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・愚神の英知 - 遅延する世界 -

 未調理のジャガイモを手に取って、右から左へと投げては新しい物を拾って左に投げる。

 緩慢に動く世界で、慎重に投げては受け止めて、投げては受け止めるだけで、俺はジャグリングの天才になれた。


「すご……」

「まさかこの薬、手先を器用にする薬なのか……?」


 惜しいがそうじゃない。俺はまた首を左右に振って、ジャグリングを止めた。

 世界がスローなので考える時間は十分にあった。


「ユリウス……?」


 白銀のコインを取り出して、それを『裏、表、表、裏、表』の順に見せてから頭上高く爪弾いた。

 ゆっくりと回りながら飛翔するコインを、予言通りに掴んでは答えを差し出す。


 極めつけにコインを3枚同時にして飛ばして、全て表で揃えて見せると、彼女たちもやっと理解してくれたようだった。


「もしかして、器用になる薬じゃなくて……世界がゆっくりになる、薬……?」

「そ、そうなのかっ!?」

「それって凄いわ……。これがあれば、よくわからないけど、凄いことが出来そうなのはわかるわ!」


 やっと伝わってくれた。

 自分の思考だけが加速した世界で、相手の返事を待つのは非常にもどかしい感覚だった。


 時間が十分にありすぎるので、相手の発言が予測出来てしまう。

 文字盤でもあれば、相手の言いたい言葉を先読みして驚かことだって可能だろう。


「てか、それって、チート過ぎじゃ……」

「あ、ああ……。これは使える……! これがあれば、どんな軍勢も撃退出来るんじゃないかっ!?」


 同感だ。特に遠距離攻撃を得意とするエルフ族との相性も最高だ。

 ゆっくりと動く世界で、いくらでも慎重に照準を合わせて、ムダのない高速射撃が可能になるからだ。


 時間の感覚が狂うので計りようがないが、すぐそこのトイレにちょっと行って戻るくらいの時間が、ゆっくりとした夕食ほどの時間に間延びしていた。


「ふぅぅぅ……っ。やっと、効果が切れたか……。これ、すげーけど疲れるな……。グラフ、お前も試してみろよ」

「あ、ああ……」


 小皿に盛って差し出すと、グラフは戸惑った。

 時間が極限まで間延びするようになる薬なんて、あまり飲みたいものではないだろう。


「ごめん……。ユリウス、そういうの、気にしない人だから……」

「なんの話だ?」


 グラフが小皿を受け取り、おとなしくそれを口に運ぶのを見守ってから、横目でメープルに聞き返した。


「男女でお皿を使い回すことに、抵抗のない人……」

「ああ、孤児院じゃそれが普通だったからな」


「あ、マリウスちんに、同情……」

「そこでなんでアイツの名前なんだ」


 そうしていると、グラフが背中の短弓と矢を取った。

 何を撃つつもりなのかと様子を見れば、厨房の窓から庭に実ったオレンジを、驚愕の速射で次々と枝から落として見せてくれた。


「へー、外側から見るとこうなるのか。こりゃすげーな」


 グラフの世界ではゆっくりと慎重に撃ったものだ。

 それが非服用者の俺たちの世界からは、全弾必中の乱れ撃ちに変わっていた。


「イケルッッ!! コレナ――」


 ただ会話能力を失うのが難だ。早口過ぎてグラフが何を言っているのかわからなかった。


「クスクス……なにこれ、おもろ……♪」

「だからユリウス、一言も喋らなかったのね……」

「クソナンテコ――」


「プッ……面白い、面白すぎるよ、これ……アハハハハッ♪」

「失礼よ、メープル」


 グラフは意地になりやすいやつだ。

 その後も一生懸命、言葉を伝えようとしていたが、ニュアンスしか俺たちに伝わらなかった。


 しょうがない。見てられないので代弁してやるか……。


「この薬があれば、ムダの全くないモーションで次々と矢をつがえて、百発百中の射撃が可能だ。つまりこれは、アーチャーやボルト魔法使いを最強の固定砲台に変える薬だ」


 コクリコクリと機敏にグラフが首を縦に振るので、つい笑ってしまった。

 グラフには悪いが確かにこの薬、面白い……。


「ふっふふふっ……ごめんなさい、グラフさん♪ そんなに一生懸命、首を降らなくてもいいじゃない、ふっふふっ……あははははっ♪ お、おかしいわ……♪」


 限りなく機敏にこちらへと抗議してくるグラフは、まともに伝わらない早口もあってその後もシェラハを大爆笑へと追い込んだのだった。


 愚者の英知はその後、不満そうなグラフが超効率でポーション瓶に詰めるのを手伝ってくれた。

 こうして木箱に詰めたそれを会議室に運び、薬効を説明して師匠に前線への運び屋役を頼むと、後はひたすら愚者の英知の量産を行うだけだった。


 どんな愚か者も天才に変える薬。愚者の英知。

 ふとレシピ帳に目を落とすと、ページの反対側に手書きの挿し絵と、そんな文面が書き足されてゆくのを見てしまった。


 けったいな本だ。だが今は助かった。

 もう一つの世界でグラフが守れなかった命を、全てを守り抜くこともこれならば決して不可能ではない。


【宣伝】

明日から新連載

【レベル0の元傭兵、生命創造職ホムンクルスマスターに覚醒するも、経験値総取りの仕様により超絶レベリングモードに入ってしまう。~え、団長を刺した俺に最強傭兵団からの報復? こちらも最強を揃えて迎え撃たせてもらう~】を始めます。(長い)


ラグンロクオンラインのマーチャントのカートアタックと、アルケミストのホムンクルス自動狩りが着想点の、レベル0始める効率レベリングを軸とした物語です。

妹ヒロインのリリウムは、性格は異なりますが、本作のメープルに似た味付けのかわいい女の子になっています。


楽しい一作になりましたので、どうか明日から応援して下さい。宣伝失礼しました。

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