・完成した地下用水路を見に行こう。腰を支えながら……
地下用水路の着工から完成まで、約半月を要した。
その間、あっちからもこっちからもやってくる仕事をこなしてゆけば、水路造りのことなど半ば忘れてしまっていた。
土管そのものは5日間で目標数が完成したらしい。
苦労したのは砂の下に土管を敷設し、コンクルを接着剤にして接続する方の作業だったそうだ。
砂漠の下を行く長距離用水路は、川から耕作地へと接続され、後は水門を開くだけとなっていた。
「ユリウス……あれから半月も経ったのに、なぜ腰を折り曲げて歩いている……? まさか、治っていないのか……?」
「治そうとはしたぞ……。俺なりに治そうとはな……」
「へへ……。さすがに、都市長に、怒られちった……」
「習慣って怖いわね……ううん、惰性って言った方が正しいかしら……」
このままでは10年以内の早死にを迎えるか、その前に伝説の赤い玉を目撃することになってしまう……。
ともかく腰の折れ曲がった錬金術師はラクダ車を降りると、土管の終端に取り付けられた小さな水門の前までヒィコラヒィコラとがんばって歩いた。
今日はこの耕作地に作られた大きな穴へと、出資者たちの前で水を流し込んで、立派なため池にする日だ。
「ご覧下さい、あの水門こそエルフの魔法技術を応用した最新型の水門です。なんとあれは、取水口側と開閉が連動する画期的にな仕組みになっています」
マリウスは出資者の前で驚異の技術力を誇ると、よくわかってもいないのに驚きの声があがった。
「へぇ。けど水門って割に、ハンドルがなくないか?」
「そんなものは不要だ。この水門は魔法の力で動くのだからな。都市長、あれに魔力をかけてみて下さい」
「はて、どうなるのでしょう、楽しみですね」
都市長は事前にデモンストレーションでも見せられていたのか、もうあれの仕組みを知っているような顔つきだ。
有力商人や議員たち、出資者たちの注目の中、都市長は水門に埋め込まれた青い宝石に触れた。
すると低く震えるような音を立てながら、土管を塞ぐ水門がハンドルもなしに上がっていった。
しばらくは水の陰もなかった。それでも人々は乾いた大地に水が降り注ぐことを期待して、その時を待った。
「ユリウス、ユリウス……後で、一緒に水浴びしよ……? 姉さんも、一緒に……」
「ちょ、ちょっとっ、メープルッ……」
が、うちのトリックスターは空気なんぞ読まない。
とんでもない爆弾発言に会場がどよめきだした。
「さすがマク湖のエロ神……」
「英雄色好むということか」
「お盛んですな」
「若いというのはいいものですねぇ……いやまったく羨ましい」
「あらかわいらしい」
あまり聞きたくない言葉を山ほど聞くことにもなった……。
「あ、しまったー、ひとまえだったー……」
「お前、旦那の世間体を完全破壊して楽しいか……?」
「わりと……?」
「わりと、じゃねーよっ、超楽しそうなはつらつとした笑顔でゆーなよっ!?」
ところがそうしていると川のせせらぎのような音が土管の向こうから聞こえてきた。
水の姿はないが、土管の中を水が跳ねて、それは音となって幾重にも反響して、それが大きく増幅されてゆく。
「水だ!!」
誰かがそう叫んだ。
土管の下部から微量の水がチョロチョロとため池へと滴り落ち、やがてそれは勢いを増して途絶えぬ水流となっていた。
乾いた砂漠の空気に、冷たい水の匂いが混じった。
深く掘られたため池は水かさがまだまだまるで足りていなかったが、そこへと豊富な水が土管から絶えることなく降り注いでいる。
砂漠の地下を大横断する地下用水路が、ついに開通した記念すべき瞬間だった。
都市長、出資者、敷設に尽力してくれた工員たち。誰もが目前の光景に舞い上がっていた。
かくして砂ばかりで灌漑しようがないシャンバラの土地に、立派な地下用水路が生まれた。
美しい清流に人々は目を奪われて、感動のため息を吐いた。
彼らはいつまでも飽きることなく、シャンバラの強い日差しに輝く水面を見つめていた。
「成功だな」
「ええ、ユリウスさんもお疲れさまでした。貴方が腰を折り曲げながら工事に尽力してくれたことは、後の世まで語り継ぐことにいたしましょう」
「余計な部分まで伝えないでくれ……。人が悪いぞ、爺さん……」
「ふふ……しかし冗談はさておいて、これはシャンバラにとって大きな躍進です。砂漠を越えて水を運ぶ方法が見つかったのですから。この砂漠の国にとって、この意味は非常に大きいでしょう……」
食料自給率の改善はまだまだ先の話だが、貿易で稼いだ金で食料を買うしかなかったシャンバラに希望が見えてきた。
輸出依存だった国に前向きな変化が訪れている。加えてこの国は空前の好景気だ。
俺たちの未来が明るく輝いているのを、俺だって実感していた。
「ところで孫の方はまだですか?」
「まだに決まってるだろ。十月十日という言葉を知らないのか?」
「いえ、エルフは5ヶ月で生まれます。……楽しみですね」
「ははは、冗談よしてくれよ、爺さん」
「さてどうでしょう」
「いやさすがに。それはないだろう、爺さん」
きっとたちの悪い冗談だ。
・
「え、子供と言ったら五月五日よ? 何を言ってるのよ、ユリウスったら……ふふふっ」
「マジか……」
冗談ではなく真実だった。
家に帰ってからシェラハにそれとなく聞いてみると、本当に5ヶ月で産まれると、素で返された。
さらにはモーションと勘違いされて、その日も俺の腰に再び甚大な被害が降り注いだのは、言うまでもない。




