・女王に捧げた剣 2/2
「こちらこそ助かった。花瓶を落としてくれてありがとう」
「へっ……? えっ、ええっ!?」
元の場所に転移で戻ると、俺に邪険な方のグライオフェンも侍女と同じく転移魔法の連発に驚いていた。
「喜べ、グラフ。未来は変えられるみたいだぞ」
「ユリウス……人前でその力を連発するな、説明が面倒になるだろう……」
「な、なんなんだ君はっ!?」
「似たようなセリフをこの前同じ顔から聞いたな。俺は元々はツワイクの魔術師なんだ」
「ほぅ、あの奇妙な連中の1人か。これは白百合の未来予知よりも、そなたの異質さの方に目がいってしまうのぅ……。ふむふむ、魔力の高さからして、ただ者ではない思っていたが、ほ、ほぉぉ……♪」
さっきから女王陛下はしきりに手招きをしてくるのだが、近付くわけにもいかない。
近付いても俺になんのメリットもないからな。恐らくあれは、巨大なジョロウグモみたいなものだ。
「もしかして、今のだけでは押しが弱いか?」
「うむ、わらわは信じた。こんなもの見せられては信じる他にない。だが決定的な証拠がなければ、軍を大きく動かすのは難しいのだよ、坊や」
「そんな……そんな生半可な迎撃で、倒せる軍勢じゃないのに……」
グラフはこの女王と民を守りたい一心で今日までムチャをしてきた。
なのに十分に信じてもらえないのは心外なのだろう。
シャンバラの軍勢をこちらに援軍として呼ぶにも、女王の全面的な協力が必要だった。でなければただの国境侵犯だ。
ところが何を考えたのか、グラフはグライオフェンの矢筒から矢を一本盗み取った。
「な、なんのつもりだっ!? お、おいっ!?」
「だったら決めたぞっ、そこで見ていろ、過去のボクッ! いいか、ボクはもう君じゃないっ! だからこうしてやるんだっ!」
矢じりを自分の喉に向けて、彼女は俺の足元にひざまずいた。
そう、それは騎士の誓いにどこか似ていた。
女王アイオライアから笑顔が消えた。
主従の誓いを交わした彼女たちからすれば、それは裏切りだった。捧げた剣を取り返すも同然の行為だった。
「ボクはもう過去のボクじゃない。ボクは……ボクは変わってしまった……。陛下、ボクは貴女への忠誠を返上して、この身をユリウス・カサエルに捧げます!」
「いや、女王陛下は信じてくれるって言ってるだろ……。やってることがムチャクチャだぞ、お前……」
「ムチャクチャなのはいつだって君の方だ!」
「あ、ああ、そりゃ、そうなんだが……」
だからって、なぜそうなる……?
「だってそうじゃないか! 君が信じてくれなかったら、君たちの助けがなかったらボクはここには戻ってこれなかった! この恩義を君に返すために、ボクは戦士としての忠誠を君に捧げる!!」
「しょ、正気か……? なんで、こんな男に、このボクが……」
毛嫌いしているヒューマンに自分が忠誠を誓う姿に、グライオフェンは動揺に後ずさった。
しかもそれはよりにもよって、大好きな女王陛下の前だ。
ああ、えらい展開に巻き込まれた……。
「ボクだって……出来ることなら、女王陛下とずっと一緒にいたい……。だけど、ボクはこの世界のボクではないんだ。その役割はボクではなく、この世界のボクが担うべきなんだ……。陛下、軍を動かして下さい! ボクは本当にっ、本当に殺戮に泣き叫ぶ民の声を聞いたんです!! 信じてくれないなら、この場でこの男の靴を舐めてっ、貴女の大切な白百合を汚したっていい!!」
信じてもらうためにそこまでするか? グラフはなんて情熱的なやつなんだろう……。
女王が自分を愛していることを逆手に取って、自分を人質にして話を飲ませるなんて、やっぱコイツは真面目なようで面白いやつだ。
熱くなると何をしでかすかわからない。そこに親近感を覚えた。
また別の面からみれば、それだけ自分がこの世界に属していないことに、グラフは大きなショックを受けていたのだろう。
帰属するもの全てを失ったと。
確かに女王の寵愛を受けるのは、本物の白百合のグライオフェンだけで十分だろう。
こちらの世界のグライオフェンからすれば、シャンバラのグラフはお邪魔虫でしかなかった。
「止めてくれ、それは、そればかりはわらわも堪えられぬ……。ああ、わらわが大切に育んだ白百合が、ヒューマンに、寝取られるだなんて……はぁっ、ふぅっ……つ、つらいのじゃ……」
「女王陛下っ、お気を確かに! なんてことするんだ、ボクッ!」
女王アストライアは精神に大ダメージを受けていた。
「寝取った記憶がないんだが……」
「ふんっ……。どっちにしろ、ボクには行くところがない。これからも君たちと同行させてくれ」
「いいぞ。ここまでされて、忠誠はいらないなんて言えないだろ。それは俺とお前は、とうに仲間だ」
「ぅ、ぅぅ、ぅぅぅぅ……。はっ、もしやこれが、これが寝取られ……? お、ぉぉ……こ、この感覚は……これはこれで、新しい刺激じゃぁぁ……」
「へ、陛下っ! なぜ笑っておられるのですっ!? 陛下、正気に戻られて下さい、女王陛下っっ?!」
なんか、悪いことしたな……。
女王アストライアは薄気味悪い笑みを浮かべながら、なぜか気持ちよさそうにピクピクしていた……。
その先に知ってはいけない世界があるように気がして、目をそむけた。
さて、以降はグダグダを極めたので、ここはあえて話を割愛しよう。
とにかくやけくそになった女王は、やけくそになったグラフの願いを全面的に受け入れてくれた。
では報告役の俺はシャンバラに帰るとしよう。女王にそう伝えると、何やら執拗に引き留められた。
・
「凄まじき魔力の持ち主よ。わらわの白百合を寝取り、新たな性癖の扉を開きおった稀人よ。しばしわらわの寝所で休んでいかないか?」
「すみません。勘弁して下さい、すみません、悪いとは思っていますからどうか許して下さい……」
「わらわはな、わらわは考えたのじゃよ……。男に女を寝取られたのなら……ならっ、その男をこっちが寝取り返せばこちらの総取りであろっ!?」
「あの、生まれてたった21年の若造には、ちょっとよくわからない話でね……。それに陛下には、隣に本物の白百合がいるじゃないですか……?」
「うむ、そこなのじゃよ……。考えてもみよ、せっかく白百合が2人に増えたのに、なんで両方わらわの物にならぬのじゃ!? おかしいじゃろそんなのっ!?」
「知りませんよ、そんなの……」
いつかそなたごと寝取り返してやる。
なんてメチャクチャなことを言われたが、まあ聞かなかったことにして俺は転移魔法でシャンバラへと帰還した。
こうして転移装置による実験は、時間軸の狂いという予定外こそあったが無事に成功した。
これによりただちに援軍がシャンバラよりリーンハイムへと運ばれて、万全の迎撃態勢が築かれていった。




