・一方ツワイク王国では――
俺が姉妹との新生活に浮かれていた頃、ツワイク本国のポーション工場では、ヘンリー工場長が真っ白に青ざめていた。
彼は書類とメモ書きとにらみ合い、どう逆立ちしたってどうにもならないこの状況に、心身ともに疲れ果てていたそうだ。
「無理だ……どうやっても来月のノルマに届かん……。それもこれも、くっ……」
ツワイクの工場からオーブが2つ消えた。
つまりラインが2つ稼働停止状態に追い込まれたということであり、工場の稼働率に深刻な悪影響を与えていた。
「盗難されたと今から報告するか……? いやだが、それでは管理責任を問われてしまう……。産業スパイの潜入を許したなど、もし国王陛下の耳に届けば、私は……」
案の定、下手人はユリウス・カサエルであると決め付けられていた。
あの日、工場の機密資料が大量に消え、ヘンリー工場長はそれを上に報告出来ずにいた。
「ユリウスゥゥ……ッ、無能のくせにっ、この私に逆らいおってっ! 働かせてやっていた恩を……仇で返すなどっ! クソックソックソッ、クソッたれがっっ!!」
それは俺を庇っての行動ではなく、ただの自己保身だった。
このままノルマを達成しなければ、王宮に呼び出されて査問を受けることになる。彼は今の地位を失うことになる。
「あの要領の悪い頑固者が、まさか外部の者と手を組むなど――はっ!?」
そこで彼は思い付いた。
絶対にやってはならない愚策であったが、彼の目には大した問題には映らなかったのかもしれない。
「ポーションを薄め……いや、工程を1割縮めればいいではないか! 質は落ちるが、使うのは冒険者どもだっ、何も問題ない!」
とにかく今は約束のノルマを果たさないといけない。
彼は新しい紙に筆を滑らせて、工程の短縮命令を書き記した。
「失礼します!」
ところが工場長室にノックが響いた。それは彼の秘書だった。
「工場長、先ほど王宮からこれが……」
「な……っ。む、むぅぅ、どうにも嫌な予感がする……。すまんが、自分で開く勇気が出ない……私の代わりに読んでくれ……」
「はっ! ……これは、ううーん……どうやら、増産の命令書のようですね」
「な、なん、だと……」
工場長は再び青ざめた。
ただでさえ生産効率が落ちているのに、増産など出来るわけがない。
おまけにユリウスに押し付けていたポーションの仕込み作業に根を上げて、文句を言い出す錬金術師が増えているのにだ。
「な、なぜ、なぜこの状況で注文が増えるのだ……!? 国は戦争でも起こすつもりかっ!?」
違う。それは粗悪品を作らせたからだ。
己の命がかかっているのだから、冒険者たちはポーションの劣化を理解しながらも、数を購入するしかなかったからだ。
「工場長……やはり真実を上に伝えるべきなのでは……?」
「今さらそんなことをしたらっ、私の首が飛んでしまうわっ!」
「ですが、無理ですよ……。1割も増やせと上は言ってきていますよ……?」
「工程を2割削減すればいい……。休み無しで錬金術師どもを働かせれば、どうにかなるはずだ!」
もはやメチャクチャだ……。
質を下げれば下げるほど、独占事業であるため消費が増える。その負のサイクルに終わりはない。
秘書を下がらせて、工場長は震えながらウィスキーを注いで、それを一気にあおった。
「は、はぁっ、はぁぁっ……ま、まあいい……。需要が増えるのは、いいことだ……」
己に思い聞かせるように、彼は独り言を次々と漏らす。
誰かがもしこれを聞いていたら、醜態をあざ笑ったことだろう。
「我が国以外に、ポーションを工業的に生産出来る国はない。だからこれは、いいことだ、いいことなのだ……!」
遙か彼方の砂漠の国で、まさか他国によるポーション製造の工業化が試みられているとは、彼はまだ知るよしもなかった。
粗悪化してゆくツワイク産ポーションの前に、交易路を介して他国のポーションが大量に流れて来たら、冒険者がどちらを選ぶかなど考えるまでもない。
・
そのまた一方、王宮では――
「ユリウスが機密を持って国外逃亡か……」
工場長が必死でしいた箝口令もむなしく、裏ルートを介してアリ第三王子へと秘密が漏れていた。
彼は補佐官からの報告を受けるなり、顔の半分をひきつらせて喜びに笑ったそうだ。
「気になるところではあるが、消えてくれて助かった……。どこの勢力かは知らないが、今は不届き者に感謝だ。ハハハハ……よかった」
彼は安堵すると、その日の景気付けにポーションとワインを割った。
それをグビッと飲み干すと、彼の顔色が変わった。
「ん……こんなものだったか?」
「そのことなのですが、冒険者たちの噂では、ポーションの質が少しずつ落ちていると」
「ふむ……まあ、そんなものは気のせいだろう」
それが粗悪品だとは、傷を負っていないアリにはわからなかった。
実際に迷宮で傷を負う、冒険者たちだけがポーションの粗悪化に気づきだしていたが、ツワイク上層部は全くその意味を理解してなどいなかった。
・
翌朝、俺と姉妹はベッドと暖炉から起き出すと、スラム街が拡大するシャンバラの未来のために、ポーションの試作に入った。
その試作ポーションが、世にもとてつもない爆風を引き起こすとは、まだ知らずに――
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