・砂漠に広がる緑の地平 - ジュルリ…… -
「ご安心下さい。我々から見れば、貴方もまだ純粋な少年のようなものです。見ていて非常に微笑ましいですよ」
「もうその話は止めにしよう……。とにかくマク湖周辺に広い草原を作ればいいんだな……?」
「はい、お願い出来ますか?」
「思うところはあるが、まあいいぞ……。あそこの連中、オアシスが枯れて以来まだ完全に立ち直りきってないしな。……で、いつやる?」
「明日からでよろしいですか?」
「わかった。今日のうちにアレを改良できないか試してみる。量産はそれからだ」
さあやるかと、俺はステッキを頼りに立ち上がった。
さすがに冒険者ギルドまでは歩いていけない。ここは飛ぶか。
「おっとお待ちを。転移は昼食を食べてからにしましょう」
「危うく逃げられるところでしたね。都市長はユリウスさんのために、ツワイク産のブドウ酒を用意させたのですよ?」
爺さんがベルを鳴らすと、扉の向こうで待ち構えていたのか、ワインを抱えた義兄さんがすぐさま書斎に現れた。
「私にそうするよう促したのは貴方でしょう」
「そうだったかもしれませんね。さ、食堂へどうぞ」
「アンタたちはいつだって強引だな……。喜んでご馳走になろう」
特に断る理由もない。爺さんたちと一緒に一階へと下りて、食堂の大きな食卓を囲む。
するとそこにシェラハとメープル、それに新しい家族のグラフまで遅れてやってきた。
全員が揃うとすぐに温かな食事が運ばれてきて、食事を楽しみながら仕事ではない日常の言葉を交わした。
あまりにも平和だった。そんなアットホームなひとときが人の腰を重くして、俺たちを食堂に縛り付けた。
土壌改良材『シルフの接吻』の改良は、もう少しゆっくりしてからにしよう。
最初はエルフ族に混じって暮らすことに違和感を感じたが、今ではこれが自然なことに感じられた。
・
酒はほどほどで断って、昼過ぎの激しい日差しを雲が覆ったのを頃合いに、俺は冒険者ギルドへと転移した。
「あらんっ、素敵な旦那様じゃない♪」
「出たな、カマカマ野郎……」
「フフフ、きてくれて嬉しいわ。アタシったらね、ちょっとだけ、あの子たちにユリウスちゃんを寝取られた気分になっちゃったものぉ……♪」
「一瞬でもお前の物になった記憶はねーよ……。うっ、いっ、いたたっっ……」
「あら痛そう、さすってあげるわね……」
老人みたいに腰を折り曲げてトントンと叩くと、しなやかで機敏な身のこなしでカマカマ野郎がカウンターを乗り越えてきた。
人にさすられると痛みがやわらぐ。それがカマの手であろうと、その麻酔効果に違いはなかった。
「ありがとう……」
「いいのよ」
「はぁ……。お前だから言うけどさ、あいつら、もう、もう毎晩毎晩……このままじゃ俺は死ぬかもしれん……。ぁぁ、やっと痛みが落ち着いて――っておいっ?!」
しかしその手つきが次第にやらしく妙にテクニシャンに、腰の上部から下部へと滑り下りてきたので、そこまでは頼んでないとステッキで反撃を入れた。
「あら、ごめんなさい、つい癖で……むふっ♪ おわびに前の方もさすってあげるわねっ♪」
「そういう下品な冗談は嫌いだ……」
一歩距離を取って、俺はステッキにしがみつくように身構えて敵を警戒した。
「んふふ……。もう、食べちゃいたいくらいカワイイわよ……♪」
「息を荒げながら言われると本気で怖いぞ……。あ、そうだ、それより都市長がため込んでいる大地の結晶と、植物系魔物素材を分けてくれ」
「もちろん話は聞いているわ、草原を作るんでしょう? どうせあなたのところに運ぶ物だから、好きなだけ持って行きなさい」
カマカマ野郎は受付嬢にそぐわない常人離れした足運びで背中側に回ると、こちらの腰をトンと叩いた。
「いてっ?!」
「アタシ、エッチな男の子も大好きよ♪」
「反応に困る……。そうやって人を困らせて楽しむなよ……」
「それはメープルちゃんよ。アタシはただ、ただね――熟れかけの青い果実を遠くから眺めてるだけ……。ンフフッ……ジュルリッ……」
若干本気で怖くなった俺は即座に転移魔法を発動し、ギルドの倉庫で素材を確保するなり自分の工房へと逃げた。
・
あくまで試作なのでオーブと水槽は使わずに、錬金釜の前に立った。
市長邸で聞いた話では、メープルとシェラハはグラフを誘って、これから新しい耕作地に行くつもりらしい。
見物と言い訳していたが、本音はあちらの開拓を手伝いたいのだろう。
あの光輝くため池を目にしてしまうと、その気持ちもわからないでもなかった。
ツワイク人の俺から見ればただの泥臭い農作業でも、彼女たちにとってはもっと輝かしく感じられる何かなのだろう。
「うっ……。慎重に、慎重に……うぐっ……」
バケツを持って灼熱の日差しの下に出ると、オアシスで冷たい湖水をくんだ。
昼は焼けるように暑く、夜は凍り付きそうなほどに冷たい。
背中に佇むあの立派な白亜の家は、この地の過酷な環境から俺たちを守ってくれている。
そんなシャンバラに緑が欲しい。砂の大地に草原が欲しいとシャンバラの民は願った。
こうしてトーガで肌を覆いながら、灼熱の日差しの下をバケツを抱えて歩いていると、俺だって同意したくもなる願いだ。
少しでも立派な緑が広がるよう、俺は薄暗い工房の中で試行錯誤をしていった。
なかなか上手くいかず、ついに知恵熱を起こしかけてヤケクソで飛び込んだオアシスは、あまりに冷たく心地よかった。




