・腰を押さえながら、放り投げた公共事業を再開しよう
あのアリに地位や金目当てじゃない真っ当な彼女が出来るなんて、今でも信じられん……。
クズは死ぬまで一生クズだ。例外はない。ずっとそう思っていたのに、なんなのだ、アイツのあの変わりようは……。
俺は馬車ならぬラクダ車に揺られながら、もしかしたら俺は知らぬうちに、アリが改心する平行世界に転移してしまったのだろうかと何度も現実を疑った。
だがしかし、もう一つの現実はやさしくなんてなかった。
「い、いたたたた……。も、もう少しゆっくり頼むよ、御者さん……」
「すみません、ユリウス様」
「謝らないでくれ、これはただの自業自得だ……」
「ふふ……お盛んなことで、羨ましい限りです」
「お盛んな……。ま、なんの言い訳も出てこねーわ……。実際、まんまその通りだからな……」
最近の悩み。それは日々重傷化してゆく腰痛だった。
原因はまあ、説明しなくてもわかるだろ、察してくれ……。
初夜からずっとずっとお預けを食らってきた嫁さんたちは、旦那よかずっとずっと、あっち方面が貪欲で底なしだった……。
「大丈夫ですかー、ユリウス様ー?」
「大丈夫じゃない……」
「もうじき着きますよ。ですけどその腰で仕事、出来ますかね……?」
「たぶんな……。ていうか、今日は体調悪いからお家返しては、絶対に通らねーしな……」
ズキズキと痛む腰を押さえたまま、俺は馬車の中で無理なうつ伏せを取ったまま、まるで荷物のように目標ポイントへと運ばれていった……。
・
「うっ……?!」
「歩けますか?」
「あ、歩けないは、通らない……歩くしかないんだ……」
心やさしい御者さんの介護を受けながら馬車を下りると、目の前に総勢200名を超える工員が集合していた。
そう、だから俺は帰れないのだ。俺の腰痛一つで、彼らの予定を変えるわけにはいかないので働くしかないのだ……。
「ありがと、後は、私たちに任せて……」
「だからあたし、昨日は止めようって言ったのよ……」
美しい美姫――もとい夜は野獣と変わらない嫁さんたちが要介護錬金術師を引き継いでくれた。
ちなみにグラフは昨日からリーンハイムに遠征している。
あちらでは転移門の要塞化がいよいよ大詰めで、グライオフェンが1人では足りないので2人に増やしたいとヘルプが飛んできてしまった。
しばらくシェラハとメープルに腰をさすられていると、そこに今回の現場監督であるマリウスがやってきた。
「そんなに腰が痛いなら、腰痛を治す薬を作ればいいだろ」
「それならもう飲んでる……」
「治ってないじゃないか」
「治らないんだ……」
既に巨大錬金釜が設営されている。
まるで足腰の立たない老人のように、俺は足場を上がり、用意された釜へとかき混ぜ棒を立てた。
こんなことになるなら、昨日だけでも誘いを断るべきだった……。
だが、今夜も今夜で断れるような気が全くといってしない……。
メープルは愛らしく、シェラハは美しく、俺にはどうしても無理だった……。
「笑える……」
「笑えねーよ……」
「ユリウス、大丈夫……? ごめんなさい、夜は元気そうだったから、あたしたちもつい……」
「みんな夜になると気が変わるんだよな……」
「毎日が、スケベ心への、敗北……やっぱり、ウケる……」
それはメープルが俺に言った言葉なのに、身に覚えがあるのかシェラハが顔を覆って恥じらった。
俺もシェラハも毎日が白星だ。正直なメープルの方は、白星とか黒星とかいう次元を超越していた。
「イチャついてないで早くしろ、工員たちが待っているんだぞ!」
「ああ、すまん……」
「まったく……お前がそこまで堕落するとは思わなかったよ!」
「面目ない、反論不能だわ……面目ない……」
今回作るのは、いつもの万能建築素材コンクルの耐水型だ。
ただし今回は必要な量が量なので、現地で直接生産することになった。
この日のために砂漠の中に屋根付きの大きな作業場が作られ、それがまだ昇り始めたばかりの朝日に照らされている。
「いたたた……」
俺がコンクルを作り、釜から取り出されたそれに、工員たちが水と砂を練り合わせて土管を整形する。
それを砂の下に敷設してゆけば、グラフが目覚めて以来ずっと止まっていたままだった耕作地作りが軌道に乗る。
砂と灼熱の大地に奪われることなく、水を赤土の大地に運ぶことが出来る。
どんなに腰が悲鳴を上げようとも、ここに用意された材料を使い切るまでは、俺はお家に帰してもらえなかった。
「がんばれ、がんばれ……ザァコザァコ……♪ ザコ腰?」
「だったら今夜は自重してくれ……」
「無理……」
「ごめんなさい……。ユリウスの体が大変なのはわかるのだけど……あたしたち、やっぱり自信がないわ……」
「へへ……私、痛そうなユリウス見るの、好き……」
「お前は前からそういうやつだよな……」
「うん」
「うんじゃねーよ……」
こうして俺は朝っぱらから錬金釜をかき回して、砂漠を横断する巨大水路の原材料を生み出していった。
実際に土管を作って、それを砂の下に埋める工員たちの苦労と比べれば、俺の腰の痛みなどたかだか知れている。
「うっ……?!!」
いややっぱり宣言撤回だ。昨晩の俺はアリを越える愚か者だ。
腰痛はやせ我慢でどうにかなるものではなかった。
・
「コンクルはそのくらいでもういいぞ」
や、やっと、やっと終わった……。帰れ、る……。
「次はスタミナポーションを作ってくれ」
「な……何言ってんだよ、マリウスお前っ!? こ、腰がヤバいって言ってるだろっ、死ぬ、死ぬってこれこれ以上は死ぬぞ、おいっ!?」
「ふんっ、このドスケベが……。お前には失望したよ……」
「なんでだよ……。なじるんじゃなくて、病人をいたわれよ……」
最近マリウスが冷たい。元から口の悪いやつだったが、最近は特に酷い。
今でも不機嫌な目つきで俺を睨んで、もっと働けとスタミナポーションの材料を釜の中に入れさせていた。
顔を合わせるたびにコイツは俺に言うのだ。失望したと。
「がんばれ、がんばれ……」
「終わったら背中を揉むわ。だからがんばって、ユリウス」
左右をエルフの美姫に囲まれたまま、俺は労働者の頼れる相棒スタミナポーション200本×半月分を目指して、再び釜へと魔力をかけてゆくのだった。
・
ようやく材料を使い切った頃には、もう日差しが高く暑くなった昼前だった。
設営された土台から見下ろせば、眼下には巨大な土管が50本ほど完成している。
目標は700らしいので、まだまだ先は遠かった。
「もう帰っていいぞ。せいぜい嫁と好きなだけ楽しめばいいさ……」
「その言い方はねーだろ、マリウス……」
「じゃあ手伝ってくれるのか?」
「この腰でか? 無理だな、死ぬわ」
「だったら帰って腰を休ませろ。それと……治らないなら医者に行った方がいいな」
どちらにしろシャンバラでは昼は休むものだと決まっている。
お先に失礼して、医者に寄ってから家に戻った。
・
医者は言った。
「お盛んですな。特製の湿布薬を処方しておきましょう。いやぁ、それにしても、お盛んですなぁ、ユリウス様は、ヒヒヒッ……」
みんながみんな、俺のことを見透かした目で見る……。
だがしょうがないだろ……。こんなに綺麗な嫁さん貰ったら、しょうがないだろ……。
俺は美しい嫁さんたちに夢中も夢中だった。
・
そしてその晩――
「ユリウス、ユリウス、あのね、あのね……新しい下着、買ってみた……。姉さん、早くこっち……」
「で、でもぉ……」
「いいからいいから……。旦那様の腰のことは、明日から、考えよ……?」
「そのセリフは昨日も聞いたわ。はぁ、もう、しょうがないわね。メープルがそこまで言うなら、わかったわ……」
「お前らな、俺の意思を確認しろよ……」
腰痛の薬が効かないのではない。
毎日が真っ白な白星で埋め尽くされているだけだ。
シャンバラは正真正銘の地上の楽園だった。
次回の更新分、少し短くなります。




