・シャンバラ式の休日の過ごし方 - 可憐だ -
同胞の救援のために国中が一丸となっている中、空気を読まずに俺たちは休暇を取った。
遠征帰りの俺には一日をゆっくりと過ごす権利がある。
そんなわけで明日は休みと決めて、昨晩は早めの床に付いた。
「あ、おはよ」
「お、おはよう……お、起きるのが遅かったから、ただあなたを見ていただけよ……っ」
最近は水鳥のやかましい声の他に、小鳥の小さなさえずりが聞こえるようになっていた。
それはバザーオアシスと行政区の間に、万緑の大地を生み出した影響なのだろう。
「ユリウス、寝ぼけてる……?」
「ここ、俺の部屋じゃないな……」
「寝ぼけてるわね……。下のベッドをグライオフェンに貸すって言ったの、ユリウスじゃない」
そうだった。落ち着いて彼女が眠れるようにそうしたのだった。
だから一足先にベッドのど真ん中で寝させてもらって、羞恥心と同時にフラグをへし折ったのが昨晩だ。
左を振り向くとメープルの真っ直ぐな凝視が、右を向くと慌てて顔を背けるシェラハの姿があった。
どちらもあの無防備な寝間着姿だ。首から下はとても直視出来ない。
「スケベ心をたぎらせて、私たちを待っているかと、思ったのに……。爆睡は予想外……」
「そうよ、こっちは緊張して損しちゃったわ……っ。ついに……って、思ったのに……」
「遠征帰りで疲れていたみたいだ。それに、お客様がいるのに変なことをするのはまずいだろ」
左右をはさまれているので、俺は掛け布団に潜って足の方から外に出た。
清々しい朝だ。バルコニーから彼方を眺めると、砂漠のど真ん中に広大な緑がそびえているのだから、絶景というか達成感があるというか、もっとあれを巨大にしたいなという野心が働いた。
「ん……あれ、なんで俺、上、裸なんだ……?」
「キャァッッ?!!」
不思議に思って振り返ると、シェラハが驚いて掛け布団で顔を隠した。
メープルの方が何か知っているって顔だな……。絶対コイツが犯人だ。
「うん、私がやった……」
「そりゃ、シェラハはこんなことしねぇよな」
「え、でも……姉さん、意外と喜んで――ムグゥッ」
「ち、違うわよっ。もうっ、メープルったらいい加減なことばかり言わないで……!」
「ぷは……。理不尽……姉さん、鼻息荒くしてたくせに……」
「し、ししっ、してないもんっ!!」
可哀想だからもうそのへんにしてやれ……。
俺はメープルへと否定するように手を振って、肌着を探し出して身に付けると続けてその上に白のトーガをまとった。
階段を一段一段鳴らして居間に下りる。
部屋の扉が開いていたので自分のベッドを確認すると、グライオフェンの姿が家のどこにもなかった。
ならば外だろう。窓辺に寄って外を見回すと、案の定そこに彼女の姿があった。
「姉さん、大変……。ユリウスが、他の女に、うつつを抜かしてる……」
「人聞きの悪いことを言うな」
同じものを見せようと、着替えを済ませたシェラハに手招きをした。
ちなみにメープルは既に俺の隣だ。
潜伏魔法ハイドを家族に使うなと言っているのに、覗き見が趣味のコイツは聞く耳すら持たなかった。
「彼女、昨日もあそこでああしてたわ……。休んだ方がいいって言ったのに聞かないの」
どこで調達したやら、グライオフェンはヤシの木に板を吊して、それを的にして弓の練習をしていた。
見事な命中精度だ。見たところ的を外したのは一発だけで、それ以外は全て的の中心を射抜いている。
「なんか、いっぱいいっぱいのオーラ、感じる……。声、かけよっか……」
「そうね。……もう、ユリウス一緒に来るのよっ」
「いや、俺もか……? アイツ、俺のこと苦手だろ」
するとメープルが背伸びをして、小悪魔の唇を耳元に寄せてきた。
「来ないと、あのこと、姉さんに言う……」
「ど、どのことだよっ!?」
「フフ……。それは今朝、姉さんの姿を見た、ユリウスが……」
「えっ、わ、私っ!?」
「言うな」
俺は転移術でメープルの背後に飛ぶと、口を塞いで家の外へと引きずり出した。
シェラハは聞きそびれてとても残念そうにしていたが、知られるわけにはいかない。黙っていろと、メープルにジェスチャーで念押ししてから解放した。
「よう、飯にしないか?」
「あ……おはよう。もしかしてコレ、うるさかったか……?」
「別に平気よ。ユリウスなんて熟睡だったもの」
「あのね、姉さん、ユリウスが大好き……。ずっと、ユリウスの顔、見てた……。あっ……?!」
ところ構わず爆弾に火を付ける困った嫁を、俺は両手で担ぎ上げて背を向けた。
それは20を越えても赤面をしてしまう自分の姿をごまかすためでもあった。
「ここは平和だな……。君たちが羨ましいよ……」
「そんなに焦らないで。きっとみんながどうにかしてくれるわ」
グライオフェンは弓の撃ち過ぎで指の豆が破けていたらしい。
シェラハが手当をしている間、俺とメープルで朝食を作って食卓を囲んだ。
おっさんが辛気くさく焦る姿はただただうっとうしいが、焦るグライオフェンの姿には憂いがあって、元の美しさもあって目を奪われた。
・
「ごちそうさま。君たちのやさしさには感謝したりないけど、そろそろボクは行くよ」
「あら、どこに?」
「冒険者ギルドに決まってる。ボクも素材の調達に加わってくる。今日は宿を取るからボクのことは気にしないでくれ」
「手、怪我してるのに……? グラちん、出てくなんて、冷たい……」
そこは俺たちに気を使っているのだろう。
俺たち夫婦の仲が良ければ良いほどに、居づらくなってしまうのは当たり前だ。
「こんなの怪我のうちに入らないよ」
「けどお前、転移から目覚めてから1日も休んでないんだろ?」
実は当てずっぽうだ。だがコイツの性格からしてそうに違いない。
グライオフェンは城壁の外周を50周回れと主君に言われたら、血反吐を吐こうと命令を果たすタイプだ。
「当然だ、休めるわけがないだろ」
「けどいっぱいいっぱいに見えるぞ。それじゃ肝心なときに動けなくなるだろ」
「うん……。がんばりすぎても、続かない……」
「そうよ。今日は私たちと一緒に休みましょ?」
俺のメープルの言葉にはまるで従おうとしなかったのに、シェラハが言うと彼女が迷い始めた。
さらにシェラハが傷ついたその手を取ると、ビクリと震えた。
「アレ、どう思う……?」
「どうって……よっぽどシェラハのことが気に入ったんだな」
「えー……」
「えーってなんだよ。この話、わざわざコソコソするような内容なのか……?」
「姉さん、取られても知らないよ……?」
「……意味がわからん」
俺としては、シェラハが一目置かれているようで気分がいい。
ところがこれは説得失敗のようだ。グライオフェンがシェラハに背を向けた。
「やっぱりボク行きます……。貴女に誘ってもらえたのは光栄ですが、仲間を1人でも助けたいんです……」
「そうか。んじゃ、俺も付き合うわ」
「えっ!?」
「ちょ、ちょっとユリウスッ!」
「それはない……。今日のお休みを、ずっと楽しみにしてたのに、それはないよ……」
「そうよ……。今日は一緒に買い物に行きたかったのに……」
迷宮攻略も楽しい休暇の使い方だと思ったのだが、シェラハが嫌々をするように子供っぽくすね始めた。
「可憐だ……」
「うん、わかる……。姉さんは、可憐だ……」
「お前ら何朝っぱら寝言言ってんだ……」
確かに可憐ではあるが、彼女たちからは崇拝の域の何かを感じた。
そうか、こいつらちょっと同性の似てるんだな……。
「ねぇ、どうしても行くの―……?」
「いや……そういう態度されると、かなり迷うな……」
さあどうすると白百合ことグライオフェンに視線を送ると、彼女はついに折れたのかため息を吐いた。
「わかりました、今日は休みます……。ボクは家で留守番をしているので、ご夫婦で楽しまれてきて下さい」
「それはそれで他人行儀だろう。俺たちと一緒に行かないか?」
「いえ、邪魔なのはわかってますから……」
「邪魔なんかじゃないわ。一緒に行きましょ、グライオフェン」
「へへ、決まりだね……」
まあこういう休日もあるだろう。
俺たちは一度家に戻ると、簡単な準備をしてから客人と共に町へと出た。




