・螺旋より来たりし者
転移先は暗闇の世界だった。
一瞬、世界の外側に落ちてしまったのかと背筋が凝ったがどうも違う。
白い光が生まれて、グラフと師匠の顔がそこに現れた。
「はっ、ゾッとしねぇな。おらユリウスッ、テメェも明かりを灯せ!」
グラフのライトボールはずいぶんと暗かった。
だが師匠も同様にライトボールを生み出すと、光源が弱いのではなく、この場所が広すぎるのだと気づくことになった。
そこでいくつかのライトボールを周囲に飛ばしてみると、ようやくこの場所の正体が見えてきた。
足元には石畳が敷かれている。
壁もまた石材で覆われ、天井も石で覆われていた。
「どこだ、ここ……」
「嬢ちゃんが知らないなら、俺たちが知るわけねぇな」
「だが土の中よりはマシだ。足元に砂袋があるということは、転移装置のログ通りの場所に飛んだはずだ」
元から転送先がリーンハイムではなかったという可能性もあるが、口に出して仲間を不安にする必要はない。
辺りには重い天井を抱えるように、無数の石柱が立ち並んでいる。
耳を澄ますと、ピチャピチャと水の滴り落ちる音が聞こえた。
管理されていないのか、ところどころが深く苔むしている。
シャンバラの乾燥に慣れきっていた俺には、むせかえるような湿気が息苦しかった。
「水が落ちてくるってことは地下だな」
「そういえばシャンバラのあの棺も地下に隠されていましたね」
「見てくれ、あれ、扉じゃないかっ!?」
エルフは目がいいな。俺たちは飛び出してゆくグラフの背を追って、施錠された扉を内側から開けた。
外からは入れないようになっていたようだ。
「待てグラフッ、そんなに急ぐと滑るぞ!」
「おう、もしかしたら上は占領されてるかもしれねぇぞ。俺は巻き添えはごめんだぜ」
グラフは言葉を詰まらせて、扉の先にあった螺旋階段を駆け上がるのを止めて、堪えるように鞘へと手をかけた。
かなりテンパっている。注意して見てやらないとどうなるかわからない。
螺旋階段をしばらく上ってゆくと、新たな疑問が俺たちの前に浮上した。
「しかしここはどこなんだ……?」
「深ぇな……。まだ上が見えねぇぞ……?」
階段は壁から張り出すように建築されたもので、中央は空洞になっていた。
そこには手すりも柵もなく、下を見下ろすとヒュンッと身のすくむ恐ろしさがある。
「なぁ、俺らとんでもねぇもんに手ぇ出しちまったんじゃねぇか……?」
「そうですね。けど他になかったんだから、しょうがないじゃないですか」
「この階段、天国に続いてたりしてな……」
「そんなわけないでしょう。だったらさっきまで俺たちがいた場所は地獄か何かですか?」
「止めろ、そういう話……っ。不安になるだろ……」
大きめのライトボールを作って上に飛ばしてみるのもよかったが、敵がいたらそれだけで気づかれてしまう。
螺旋の終わりに至るまで進むしかなかった。
・
長い螺旋階段が終わると、そこに開かずの扉が現れていた。
扉の形をしているがノブがなく、かといって魔力に反応するような仕組みもない。
どうやって向こう側に抜けたものやら、俺たちは立ち往生した。
「クソッ、階段のどこかに、これを開ける仕掛けがあったのかもな」
「まさかここまで来て引き返すのか……っ!?」
「ここを作ったやつは、さぞ性格の悪い野郎だったんでしょうね……」
俺と師匠は扉を前にして互いの様子をうかがいあった。
俺ならグラフを連れて向こうに転移する。だが師匠はそれを許さないだろう。
「バカなこと考えんじゃねーぞ、バカ弟子」
「ならどうするんですか? グラフを得体の知れない場所に残すよりいいと思いますけど」
「そういう問題じゃねーよ!」
「ちょっと待て、この状況でなんでケンカを始めるんだっ!?」
「コイツがバカ弟子だからだっ!!」
「ちょっとくらいいいじゃないですか」
「よくねーよっ!!」
「なら……」
扉に手を当てて魔力をかけると、師匠も同じように力を増幅させた。
驚いたのはグラフだ。何がどうなってそうなるのか、理解が追い付かなかっただろう。
「吹っ飛ばすしかねぇな」
「そうしましょう」
「ちょ、ちょっと待てっ、なんでそうなるんだっ!? 止めろっ、敵がいるかもしれな――」
俺と師匠は扉を爆裂属性の魔法で吹っ飛ばして、そこをガレキの山に変えた。
・
「子弟そろって君たちは非常識だっっ!!」
「いや、それよりも正面を見ろ」
「こりゃ、やっちまったかもな、ハハハハッ!!」
扉の向こうは別世界だった。
陰鬱な地下世界からは想像もつかない、緑のビロウドの絨毯が敷き詰められた優雅で高貴な世界がそこにあった。




