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・捻じれたのは俺たちか、あるいは世界そのものか? 2/2

「そんな目で見んなよ、グライオフェンちゃんよ?」

「誰だ、ボクの知り合いにお前みたいな汚いオヤジはいない」


「ハハハハッ、なかなか言うじゃねぇか! 心折れる前はそういう性格だったんだな……」

「知ったような口を聞くな! おい、そこのボクの偽者! なんなんだ、コイツらはっ!?」


 そう問い詰められても、グラフはまだ混乱しているようだ。

 余計なことを言って場を混乱させる師匠の代わりに、俺が話をまとめる必要に迫られた。


「俺の名はユリウス。そっちの無礼な男は元上司のアルヴィンス。俺たちは見ての通りツワイク人だが、今はヘッドハンティングされてシャンバラに所属している」

「ん……キミはまだ話が通じそうだな。それで、祖国を裏切ったヒューマンが、なぜボクそっくりのやつと同行してる?」


「こんがらがって訳が分からない気持ちは俺たちもわかる。俺たちだって訳が分からない。だが――そこにいるアンタと同じ顔をした女は、アンタだ。偽者ではない、同じ存在だ」


 白百合のグライオフェンはグラフの前にひざまずき、思い悩む自分自身と見つめあった。

 自分自身が挫折している姿なんて、あまり気持ちのいいものではないだろう。


 とはいえ心根のやさしい彼女はその情けない姿を責めたりはしなかった。

 そこは俺だってわかる。時系列が異なろうと、グラフはグラフだ。コイツはいつだって気高く高潔なのだ。


「やれやれ、参ったな……これは本当にボクじゃないか……。おい、何があったか知らないがしっかりしろ、君はボクだろう」

「フッ……自分に慰められる日がくるなんて、思わなかったな……。女王陛下は……?」


「謁見の間で民の陳情を受けている頃だ」

「そうか……。そういえばそうだったな……」


 グラフはもう一人の自分に手を引かれて立ち上がった。

 彼女にとってはさぞ悲劇だろう。知らぬうちに自分自身が、別世界に迷い込んだ異邦人となっていたのだから。


「君が本当にボクなら、ボクの秘密を知っているな? 言ってみろ」

「女王陛下を敬愛している……」


「そんなの国民なら誰だって知っている!」

「だったら、君は女王陛下に、臣下以上の気持ちを、持――」


「そ、それは止めろっ!!」


 そのやり取りを師匠がニタニタと面白そうに眺めていた。趣味が悪い。


「9歳の頃まで、おねしょが治らなかった」

「うっ?!」


「13のとき男の子とケンカして、腕力で負けたのが悔しくて軍に入った。そして初めて陛下とお会いしたあの日――」


 いいところで本人がグラフの口をふさいでしまった。

 全て事実のようだ。驚くグライオフェンの姿が証明していた。


「どうやら本当にボクらしいな……。だが、なぜ……」


 グラフが答えないので代わりに俺が説明することにした。

 グラフの身に起きたことは夢ではない。近い将来に起きる事実だ。この地には性急な迎撃準備が必要だ。


「聞いてくれ。近いうちにこの国はモンスターの大軍に強襲される」

「強襲? モンスターごときが城までたどり着けるはずがないぞ」


「シャンバラがモンスターの軍勢に襲われたことは聞いたか? いや、知らないか……。知っていたらあのとき驚いていないな。とにかくその軍勢は、国境を無視して政府の中枢に現れるんだ」

「そんなメチャクチャな軍があるか! キノコみたいに生えてくる軍勢なんて、聞いたことないぞ!」


 俺たちも同感だ。だがあの棺を掘り当てた今となっては論理的な理屈が通る。

 敵も俺たちと同じ棺を持っていて、既に使いこなしている可能性がある。


 そう考えれば、ゾーナ・カーナ邸に現れた理由にも説明が付く。

 俺たちが狙われたのではなく、たまたまあの地が棺の眠る出口だったのだ。


「本当だよ……。この城は陥落寸前まで追い込まれ、ボクは、女王陛下に……。陛下にお別れの言葉を伝えられて、この世界のシャンバラに、飛ばされたんだ……」

「え……。女王陛下がボクに、お別れの言葉を……?」


「悲しそうだった……ボクを死なせたくないと、そう言っていた……。だから信じてくれ、グライオフェン、今なら間に合うんだっっ!! 城壁の外の民が、ボクらに助けを求める声が、今だって頭からこびり付いて離れない!! 町が蹂躙されているのを知りながら、ボクたちはここに立て籠もることしか出来なかったっ! もう二度とあれを繰り返してたまるものかっっ!!」


 今なら歴史を変えられる。悲惨な結末を迎えた王都を救える。

 グラフはその事実に気づくと、ついに自分を取り戻して力強く迫った。


「わかった、ボクは信じよう。まずは急ぎ、国境の軍をこちらに戻さないとな……」

「ふぅ……。なんか見ててヒヤヒヤしたぜ」


「勘違いするな、ヒューマンと慣れ合うとは一言も言っていない」

「お、おい……その男は確かに無礼なやつだが、一応ボクの恩人だぞ……」


 こっちのグライオフェンは、ヒューマンと仲良くする自分にまだ戸惑っているようだ。

 後はこっちの政府中枢と話を付けるだけか。当初の予定どころじゃない展開になってしまったが、悪い流れではない。


「俺の方は別にいい、邪険なグラフには慣れているからな。それより問題は、どうこの国を説得するかだな……」


 惨劇を未然に防ぐために、原因の究明と防備の充実を実現しなければならない。

 そうなるとこの荒唐無稽な現実を、この国の支配者に信じさせる必要がある。


 だが起きてもいないことを説明するのは、難しいどころか不可能だ。

 間違いなく嘘を疑われることになるだろう。


「あー……女王陛下と会うのは俺も楽しみだったんだが、そういうのはクソ面倒だ……。うし、後任せたぜ、バカ弟子」

「いや、仮にもツワイクの宮廷魔術師の長だった男が、どの口でそういうこと言うんですか……。どう考えたって、これは俺より師匠向けの仕事でしょう……」


「だからこそだ。じゃあな、説得がんばれよ」


 この状況でバックレてどこに行くつもりなのだろうか、この男は……。

 野放しにして大丈夫だろうかと、仮にも己の師匠ではあるが不安になった。


「あの汚いオヤジには見張りを付けよう。それに陛下はああいう、汚いオヤジがあまり好きではない」

「ああ、態度も最悪だ。恩はあるが……連れて行かない方がいい」


 汚いオヤジはさすがに言い過ぎではないか……?

 師匠は振り返らずに背中に監視役のエルフを付けて、バルコニーから消えていった。汚いオヤジと言われて、ノーダメージという様子でもなさそうだった。


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