・アリ王子編 ユリウスを追って三千里 1/2
長かった……。
下民どもと同じまずい飯を食らい、ダニのいる硬いベッドで夜を明かし、貴族を換金アイテムとしか思っていない頭のおかしい連中に追いかけ回される苦節の日々に、ようやく終わりが訪れようとしている。
ついに俺はユリウスの足取りを掴んだ。
「おうそうそう、黒ローブの若い男だったよ。今思うと変な話だよなぁ……馬も持ってないのに次から次へと馬車駅に現れて、相場の5割増しで早馬を予約していったんだからなぁ」
間違いない、ユリウスだ……。
こんな非常識な転移魔法の使い方をするやつが、他にいてたまるか。
「確認に聞くが、馬に乗ったのはどんなやつだった?」
「髪の長い美人さんだったよ。髪は黒で、まあ一見は男に見えるがあれは女だ。尻を見ればわかる。いい尻だった」
やつは誰かの移動をサポートしたようだ。
「その女、若いやつを連れていなかったか?」
「おおそうそう、尻に夢中で忘れてたわ。確かにいたぜ、青くせぇ尻のお子様がよ」
「くっ……。尻はどうでもいい……」
「そこはどうでもよくねぇだろ、兄ちゃん!?」
「どうでもいいのだっ! それよりその早馬はどっちに行った!?」
「なんだよ、女の尻に興味ねぇとか兄ちゃん、まさかそっち系かぁ?」
「お、俺に下品な物言いをするなぁぁっっ!!」
馬車駅のバカどもの品のなさには困り果てたが、これは好機だ。
この早馬の足取りをだどってゆけば、やつの居所を掴める。
ついに尻尾を出したな、ユリウス! 謝罪してやるから首を洗って待っていろ!
俺は馬車駅から馬車駅へと、ヤツの行き先を追って渡り歩いていった。
クククッ……うかつだったな、ユリウス。これでは後にたどってくれと言っているようなものだ。
長い苦渋の生活が終わり、再び王宮に戻るチャンスが俺の前にやってきていた。
ところが町から町へと愛馬を歩ませてゆくと、さっきまで晴れていたのにシトシトと小雨が降ってきた。
それはいつまでも止まずにうっとうしく肌へと張り付いて、マントの隙間から服へと染み込んでいった。
「くっ……なんで俺が雨の中を進まなければならない……」
だが、だがこのチャンスを逃がしたくない……。
俺は起死回生の手がかりを求めて、パンツに雨が染み込もうと、それに体温を奪われて震えようとも進むしかなかった。
「……しかし。う、うむ……しかしどうやって、ヤツを説得すればいいのだ……?」
ユリウスを足取りを掴むなり、長らく避けてきた問題が目の前に突きつけられていた。
俺たちの関係は最悪だ。
今となってはこちらはユリウスを憎むどころではないので、譲歩は別にやぶさかでもないのだが……。
「アイツが、俺の要求を聞くか……? あり得ん。ならどうしたらいい……?」
だが国に、王宮に戻れるなら俺はなんだってする。
自分を偽ってでも、ユリウスを必ず説得しなくては……。
やつは人一倍、出世欲の強い男だった。
だったら地位を約束すべきだろう。嘘でもいいから領土を与えると言って、交渉の席に立たせよう。
「くっ……」
だがそれを確実に実現するには、誠意ある謝罪が必要だ……。
俺は馬にまたがりながら、小雨の降りしきる中、ああでもないこうでもないと謝罪の言葉を探していった。
「すまなかったユリウス、俺を許せ。……むぅ、何か違う」
ロバを連れた商人が隣を通りすがり、俺を不審そうに一瞥して去っていった。
「俺が間違っていた。特別に許してくれていいぞ。……ダメだ、なぜ俺はいちいち上から目線になるのだ!?」
これは王宮に帰るためだ……。
王宮にさえ戻れば、それまでの恥は帳消しと思ったっていい。
とにかくだ、ユリウスを引き連れて王宮に戻らなければ何もかもが始まらない!
「ああ、ユリウス、こんなところで奇遇だな。昔は色々とあったが過去のことは水に流そう。おっと、ところでユリウス、実は父上が――いや、これも違う……」
俺は馬上の上で、頭を抱えて悩みに悩み抜いた。
謝罪なんてこれまで、王侯貴族のごくごく一部にしかしたことがない……。
家庭教師たちは、俺に謝り方など教えなかった……。
「申し訳ありませんでしたユリウスさん、どうか私と一緒にツワイクに戻ってくれませんか!! お、おおっ、こ、これだ! よし……」
俺に媚びへつらう取り巻きどもがやっていたあれを、そのまま演じればいいのか……!
この際、俺の本音などどうでもいい。
今はプライドをかなぐり捨てて、引き替えに俺は王宮へと戻るのだ!
そうこうしていると雨が上がって、爽やかな日差しが緑の大地を照らしだした。
少し進めばそこが次の馬車駅だった。
「もし。黒ローブの怪しい若者が数日前にこなかったか? 早馬を羽振りのいい価格で借りていったはずだ、隠すとためにならんぞっ、すぐに吐けっ!」
俺は馬車駅の下民にユリウスの進路を聞き出して、さらに先へ先へと馬を進めていった。
投稿が遅くなりました。今書きました。
そしてすみません。しばらく1話あたりの投稿量が減ります。
1ヶ月に1作、新作をリリースしたい作者の都合です。ご容赦下さい!




