枯れた沙漠に緑を――素晴らしい計画だ」

「そゆこと……」


 そんなもの気にしないで行ったらいいと言い掛けて、言葉を取り止めた。

 作る量が量なので、彼女たちのサポートなしではとても続かない。


「じゃあ、手伝ってくれ」

「言われなくとも手伝うに決まってるわ。緑の草原でオアシスを囲むのよね、それって素敵じゃない!」

「マク湖のばーちゃん、絶対喜ぶ……。ぅ……ぅぅっ?!」


 ところがシチューのスプーンをくわえたまま、メープルが苦しげに顔をしかめた。


「どうした、不味い部分でもあったか?」

「んぐっ……?!」

「あ、あれ……、うっ……ボクまで、気持ち、悪い……」


 ところがそれがシェラハとグラフにまで伝染した。

 三人揃って口を押さえて、とうとう我慢出来なくなったのかトイレへと駆けていった。

 

「おい、大丈夫かっ!?」


 もしやシチューの材料が腐っていたのだろうか。

 しかし俺は平気だ。つい美味くて多めに味見をしたのに、全く身体に異常は感じられない。


 だが目の前で、自分のシチューを食べた嫁たちが次から次へと便器に嘔吐(えづ)いているのを見ると、動揺せずにはいられなかった。


「すまん、俺のせいだ……。だが素材は新鮮だったはずだ……。だからこれは、別の原因が――」

「ちがう……私、少し前から、こう……」

「え、キミもなのか……?」

「そう、みんな同じ症状なのね……。ユリウス以外は」


 大まじめに俺は悩んだ。

 シチューが原因でないのなら、他の原因を探らなくてはならない。


「まさか、感染症か?」


 あるいはエルフにだけ毒になる成分が、何かしらに含まれていたのだろうか。

 俺だけ症状がないというのはおかしい。だが人間より遙かに高い免疫力を持つエルフだけが、なぜ――


「違うわ」

「なぜ気づかない……」


「気づくもなにも、だったらそれ、なんの病気なんだ?」

「そ、それは……」

「えっと、あのね、その……あ、あれよ、あれ……」


 二人はそろって言いよどんだ。ならばこういう時はメープルだ。

 爆弾発言の大御所は少しまだ苦しそうに顔をしかめていたので、俺は背中をさすっていたわった。


「おめでと、ユリウス……」

「おめでとう?」


「これでいきなし、三児のパパだね……」


 メープルの背に手を当てたまま、目の焦点がぼやけてゆくのを感じた。

 続いて心臓が加速し、冷や汗を感じたかと思えば全身が熱くなって、脳は狂ったようにメープルの言葉を反すうした。


 この症状の正体はつわりだと、そう彼女は言っているのだ。

 シェラハもグラフも恥ずかしそうにうなづくだけで、それ以上は何も言わない。


 まずい。このままではますますマク湖のエロ神として、一部界隈で笑われたり親しまれたり崇められたりするはめになる……。

 身に覚えがあるかないかと言えば、あり過ぎてもう否定しようがなかった。


 いや、へその曲がった解釈は止めよう。前向きに考えれば、こういうことだ。


 ……今日から腰痛とはオサラバだ!

 俺はちょうど目が合ったシェラハゾを正面から抱き締めて、かなり乱暴に唇を奪った。


 味は、味は今一つだった……。


「ユリウス、ユリウス……。鳥の世界では、胃の内容物を、口移しで分け合うらしいよ……あたっ」

「この状況で色気のないことを言うな。いや、とにかくお前ら口をゆすげ、そのままじゃ喉にも悪いぞ」


 俺は食卓に戻るとそれぞれのコップにボトル入りの水を注ぎ足して、トイレへと引き返した。

 堪えようもなく溢れてくるこのだらしない笑顔は、人には見せられない。だからそうするしかなかった。


 俺たちの子だ。それも3人同時にだ。

 緩みっぱなしの表情はすぐに見抜かれて、主にメープルに散々おちょくられたのは言うまでもない。



 ・



 かくして、その翌日から第二次緑化事業が始まった。

 3日間に渡る果てのない調合作業の果てに、その後たった半日でマク湖を囲む広大な草原が生み出されると、それはシャンバラの希望となって燦然と輝いていった。


 数々のレシピ帳とにらみ合っての改良のかいもあって、その草原は多くの牧草を含んでいる。

 マク・オアシスから半径1kmにも及ぶ巨大な牧草地帯は、将来俺たちの食卓に美味い飯を運んでくれるに違いなかった。


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