・愚神の英知 - 女王陛下の月光草 -
水に魔力をかけて、十分な量のポーションを投入すると、触媒の純銀を入れた。
十分に安定したところで、女王が大切にしてた月光草の根を12束加える。
「なんだ……?」
「いや別に。綺麗な花だな……」
グラフの頭には澄んだ月光のように白い花が刺さっていた。
そんな姿を見てると、白百合のグライオフェンという通り名に今さら納得がいく。
一緒に行ったシェラハには渡さず、グラフの髪にだけ大切な花を刺したのは女王からの愛情の証だろう。
「こんなに綺麗な花なのに、根から引っこ抜いちゃうなんて……陛下に申し訳ないよ……」
ここに残りたかったら残ってもいいからな。
そうグラフに言おうかと迷ったが、今はそういう状況ではないので止めた。
……言われて嬉しい言葉でもないだろう。
「あ、甘い匂い、してきた……」
「お、美味しそうね……」
「お前らはどうして食い気が先なんだ……。シェラハ、メープル、仕上げるぞ、手伝ってくれ」
シェラハとメープルが厨房備え付けのかき混ぜ棒に手をかけて魔力をかけると、それにグラフも加わってくれた。
「ボクをのけ者にするな」
「悪い、次はお前の名前も呼ぶよ」
俺たちは最後の魔力を流し込んで、正体不明のアイテム『愚者の英知』を完成させた。
まばゆい光と一緒に、ふんわりと月光草の甘い匂いが広がって、釜の底に薄めた乳のように白く濁った液体が生まれていた。
「なんか、ますます美味しそう……。スンスン……」
「ダメよメープル、髪の毛が入っちゃうでしょ。スーハァスーハァ……」
「ユリウス、少し舐めていいか……?」
「いいわけねーだろ……」
3人揃って釜に顔を突っ込んでいるのを順番に引っ張り上げて、俺はおたまで小皿へと液体を運んだ。
「ユリウス、ずるい……!」
「自分だけ先に飲もうなんて見損なったぞ!」
「バカ言ってんじゃねーよ……。お前らで人体実験出来るわけねーだろ……」
そういうことで、俺はその果汁のように甘い薬を喉の奥へと流し込んだ。
「あ、そうね……。もしかしたら毒薬かもしれないものね……」
このタイミングでそういうことを言うな、むせかけただろう……。
幸いこれは猛毒ではなかった。
しかし『愚者の英知』という仰々しいその名の通り、なんの意味があるのやら理解しかねる薬効を持っていた。
身体が変だった。腕を上げようとしても上がらず、頸を曲げようとしても思うように動かなかった。
いや違う。正確には身体の動きが急激に鈍り、ゆっくりとしか動かなくなっていた。
「どしたの、ユリウス……?」
「おい、大丈夫なんだろうな……?」
だがすぐにそれも間違いだとわかった。
緩慢になっていたのは俺の動きだけではなく、世界全てだったのだ。
メープルとグラフの声が極限まで引き延ばされ、少女らしからぬ野太さになったことに、俺はゆっくりとしか動いてくれない顔で笑っていた。
「ユリウスッ、しっかりして、ユリウス!」
こんな状態ではまともに喋れそうもないので、俺は遅延する世界で首を左右に振る。
最初は混乱するばかりだったが、ようやくこの状態に慣れてきたので、俺は『愚者の英知』の神髄を披露することにした。




