・第三部プロローグ 王子と錬金術師の邂逅 - 陰謀 -
・追放王子
ユリウスの説得は叶わなかったが、訳あって俺は祖国ツワイクへと帰った。
これはその際に、とある思わぬ筋から教えてもらった裏話だ。
我が名はアリアルフ・ツワイク。絹ではなく木綿の服を身にまとうこの姿からは、とても信じてはもらえないかも知れないが、これでもツワイク王国の元王子だ。
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俺が母国に送った情報は、瞬く間に宰相を介して国王へと届けられた。
「陛下、アリ殿下がついにやり遂げました。あのユリウスめは、エルフの国シャンバラに身を寄せているそうです」
「なんだと……? あれだけ探して見つからなかった男を、あのアリが見つけ出したというのか?」
「アリ殿下はユリウスを説得次第、こちらに戻ると言っています」
「シャンバラか……。だが、余の記憶が定かであれば、あの国には迷いの砂漠があったな?」
「お気づきになられましたか。ええそうです。ヒューマンがあの砂漠を越えるのは、不可能だと言われています」
だが父上も宰相も、俺がユリウスを説得して戻ってくるとは端から思っていなかった。
ユリウスと俺の軋轢を考えれば、当然のこのだろう。
アリ王子の口からはユリウスの説得など不可能。
その現実に気づいていなかったのは、愚かな俺だけだった。
「ならば望み薄か」
「みすみす内通を疑われたい者などいません。接触も説得も困難を極めるでしょう」
いやそれだけではない。
俺がもたらしたこの情報は別の、ツワイク王家には極めて重大な意味を持っていた。
「ですがアリ殿下は実によくやって下さいました。陛下、我が国の経済を浸食するあの闇ポーション――その出所の目星が、これでようやく付いたのではないですかな?」
「そうか、シャンバラか……。シャンバラのエルフどもが我がツワイクに、あんなダンピングまがいの値段で、ポーションを売り付けていたのだな……?」
俺はそんなつもりはなかった。
あの時はただ、俺は無能ではないと父上に成果を伝えたかった。
それがこんなことになるなんて、俺としては不本意だった……。
「そう断定してしまってもいいでしょう」
「ぬぅ……ならばシャンバラとの取引を禁止する法律を――」
「シャンバラだけ封じても意味がありません。ツワイクに入ってくる闇ポーションは、既に他国へと転売された物です」
「む……。ならばそなたの意見を聞こう」
「はっ、謹んで申し上げます。ユリウス・カサエルがこの世にいる限り、ツワイクは国外勢力に富を奪われ続けることになります。残念ながら、我々の工業力ではあの闇ポーションには敵いません」
ツワイクは迷宮産業にどっぷりと浸かっている。
もはや抜け出せない深みまで沈んでいる。
ポーション市場の独占を崩されたこの状況は、利権に染まった父上たちには今後の権勢にすら影響する大問題だった。
「うむ、あの値段で売れること自体が異常だ。厄介な男を敵に回してしまったものだ……」
「無能者を工場長にしたのが間違いでしたな」
「余に毒を吐くな」
「これは失礼を」
「腹案があるならば早く申せ」
「はっ、経済封鎖が意味をなさないならば――対シャンバラ、経済包囲網を敷いてはどうでしょうか。ここ一帯の市場から、やつらを閉め出すのですよ」
「包囲網か。うむ、確かにシャンバラとユリウスが手を組んだとなると、これは危険だ」
「同感です。彼の国は不況を乗り越えて、空前の大繁栄を迎えつつあるそうです。それも今となっては納得です。やつらは、我々から、寄生虫のように富を吸い上げていたのですよ」
「……あいわかった。宰相よ、対シャンバラ経済包囲網をそなたに任せる。必ずや、彼の国に格の違いを見せつけよ」
「はっ、お任せを。……シャンバラは砂漠に覆われた貿易依存の国ですからな、経済封鎖が広がればひとたまりもないでしょう」
俺のせいだった。俺が父上に報告を入れたから、シャンバラとツワイクの間で経済戦争が勃発した。
ある男はいずれ起きることだったから気にするなと言うが、引き金を引いたのはこの俺だ。
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祖国でそんな陰謀が動き出しているとは知らずに、その時の俺はついに念願叶ってユリウスとの接触が実現したことに舞い上がっていた。
『ユリウスに渡りを付けてくれと言っただろう!』
『そう簡単に言わないでくれ、アリ。ユリウス様は今やシャンバラのナンバー2だぞ、バザーオアシスに姿を現すのを待つしかないんだ』
『それはこの前も聞いた! どうか頼む、俺はヤツに会わなければならんのだっ!』
『わかったわかった。村のためにがんばってくれてるみたいだし、ユリウス様がいたら声をかけてみるよ』
シャンバラの隣国、その小さな村に身を寄せて、時折やってくるエルフの商人に何度も何度も頼み込んだ。
ヤツとの接触が実現したのは、この村に身を落ち着かせて数ヶ月が過ぎた後だった。
『違うな。このままでは帰りの路銀が足りないから、王子である俺が働いてやってるだけだ!』
『でしたらアリ王子。貴方には意外と、農民の才能があるようですよ』
『む、そ、そうか……?』
『少なくとも俺はそう思う』
俺はこの地で、村の下民どもと一緒に畑を耕して生活している。
この村の連中は人手が足りていないからと言って、俺に仕事を割り振ってくれた。
愚かな俺はそれに腹を立てた。
なぜ王子である俺が下民と同じ仕事をしなければならないと、文句を言いながらも働いた。
『お前だから言うが、それが妙な感覚なのだ……。ツワイクの王宮では、いつだって俺は苛立っていた。だが、畑を耕していると、つまらぬこと忘れて無心になれる……』
『だったら王子なんて辞めてしまったらいい』
『ふんっ、バカな冗談だな』
しかしいつしか俺は、ここでの生活が当たり前になっていった。
己が大国ツワイクの闇に飲まれた愚かな王子であったことに、少しずつ気づいていった。
長らくお待たせしてしまってすみません。
今日より2日に1回の更新で連載を再開します。
おかげさまで第三部完結までのプロットを準備できました。




