・日常回 シャンバラでの甘い生活 1/2
リーンハイムへの転移を行ったのが昼前。ゴタゴタの果てに女王アストライア様の説得に成功したのが昼過ぎ。
個室で打ち合わせをして、シャンバラへの伝令内容が決まったのが夕方前。
アストライア様は泊っていけと、まるで寂しい老婆のようにしつこかったが、本気で貞操の危険を感じていた俺はそれを丁重に断って、世界の裏側へと潜った。
そしてほんの少しでも早くシェラハとメープルの笑顔が見たくて、強行軍でシャンバラへの転移を成功させた頃には真夜中だ。
真夜中の砂漠は凍えるほどに冷たく、砂の大地が月光を受けて青白く幻想的に輝いていた。
もしも俺たちの仮説が間違っていて、俺たち全員が過去の世界へと転移していたとしたら、俺はこれから俺の眠るベッドを目撃するだろう。
2階で眠るシェラハとメープルはこの世界の俺のもので、俺は世界から孤立した不要な異物と化す。
それがグラフが直面した苦痛だと思うと、もっとアイツにやさしくしておけばよかったと今更になって思った。
グラフは全てを失った。
師匠が俺にマジギレするように、転移の代償はとてつもなく大きい。
意を決して再び亜空間を開くと、俺は自分の家の寝室へと飛んだ。
「なっ……?!」
幸い、ベッドに俺の姿はなかった。
だが上で眠っているはずのシェラハとメープルが、なぜか俺のベッドでやすらかな寝息を立てていた。
ここで寝ていれば、真夜中に俺が戻ってきてもすぐに会える。そう考えてくれたのだろうか。
そうだとしたら、急いで帰ってきたかいがあって口元がついつい緩んでしまっていた。
けど起こすのは可哀想だ。
そこで俺は居間へと短距離転移すると、毛布を身体に巻き付けて暖炉に火を放った。
「よかった……」
同じ世界に帰ってこれてよかった。
あるいは逆に、未来から別の俺が迷い込んでくる可能性も、まあないこともなさそうだ。
報告は明日の朝にしよう。
凍えるような寒さの中、暖炉の炎がゆらめくさまを見つめていると、いつのまにか意識が途絶えていた。
・
翌朝、早起きするはずが目を覚ますと隣で姉妹が眠りこけていた。
どうやら俺を見つけたものの、気を使って起こさないでいてくれたようだ。
ちょっとシャンバラを離れただけなのに、こうやって寂しがってくれるこいつらを非常に好ましいと感じた。
とはいえ都市長への報告は急務だ。立ち上がった。
「あっ……おはようっ、ユリウス! メープルッ、起きたわよっ!」
「お、おぉ……。おはよ、帰ってもノックすらしない、恥ずかしがりの、旦那さんだ……」
「安眠の邪魔ほど、人に嫌われる行為もないだろ。ただいま」
姉妹に背中を向けると、トーガのすそを2人に引っ張られた。
「待って、その格好のままはダメだよ」
「うん、過去最高級に、汗臭い……」
「そうか? 言われてみれば、まあ……って、無言で旦那をはぐなっ!?」
シャンバラのいいところは、汗をかいてもすぐに乾いてくれるところだ。
匂いに敏感な嫁たちは鼻をスンスンと鳴らしながら、旦那の首元に鼻を近付け、さも当然とトーガをひっぺ返そうとしていた。
誤解を招く言い方になるかもしれないが、これでは男女が逆だろう……。
「ええじゃないか、ええじゃないか、ほーれ、ほーれ……」
「あ、あたし目をつぶってるからっ、おとなしく脱ぎなさいよ……っ」
いや、薄目を開けた状態で言われてもな……。
俺は姉妹をトーガからはがして、パンツと黒ローブを抱えてオアシスに移動した。
今日も爽やかないい天気だ。
冷たい湖水で汗ばんだ肌を流すと、帰ってきた実感がわいた。
・
都市長への報告を済ませると、俺は日常に戻った。
シェラハとメープルと何気ない会話が出来る幸せを喜びながら、交易品であるポーションと、補給物資であるエリクサーとスタミナポーションを量産した。
それを昼過ぎまで続けると、素材を使い切る形で今日の業務が終わりになった。
いや、ところが予定外が起きた。
俺は変わらない日常に戻るつもりだったのだが、現在は事態が大幅に動き出している。
もっと具体的に言えば、向こうへの援軍の話だった。
「遠征軍の指揮官……?」
「ええそうよ。ここでユリウスの手伝いをするより、もっとグラフさんの助けになると思うの」
「グラフ? いつの間にお前まで名前を略すようになったんだ」
「だってこっちの方が呼びやすいんだもの」
誰に推薦されたかは明言しなかったが、シェラハが遠征隊の指揮官に抜擢されてしまった。
俺と一緒に行動していただけあって、今回の事情にシェラハも詳しい。
もっと一緒にいたい俺個人のわがままを抜きにすれば、適切と言っていい配役だった。
今回含む4話、文字数が乱高下します。
いつも感想、誤字脱字報告ありがとうございます。




