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・第三部プロローグ 王子と錬金術師の邂逅 - 綺麗なアリ王子 -

 砂漠を見つめてユリウスを待っていると、この村の娘であるゲルタがやってきた。


「アリ王子様……ユリウス様とお会いしたら、貴方はもう行ってしまうのですか……?」


 この子だけが俺を王子と信じてくれた。

 あの老人に至っては、いまだに俺をユリウスに恋するホモだと誤解している始末だというのにだ……。


「当然だ」

「そうですか……」


 ゲルタは別れが訪れると早とちりして、目線を悲しげに落とした。

 色黒の肌と黒い髪、粗末な麻の服をまとったその姿はあまりに惨めで汚く、みすぼらしい。以前はそう思っていたが、今の俺の目には違って映った。


 服で人間の価値を決めるのは、バカがすることだとやっと気づいた。


「ユリウスを必ず俺は口説き落とし――そして他でもないお前を連れて、俺はツワイクに帰る」

「ぇ……!?」


「ゲルタ、俺と一緒にツワイクにこいっ!!」

「ぇっ、ぇ……!? わ、私を……連れていって、くれるんですか……? でも、でも、私なんか……王子様とはとても……」


「身分? そんなもの構うものか!」

「構いますよっ!」


「貧しい農村に産まれようともお前の心は高貴だ! お前には俺の隣にいる権利がある! お前だけが俺を信じてくれたではないか! そんなお前がいたから、俺は……!」

「でも……」


 どんなに熱く叫んでも、ゲルタは同行を迷うだけだった。

 彼女のような人間を貧しい村から救い出してやりたい。清らかな心にふさわしい人生を与えてやりたい。


「いいから俺に付いてこい! 必ず、し、しわ……幸せに、してやるから、頼む……。俺にはお前が必要だ。だから、何も考えずに、この俺と――」


 ゲルタは顔を上げて、感極まったかのような泣き顔でこちらに歩み寄った。

 よかった。一緒にきてくれるのだ。俺もそれを寄って、彼女の背中に腕を――回そうとしたところで、己の隣にある白い人影(・・・・)に気づいた。


「ユ、ユリウスッ?! なっなっなっ……何を見ている貴様ァァーッッ?!」

「やっと気づいたのか。……だって出るに出れないだろ、この状況。あ、それよりお前、なんか感じ変わったか?」


 そいつはユリウスだった。

 せっかくゲルタと抱き合えるチャンスだったというのに、最高の場面で邪魔をされた……。


「当たり前だっ、貴様のせいでこっちは死ぬほど苦労したんだぞっ!!」

「高飛車なところは変わってないな……。ん……?」


 今日までの苦労を思い返すと、俺は感無量に表情をしかめさせていた。

 やっと会えた、やっと見つけた、やっとこの時が来たのだと……!


「どれだけ……どれだけ……どれだけ貴様を捜したと思うっっ!! パンツの中まで砂にまみれ、泥だらけの靴とマントをまとって、雨の日も雪の日も、竹槍持った農民に追いかけまわされて本気で泣いた日も、どれだけ長い間、俺が貴様を捜し続けたと思うっっ!?」

「んなこと言われても……。うっ、いたた……」


 腰でもやっているのか、ユリウスは急に動きをぎこちなくさせて自分の腰をさすりだした。

 だがこっちはちょっと言ったくらいでは気が済まない。長かった……あまりに長かったのだ……!


「極めつけはあの迷いの砂漠だ!! 俺はあの沙漠で、本気で死ぬところだったのだぞっ、なんであんなところで暮らしているのだっ、ユリウス貴様ァッッ!!」

「……やっぱ、なんか感じ変わったな。それって、その子の影響か?」


 ユリウスに指を刺されて、ゲルタはぺこりと頭を下げた。

 そんなゲルタの姿を見ていると、この怒りとはまた異なる抗議の感情が、急激に萎んでゆくのを感じた。


 そうだ。ゲルタの影響だ。このみすぼらしい娘が俺を変えた。

 ゲルタが隣にいなければ、俺はまた堕落してしまうかもしれない。


「ユリウス!!」

「なんだ?」


「父上は貴様を侯爵に……だから俺は、形ばかりの地位ではなく、土地を、お前に……」


 何度も予習した誘い文句を、俺は途中で言葉にするのを止めた。

 俺がユリウスに言いたかった言葉は、こんなものではない……。


「ユリウス・カサエル侯爵な、その話なら知り合いから聞いた。だが仮にお前が俺をツワイク王にしてくれるって言っても、俺はツワイクになんか戻るつもりはないぞ」

「だろうな……。その返事は、もう最初からわかっていた……」


「おい……ならなんで俺を呼んだんだよ?」


 白く清潔なトーガをまとったユリウスは、もはやコウモリと蔑まれる宮廷魔術師ではなかった。

 最初は俺もユリウスを懐柔するためにこの接触をもくろんだ。


「俺はな、ユリウス……。この場所で、俺はシャンバラで活躍する貴様の話を聴いた……。敵対していた男が大活躍をしてゆく様に、激しい悔しさを覚える反面、同じツワイク人として、誇らしくもなった……」

「嘘だろ? お前が、俺に……?」


「対して俺はなんだ? 威張り散らすばかりで、将軍としては無能、父上からもついに見捨てられ、こうして追い出されたも同然の処遇だ……」


 ユリウスは薄気味悪そうに俺を見る。

 ツワイクでの愚かな俺を知っていれば、当然の反応だ。


「ユリウス……悪かった……。お前を軍から追い出したのは、間違いだった……」

「えっ、えええええーっっ?!! おま、お前アリッ、大丈夫かよっ、頭とか打ってないよな、お前っ!?」


「俺は、見栄だけの虚飾に包まれた空っぽの人間だった……。だがそんな俺も、村の下民どもと一緒にクワを振って、同じ暖炉を囲んで暮らして、ようやくわかった……。俺は人間のクズだった……」


 そうするとユリウスは驚くのを止めて、どこか困った様子でこちらを見た。

 ユリウス、お前は俺を変わったと言うが、お前もすっかり変わっただろう。


 俺はかつてのお前の、凝り固まったエリート根性が気に入らなかった。

 実力で今の地位まで這い上がってきた自分は、たまたま王家に生まれたお前とは違う。そういう目で以前のお前は俺を見ていた。


「けど、俺を連れて行かなきゃ、ツワイクには帰れないんだろ……?」

「これから失敗の報告に行く。貴様の居場所をつかんだんだ、成果は認めてくれるだろう……」


「なぁ、アリ……お前、誰? 偽者?」

「俺は俺だ。お前を軍から追い出して、まんまと敵の罠に落ちた愚か者のアリだ」


 ゲルタに目を向けると、そんなことはないと首を横に振ってくれた。

 彼女は俺の真実を知っても失望したりはしなかった。


「なんかそこまで反省されると、このまま手ぶらで返すのも悪い気がしてきたな……。そうだ」


 ユリウスはまるで子供に飴玉でもくれるかのように、エリクサーと名付けた奇妙なプニプニを俺にくれた。

 さらには王への手紙まで書いてくれて、俺の顔が立つように気を使ってくれた……。


「お前を許す。別人に変わり果てるくらいメチャクチャ反省しているようだから、王様も許してやってくれ。そう書いた、持って行けよ」

「いいのか……? 俺はお前を閑職に追い込んだんだぞ……」


「だがそうしてくれなきゃ、俺はシャンバラの嫁と出会えなかった。いや、ただ……」

「ただ?」


「その子は難しいんじゃないか?」


 彼がゲルタを指さして難しい顔をした。

 貧しい農民の娘を、王子の伴侶にするのはさすが無理があると。


「どうにかする」

「そうか。じゃ……」


「ああ」


 差し出された手のひらを握り返して、俺たちは別れを告げた。

 俺は今のユリウスの姿を一生忘れないだろう。


 ヤツは狐につままれたような不思議そうな表情で、こちらの手を握り返しながらもまだ少し戸惑っていた。

 俺はツワイク王家に悪霊のように根付いた妄執から解き放たれた。


「じゃあな」

「ああ、またどこかで会おう」


 ユリウスは不思議な男だ。

 一瞬目を離すと、あの転移魔法で幻のように姿を消していた。


「ゲルタ、一緒にツワイクへ行こう」

「本当に、私でいいんですか……?」


「……かまわん。父上が認めぬならば、俺もユリウスのようにツワイクを出奔してやる。あんな国、どちらにしろ先がないからな、ワハハハハッッ!!」

「でしたらそのときは、私が一生アリ王子の面倒を見ます。王子様、どうか私をツワイクに、連れて行って下さい……」


 心の底ではわかっていたのだ。父上が下民との関係を認めるはずがないと。

 それでも俺はツワイクに戻り、父上に許しを求める必要があった。


 そこは当然だろう!

 どうせ出奔するなら、自分の私財を売り払ってからの方がいいに決まってる!


 大切な女に、貧しい辺境暮らしなどさせられるか!

 俺は帰る! 帰るぞ、ユリウス! いつかまた、どこかでまた会おう!


 俺はツワイクで最も愚かな王子、アリアルフ・ツワイクだ!

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― 新着の感想 ―
素晴らしい話ですね。 あのバカ王子がまともになるとは・・・
[気になる点] ~俺もそれを寄って、 誤字か脱字があるとは思うのですが、濁音やキー配置によるタイプミスを考えてもどういうものか推測できず。 [一言] ~し、しわ……幸せに、 しあわせなのに、しわと言っ…
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