・第二部終幕 次元の狭間に消えた錬金術師
「よう、遅かったなバカ弟子、ちょっと手伝えや」
「なんで先にいるんですか」
歪みが見つかった。都から思ったよりも離れていたので手間取ったが、歪みの目前でこちらの世界に戻ってみると、エルフたちに混じって師匠が敵残党と戦っていた。
「ま、また生身で転移してきただとっ、なんなのだコイツらはっ!?」
「いやそれ、こっち側のセリフなんだが?」
「違いねぇ」
オークとゴブリンの混成を、アダマスにそっくりの外見を持った連中が操っていた。
数は3名で、アイツと同じく悪魔みたいな不気味な容姿をしている。
こいつらはエルフを狩りに、こちらへと遠征してきているんだったか。
そうなると侵略者というより、征服者や、奴隷商人の末端に近いのかもしれん。
「気を付けろよ、こいつら驚くほどタフだ」
「グラフによるとそうらしいな」
俺が短剣を構えると、やつらは後ずさった。
師匠を相手にしていたのなら当然の反応だ。攻撃魔法は師匠の方が得意だからな。
「こちらの世界には、こんな魔力の塊みたいな怪物がゴロゴロいるのか……?」
「ビビるなっ、勝てない相手じゃない! ――んなっ、ゲハァッッ?!!」
リーダー格を見分けて、ソイツの前に短距離転移して折れた短剣を突き出した。
心臓を貫くと紫の血液が飛び散ったが、奇妙なことにソイツは死ななかった。
「刺しておいてなんだが、投降しろ」
「出来るかそんなこと! 下等なヒューマ――グェェッッ?!」
リーダー格は翼を使って空に逃げたつもりだったが、こちらは転移で背中に回り込んで後ろから刺してやった。
逃げて、刺されて、逃げて、刺されてを繰り返すと、ようやく怪物も膝を突いた。
「か、怪物……」
「だからそれ、こっちのセリフだって」
「どっちもどっちだろ。……あらよっ」
残り2体と残党たちは、師匠お得意のサンダーストームで空に逃げることも許されずに丸焦げになった。
これでは俺がこなくても師匠の楽勝だっただろう。
「こ、降伏は、出来ない……」
「なんでだよ? 死ぬよかマシだろ」
「出来ない契約なんだよぉぉっ!! ……アッ、アアッ!? キ、キタッ、ア、アッ、ソンナッ、ア、アアアアアアアアッッ?!!」
リーダー格の男が突然苦しみだした。
最初は発狂したのかと哀れみかけたが、ソイツの仲間たちが悲鳴を上げて怯えだすところからして、何かがおかしい。
その理由はすぐにわかった。
リーダー格の男の肉体が、元から悪魔じみたそれがおぞましく肥大化してゆき、やがてオークを越える醜い巨体へと変わっていった。
「おい、テメェら、コイツの仲間だろっ!? なんなんだよ、これっ!?」
「そういう契約だって言ってただろっ! 敵に捕まりそうになったら、リーダーがああなる契約なんだよっ!」
「た、助けてくれ……ああなったら誰にも止められない……。俺たち、殺される……」
師匠と俺は目を向け合い、悪くない流れだとうなづいた。
こいつらはアダマスより話がわかりそうだ。それにどちらにしろ、リーンハイムにこんなものを野放しに出来ない。
「ちっ……こりゃ骨が折れるぜ」
悪魔の成れの果てに師匠が落雷魔法サンダーをぶち込んだ。
ひるんだだけで、まるで効いていない。
反撃の跳躍が師匠を狙ったが、ツワイクの魔術師に近接攻撃は効かない。師匠は転移魔法で世界の裏側に身を隠した。
「た、助けてくれ……」
「狙われ、あっ……」
エルフたちや証人を守るために、俺の方は近接戦闘を仕掛けた。
さすがに折れた短剣ではコイツとは戦えないので、グラフに怒られそうだがエルフの聖剣を使わせてもらった。
「どうする、そのまんまじゃらちが明かねぇぞ!」
「こっちは忙しいので、師匠がそれを考えて下さい」
反撃を入れながら、食らえば即死の攻撃をかわしまくった。
まるで重たい水でも斬っているかのようだ。
斬っても斬っても傷口がふさがって、まるでダメージになっている感じがしなかった。
だがコイツは不死の代償として知能を失ったようだ。
そうとなればこちらの転移先を予測することの出来ない獣ごときに、転移魔法を極めた俺を倒すことも不可能だった。
そうしてしばらく時間を稼でゆくと、ようやく師匠が答えを出してくれた。
「飛べ……。そいつを連れて、特異点の向こうに飛びやがれっ、バカ弟子っ!!」
「シンプルですが、ありですね」
師匠としては苦渋の決断だろう。
だがその判断は正しい。師匠の術すらまるで効かないのだから、これを殺す方法はどこにもありはしない。
だったらあちらの世界にコイツを返品してやるのも、反撃と防御が両立していて悪くない。
「ソイツは野放しにできねぇ、やれバカ弟子っ!! テメェならどこに飛ばされようと、必ずここに戻ってこれる力がある!! テメェは天才だっ、テメェだから俺は命じるぜ!! ソイツを歪みの向こうにブチ込んでやれ、ユリウスッ!!」
「了解です、師匠」
俺は聖剣の力で魔力をブーストすると、成れの果てに突っ込んだ。
ただちに師匠が爆裂魔法で敵の動きを止めると、あとはソイツに俺が触れて、いつものように別の存在を世界の裏側に引きずり込むだけだった。
世界の裏にきた。視界の正面には成れの果ての巨体と、全てを湾曲させる巨大な歪みがある。
その成れの果てに、俺はブーストしておいた純粋エネルギー魔法マジックブラストをぶち込んでやった。
結果は成功だ。歪みは成れの果てを飲み込み、俺までもをあちらの世界に引きずり込もうとしていた。
「シェラハ、メープル……ッ。ま、まずいな……クソ……ッ」
俺は歪みに飲み込まれまいと走った。
だがどんなに力を振り絞っても、少しずつ引っ張り込まれてしまっている。
こんな状態で元の世界に戻ろうとすれば、それこそどこに飛ばされてしまうかもわからなかった。
このままあえて飲み込まれて、向こうに殴り込みをかけるのも面白いと言えば面白い。
だがちょっと別行動しただけであれだけ寂しがる嫁たちを、この世界に置いていけるはずがない。
だから俺はアイツらの名を何度も叫んで、己を勇気付けてると――まあ、こんなこともあろうかと、用意しておいた例の物を取り出した。
これこそがシャンバラの滅亡の未来をひっくり返したキーアイテムだ。
計算通りに事が運ばなければ、俺は焼かれて死ぬことになるだろう。それでもやるしかない。
俺は全てを焼き尽くす炎メギドジェムを起動させて、ソイツを歪みの向こう側の世界にぶん投げた。
全てを湾曲させる大きな歪みの中で、恐ろしい炎が燃え上がり世界を真っ白に染めた。
だが成れの果ても、メギドジェムの天罰の炎も、向こう側とこちら側を繋げる何かが全てを飲み込んでくれた。
背中の向こうで全てが吹き飛ぶのを俺は走りながら見届けた。
それにより正体不明の引力が消えて、自由となった俺は憔悴に膝を突いた。
頭が回らなかったが、碁盤目状に光る足元を這いずって、師匠たちがいるであろう座標へと引き返す。
問題はここからだ。
あれだけ大きな現象が目の前で起きた以上、確実に元の時間軸に戻れるとは限らないだろう。
むしろ何も起きない方がおかしい。
「エルフの神よ、次元の狭間の神よ、どうか頼む……。どうか俺を、あいつらのいる世界に帰してくれ……」
時の迷子はあいつらを死ぬほど悲しませることになるので、それだけは絶対に困る。だから心より願った。
あいつらと同じ場所に、どうか俺を帰してくれと。
かくしてこの日、俺は転移魔法の本当の恐ろしさを我が身で知り、師匠の方は時と場合によっては、禁忌を破ることも必要であることを知った。
・
「……あれ、シェラハに、メープル?」
「あ、ああ……ユリウスッ、よかったっ!! あたしたち、ずっと待ってたのよっ、ずっとっ、ずっとっっ!!」
元の座標に戻ると、夕暮れが訪れていた。
俺の前にシェラハとメープルが飛び込んできて、いるはずのないグラフやマリウス、師匠が胸を撫で下ろしていた。
「痛っ、止めろ、何をするこらっ、痛っっ?!!」
「ユリウスのバカ……。置いて行かれる側の、身にもなれ……。本気で、世界が終わるかと、思った……」
「師匠、あれから何日が経ちました?」
「安心しとけ、たった1日と数時間だ。だがよくやったな、弟子。俺じゃ戻ってこれなかった。しかもこいつらにしこたま怒られてよ……。戻ってくれてよかった、生きた心地がしなかったぜ……」
「当たり前だっ、師弟なら師匠が身体を張る状況だったのに、貴方は俺の前から2度もユリウスを奪おうとしたんだ!」
「ほらこれだよ……。うちのバカ弟子なら必ず戻ってこれるって言っても、聞きやしねぇ! いでっ?!」
「おっと、矢が滑った」
「滑るかよっ、そんなもんっ!?」
師匠の判断が正しかった。師匠は悪くない。
そうフォローしたいところだったが、今はシェラハとメープルを慰めるのに精一杯だ。
涙を流して無事を喜んでくれるシェラハと、しがみついて離れないメープルの背中を撫でながら、俺は無事に同じ世界に戻ってこれたことに感謝した。
「グラフ、ちょっとだけお前の気持ちがわかったよ」
「そうだろうな」
「こっちが片付いたら一緒に帰ろう」
「ああ、心変わりはない。これからもシャンバラでよろしく頼む。……無事でよかったよ、本当に」
ここに残りたいなら残ってもいい。あのときそう言わなくてよかった。
俺たちは友情の握手を結び、同じ時空で生きられる喜びを噛みしめた。
「で、くだんの特異点は?」
「ここの地下の棺ごと潰れていたよ。けど、いったいどうやって潰したんだ?」
「怒られそうだからそこは秘密だ」
「何をやったのか、聞くのが怖いよ……」
こうして俺たちはリーンハイムでの滞在を終えて、あの美しいオアシスにたたずむ白亜の邸宅へと帰っていた。
所属する世界からこぼれ落ちて、異なる世界に飛ばされることは死とそう変わらない。
俺はこの世界、この時間軸でもう一度生きられることに感謝した。
・
ああ、やっと戻ってこれた……。
これでまた明日から、美しい嫁の水浴びをのぞき見できる。
マク湖のエロ神と言われようと、この習慣ばかりはどうしても止められる気がしない。
少なくともシェラハが止めない限りは。
それほどまでに湖水に舞う彼女の姿は美しく、それが同じ時間で生きられる喜びとして胸を熱くさせる。
この先、どんな世界に飛ばされようとも、必ずこの場所に戻ってこよう。
俺はユリウス・カサエル。美しい嫁と厄介な嫁を二人ほど持つ、シャンバラの錬金術師だ。
世間ではエルフの救世主、あるいはマク湖のエロ神とも呼ばれているが……。
実際、むっつりスケベなのだろう、俺たちは。
無事に帰ってこれたからこそ、今は特にシェラハとメープルが輝いて見えてしょうがなかった。
金と銀の真珠とは、アストライア女王も上手いことを言ってくれたものだ。
俺にとって2人は、宝石よりも美しい最高の宝物だった。
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