・二代目ユリウス像建立事件 2/2
・二代目ユリウス像建立事件 2/2
朝はそんなことがあった。
ところがその日の昼過ぎ、すっかり超絶人気スポットになったユリウス記念公園でまったりしていると、私にとある依頼が飛び込んできた。
「うん……そういうことなら、喜んで……」
「おお、受けて下さいますかっ、カサエル婦人!」
「もち……ユリウス像なら、私に任せて?」
やわらかな草の上ででくつろいでいたら、マク湖オアシスの長老補佐とばったり出会って、彼がこの公園みたいなユリウスの像が欲しいと言いだした。
「ユリウス様はマク湖の救世主ですからな! 我々が離散した家族ともう一度あそこで暮らせるのも、すべてユリウス様たちのおかげです」
「じゃ、5mくらいのやつでいい……?」
「5m!? い、いえ、いくらなんでもそれは、大きすぎるのでは……」
「オアシスのランドマークになるよ……? 観光客、わちゃわちゃ、くるかも……」
補佐さんの顔付きが変わった。
一度ぶっ潰れたマク湖には、もっともっと多くの収入がいるんだと思う。
「わちゃわちゃですか……?」
「うん……ユリウス像を一目見ようと、シャンバラ中の民が、マク湖にわちゃわちゃ……」
「それは――悪くありませんね。いえ、ユリウスさんの業績を考えれば、かなり期待出来るような気がしてきました……」
「じゃ作ろ……今から作ろ? 大丈夫、都市長からコンクル分けてもらうから、必要なのは、人手だけ……」
「それは助かります! では人手はこちらで!」
そういうことになったので、私は補佐さんを連れて市長邸に戻った。
都市長に話すと、楽しそうに私の思い付きに笑ってくれた。
「なるほど、彼の彫像ですか。マク湖のために彼がしてくれたことを考えれば、あってしかるべきでしょう」
「じゃ……」
「はい、必要なだけお持ち下さい。期待していますよ、メープル」
「うん、任せて……。出来るだけ、面白くする……」
こうして私は荷馬車を駆って、マク湖を目指した。
到着すると人手を集めるよう補佐さんにお願いして、それまで長老のところでゆっくりした。
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「婆ちゃん、それじゃ一仕事してくる……。また、遊びに来るね……」
「待ってるよ、メープル。みんなのために、がんばっておいで」
「うん……」
婆ちゃんの家を出て、現場であるマク湖の水辺に向かった。
するともう、砂とコンクルと水瓶の手配が済んでいた。
「でっかいの作るんだってな、手伝うぜ! かっこいいよなぁ、あのオーク像」
「あれは、ユリウス像です……」
集まってくれた人々の中には、仕事上がりの冒険者の姿もあった。
面白そうだから手伝うって、言ってくれた。
「みんな、今日は集まってくれてありがとう……。突貫工事で、今日中にざっくり、やっちゃお……」
1日で5mの像を建てようとする私に驚く人もいた。
だけどコンクルには、それを実現する超スペックがある。混ぜて、こねて、みんなで5m級の泥遊びをするだけ。
「ユリウス様はいくら感謝したってしたりないよ」
「ユリウス様の像が建ったら、私たちも嬉しいわ!」
「もし観光客が来てくれたら、うちの店も潤うだろうし……悪くないな」
欲望も込みでユリウスは大人気だった。
創作意欲が私の中で、ふつふつと燃え上がるのを感じた……。
「それじゃ、これが、ユリウス像2号の、ミニチュア版……。みんなには、これを参考に、作ってもらいます……」
ちょっとだけ斬新なのでみんな固まった。
「これ以外は、認めません。これがユリウスの、真実の姿……フォーム2です……」
「い、いや、ちょっと待ってくれ夫人……。こ、これ、問題ないか……?」
「ありません。フォーム1では、ユリウスの虚栄心を、抽象化しました……。ですが、今回は写実的に、ユリウスの……獣欲を、表現してみました……」
「じゅ、獣欲って……。シャンバラの救世主って、こういうお人だったのか……?」
「うん」
断言して、私たちはユリウスフォーム2の建立に入った……。
コンクルの速乾性と30名を超える人手もあって、像は夕方前に完成していた。
エルフ、驚異の技術力だった……。
そういうわけで後は像を直立させるだけ。
素晴らしい出来映えなので、ユリウスと姉さんを呼ぶようにお願いした。
「あの……カサエル夫人……?」
「なに……?」
「これ、本人に怒られませんか……? 素晴らしい仕上がりではありますが……」
「大丈夫……。ユリウスは、私にだだ甘だから……」
そこからまた時間が経って、夕方前になった。
気温が落ち着いて、空が琥珀色に輝いてきた頃、ユリウスと姉さんが彫像の前に立つことになった。
サプライズなので荷馬車に押し込んで、絶対に外を見させないよう細かく御者さんにお願いをしておいた。
ユリウスと姉さんは見た。ユリウス2号と――姉さん1号の有志を。
「な……何……何よこれ……っ、ちょっとメープルッ!?」
「むふ……」
「ハハハハハ……こうきたか。お前は嫌がらせをさせたら、天下一の奸雄だな……」
「嫌がらせじゃないよ……? これが、ユリウスの真実の姿……」
「ただののぞき魔じゃねーかよっ!!」
ユリウス2号は写実的な仕上がりになった。
写実的過ぎて、本人が発狂するくらい、残酷なほどに写実的だった……。
それはユリウスが木陰に身を隠し、マク湖オアシスの中で水を浴びる姉さんをのぞく姿を彫刻として掘り出した、シャンバラで最も美しい世界遺産だった……。
西に傾いた夕方の空を背負って、白亜の裸の姉さん(5m)がマク湖の中で水浴びをしている。
美しい……。これこそ、男たちのスケベ心のたまものだった……。
「俺たちもつい熱が入っちまったぜ……。特に、シェラハゾ婦人の豊かなボディを作るのは最高だった!」
「ぅ、ぅぅ……もうっ、勝手に人の彫像作らないでよっ! というより……なんであたしだけ裸なのっ!?」
姉さんは天高くそびえる自分の裸体にモジモジ身を揺すりながら、内股になって胸を隠していた……。
「後世に残すべきかと思って……」
「いや意味わからん……。これ、撤去しちゃダメか……?」
「そ、それはダメよ……。メープルが、がんばって作ったのよ……うっ、ぅぅ……」
姉さんはやっぱり私を許してくれた。
ああ、誇らしい……。姉さんの美しい姿を5m大の巨神サイズで世に示せたことに、私は深い感動と達成感を覚えていた……。
「ごめんね……。大好きな姉さんと、ユリウスを、形にしたかった……」
「い、いいわ……。許すわ……」
「いやいくらなんでも妹に甘すぎだろ、お前……」
2人はこう言うけれど、恥ずかしいのは当事者だけで、彫刻としての仕上がりはため息ものだ。
水浴びをする女神に、男が魅了されることなんて、神話ではそんなに珍しくもない。
これは、男が女に夢中になる純真を描いた芸術だ……。
そしてそれこそが、ユリウス像フォーム2の神髄だった。
「ユリウス、俺らアンタのことをさ、すかしたタコ野郎だと誤解してたぜ。わかる……わかるぜ、わかるわ、俺ら……」
「いやわかってねーから。わかった口で肩叩くなよっ、これは違うんだってっ!?」
こうしてマク湖に数世紀に渡って残るランドマークが生まれた。
いずれ偉大なるユリウスとその妻シェラハゾの巨大像を一目見ようと、シャンバラ中の善良な紳士淑女が、このマク湖へと巡礼に現れるようになる……。
「はぁ、ありがたいねぇ、ありがたいねぇ……」
「ユリウス様って、意外とかわいいところがあるのね……」
ユリウスはマク湖の民からすれば既に崇拝の対象だ。
ただのスケベ男に両手を組んで長い祈りを捧げる人たちもいた。
夕焼け空を背に水を浴びる姉さんと、それをのぞくユリウスは美しく、どっちも超立派なむっつりスケベだった……。
はぁ……良い……。
大好きなものを伝えたい。それこそが創作の原動力で、忘れてはいけない初心だと、私は今日のことを胸に刻んだ。
……あきれ果ててため息を吐くユリウスと、ユリウスを意識してお尻を揺する姉さんの姿も一緒に。
マク湖の皆さん、これが私の大好きな二人です……。




