・シャンバラ式の休日の過ごし方 - 砂糖菓子 -
「故郷にはこんな店なかった……」
喫茶店に入ると、誰よりもグライオフェンがウキウキと笑顔を浮かべ始めるのが意外だった。
茶と一緒に注文の大きなドーナッツがやってくると、目を輝かせて舞い上がっていた。
そのドーナッツは甘くした小麦粉を油で揚げたもので、さらにその上に粉砂糖を乗せた強烈な一品だ。
女性陣につられて口へと運んでみると、まあわかってた。確かにこれは美味いが、顎が外れそうなほどに甘かった……。
「シャンバラは砂ばかりだけど、世界中の食べ物が集まるのよ。だからおかげでお砂糖も安いの」
「なんていいところなんだ……」
「いや、甘過ぎないか……」
「うーうん。ちょうどいい……」
女性というのは匂いに敏感だったり、甘さに強かったり、男とは若干味覚が違うのかもしれない。
俺の方は茶を飲みながらチビチビとドーナッツをかじっているのに、彼女たちは大きな口を開けてバクバクとほおばっていた。
まあ、みんな幸せそうだからいいか……。
「あ、砂糖付いてるよ……」
「おっと、悪いな。……ンガッ?!」
「ペロリ……」
「ッッ……?!」
生温かくてザラリとした感触が、唇のすぐ隣の肌をこそぎ取った。
一度ならず、入念に3ペロもだ……。
「あの、メープルさん……。大胆なのはいいのですが、ユリウスが固まってしまいましたよ……?」
「だけど、そこがユリウスの、いいところ……。あてっ♪」
これ以上恥じらったらメープルの性癖にドストライクに突き刺さるだけだ。
俺は平静を取り繕い、いつものようにおでこを小突いた。
あ、頭から……ヌルッとしてザラッとした感触が消えない。鳥肌が、引っ込まない……。
「あ……姉さんの口にも、粉砂糖付いてる……」
「ひっ……?! あ、あたしにはしちゃダメよっ!?」
うろたえるということは、前にやられたことがあるんだろうな……。
そこは同情であり、共感だ。シェラハの顔をうかがうと、確かに唇の横に白い粉砂糖が付いていた。
「ユリウス……舐めたげて?」
「ぇ……っ?!」
「あ、あああ、アホ抜かせ……っ! 店に迷惑だろっ、この色ボケがっ!」
シェラハは粉砂糖を拭わなかった。
その後、いくら経っても粉砂糖を付けっぱなしにして、俺と視線がぶつかるとそっぽを向いてモジモジした。
いや、そんな誘われても無理なものは無理だぞ……。
人前でそんなことが出来る勇気があったら、俺たちもうやることやってるだろ……っ。
本当にすまない。その期待にはとても応えられない……。
・
食い過ぎだろ……。
誰がいくつ食ったのやら定かではないが、お会計によると締めてドーナッツ17個が胃袋に消えていたことが判明した。
俺は1つしか食っていないので、1人当たり大きいのを4つ食べたことになる。
今日はコイツら、晩飯いらないかもな……。
「あ、私たち寄り道するから、2人とも、先に帰ってて……」
「そ、そうなの、ちょっと寄るところがあるのよっ」
ともかく店を出ると、姉妹が急におかしなことを言い出した。
「なんだそのわざとらしい急用は……」
「じゃあね……」
「あたしたちもう行くわね。それじゃ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、シェラハゾさんっ!? そんなの困りますっ、ああっ……!?」
シェラハとメープルがラクダに飛び乗り、俺とグライオフェンは歓楽街の外れに取り残された。
俺とあっけに取られて、さてこれからどうしたものかと互いの様子をうかがった。
「なんとなくあいつらの腹はわかるが、いきなりこういう状況を作られても参るな」
「ボクたちのやり取りがぎこちないから、無理矢理きっかけを作ろうとしてくれたのかもね。……いいよ、ボクは1人でも帰れるから君だけ先に帰ったらいい」
「それは無理だな。砂漠に慣れていないやつをここに残せるわけないだろ」
「意外と真面目なんだな……」
「意外とは余計だろ。ほら、こっちこい、こんなところに突っ立ってたらのぼせちまうぞ」
「あ、ああ……」
喫茶店を出て、小さな出店で水を買ってイスに腰掛けた。
「まだ夕方まで時間があるな」
「そうなのか……?」
「シャンバラは山がないからな、昼間がやたら長いんだ。……ということで、近くの迷宮に寄ってから帰ろう」
「……へっ!?」
「腹ごなしにペアで潜ろう。迷宮に行きたかったんだろ?」
「ふ、2人で!? 前衛は!?」
「それは俺がやる。ほら行くぞ」
直接手を取るのは失礼かと思い、水を飲み干すと彼女の服を引っ張った。
突然のことでうろたえているようだな。
「ちょ、ちょっと……何言っているのかわからないぞ!? 君は錬金術師で魔術師だろっ!?」
「行けばわかる。ちょっと運動するだけだから付き合え」
「え、えぇぇーっ!?」
彼女をラクダに乗せて、抱き込むように俺が後ろに乗った。
ちょっとセクハラっぽいが、こっちの方が操縦しやすい。
「君っ、本気で行くつもりなのかっ!?」
「ああ。もう見えてきたぞ」
「ち、近っ?!」
迷宮の見張り番に、ペアで潜りたいと言うと冗長なやり取りがいくらか続いた。
だが俺は話を押し通し、グライオフェンを引っ張って迷宮へと突入した。
「早速出てきたぞ。俺が狙う相手にはサインを刻むから、お前はそれ以外を狙撃してくれ」
「どこまで非常識なんだ……。えっ?!!」
サインを刻んで、転移して、狩って、その3拍子を繰り返した。
そうやって一緒に戦ってみてわかった。グライオフェンは強い。
麗しいその外見に騙されてしまったが、彼女は戦闘経験に富んだ歴戦の戦士だった。
次々とモンスターの急所に矢が突き刺さり、オークタイプを一撃で即死させる技量に驚かされた。
かくして俺たちは迷宮をペアで大躍進して、幸運にも地下5階のボスモンスターから目当てのレインボークォーツを入手していた。
それは鋭い三角錐をした水晶で、その名の通り角度によって色彩を変える不思議な石だった。
だがガラスよりも脆いので、宝飾品としてはあまり利用されないようだ。
それが小さな布袋1つ分も手に入った。
「これで勝算が高まったな」
「はぁっはぁっはぁっ……。き、君という人は、な、なんて、非常識な戦い方をするんだ……ッッ!!」
「そうか?」
「なんで不思議そうな顔をするっ!! あ、あんな魔法の使い方があるかっ! なんなんだ君はっ!!」
「俺は昔からこうなんだ。それよか、感謝の言葉とかはないのか?」
「あ……っ」
昨日もそうだったが、コイツはどこか不器用なところがあるみたいだ。
急に下を向いて、しどろもどろと小声で何やらつぶやき出すと、それからだいぶたってから顔を上げる。
「あ……あり、うっ……。あの、その、ボク……。か、感謝……あ……ありがとう……」
「どういたしまして。さ、いい運動になったところで帰るとしよう」
「お、男の人は……実はボク、苦手で……」
「それは見ればわかる」
迷宮から引き返し、今度は自分が手綱を引きたいというのでラクダを彼女に任せて、美人姉妹の待つ家に俺たちは戻った。
夕飯のいい匂いがした。
今日の夕飯は、どうやらツワイク名物パンプキンシチューみたいだ。
「いい匂いだ……ああ、お腹空いた……」
「お前ら、あれだけ食ったのによく夕飯が腹に入るな……」
玄関を開けるとメープルが胸に飛び込んできて、シェラハのやさしい笑顔がキッチンから現れた。
俺はそれに幸せを感じたが、グライオフェンは残してきた同胞を思い出してしまったらしい。
その背中を叩いて励ますと、高潔な彼女は『君には頼らない』と言いたそうに調子を取り戻して、それから――
「キッチンに立つあの姿……なんてかいがいしく、美しいんだ……」
「ああ、同感だ」
2人――いや、メープルも含めて3人一緒にシェラハの姿に鼻の下を伸ばした。




