・大いなる遺産 1/2
さらにもう少し調査を進めてゆくと、そこにメープルが軽いその身を駆けさせてやってきた。
一緒に暮らして知ったが、メープルは見た名以上に軽い。
「ユリウス、その顔……どうしたの……?」
「なんでもない。それよりどうかしたか?」
「あ、そだった。ニーアがお手柄。裏庭の方で、地下室、見つけてくれた……」
「庭に地下室……? いかにも怪しいな……」
グライオフェンは俺たちのやり取りに沈黙を守って、こちらに気を使ったのか俺たちをおいて先に歩き出した。
メープルと俺はその背中を追ってゆく。
「来てくれて助かった……」
「あ、そうそう……。あのね、あのね、ユリウス……あのね……」
何か秘密で話したいことがあるのか、メープルがしきりにこちらの手を引っ張ってくる。
あまりにしつこいので足を止めて身をかがませると、彼女は背伸びをして俺の口元に唇を寄せた。
マントの前を開くにはまだ寒いだろうに、視線の下には健康的な小麦色の肌が無防備にさらけ出されていた。
「どうだった……?」
「どうって、なんの話だ?」
「だから……ユリウスと、グラちんが、一緒になるように、イカサマしてみた件……?」
「……は?」
コイツ今、なんて言った……?
イカサマ……? アイツと俺が一緒になるように、イカサマしたって言ったか……?
「どうなったか、教えて……」
「どうもこうもねーよ、お前なんてことしやがんだ……。最高に気まずかったに決まってんだろっ!」
「フフ……」
「フフじゃねーよ。アイツもアイツで困り果ててたぞ……」
「だって、ユリウスなら、グラちん、たぶらかせるかと思ったから……」
「お前は俺のことをなんだと思ってるんだよっ。せめて仲のいいシェラハと組ませてやれよ、あんなにナーバスになってるんだからよ」
そう答えると、メープルは何が面白いのかまたクスリクスリと笑った。
俺の返しがそんなに面白かったのだろうか。
「ていうか思い出したぞ、こらっ! お前あのとき、俺をカマカマ野郎と組ませやがったなっ!?」
「うん」
「うんじゃねーよっ!?」
「気が合うと、思った……」
「嘘吐け、単に面白がってやったたけだろっ!?」
「うん!」
「おま、お前な……。少しは悪びれろよ……」
俺の抗議がそんなに嬉しいのか、メープルはますます怒るに怒れない愛らしい笑顔を浮かべた。
コイツは人を観察して、ちょっかいをかけて、まるでそれに共感するかのように相手の反応に自己投影をするところがある……。
「グラちん、寂しそうだったし……。ユリウスの、おすそ分け、してみたかった……」
「まあ……。アレはだいぶ参っているみたいだな。って、こらっ、離れろよっ!?」
「おんぶして……。さながら、豚男みたいに……」
「誰が豚男だ……。バカなことばっか言ってると、本気で振り落とすぞ……」
「嬉しいくせに……」
「止めろ、腰を振るな……。人に見られたら赤っ恥だぞ……」
そうやっていつもとそう変わらないやり取りをしてゆくと、荒れ果てた裏庭に到着していた。
軽いメープルの身体を背中に背負ったまま、俺はそこに暴かれていた地下階段を下っていった。
下ろそうにも、くっつき虫がかにばさみで張り付いて離れないので、恥を承知でやむなくそのまま進むしかなかったとも言う……。
・
大きな螺旋を描く地下階段は、進めど進めど底が見えなかった。
ちょっとした倉庫にこんな深さは必要ないだろう。俺たちはどうにもこれはおかしいと、まだ新婚も間もない色ぼけ状態から我に返っていった。
メープルは自分がくっつくと、俺が内心で喜ぶのを知っている。
彼女は人の反応を観察するのが大好きなので、密着にニヤケそうになる俺を見抜いていないはずがなかった。
「これは、なんだ……?」
「なんだろ……わぁっ!?」
さらに進むと壁に隙間が作られていて、そこに何か丸い物が置かれていることに気づいた。
それに興味本位で手を伸ばすと、まるで可燃油に火を灯したかのように、進行方向と帰り道の両方に薄黄色の照明が灯っていった。
「凄まじいな。こんな技術、ツワイクでも見たことがないぞ」
「魔力、ちょっと吸われた……?」
「そうみたいだな」
「この技術、ちょっと欲しいかも……」
「なんに使うんだ?」
確かにライトボールを使うより魔力の効率がよさそうだ。
この照明の難点があるとすれば、魔力がなければ使えないところだろう。誰もが魔力を持つエルフらしい技術だった。
「うん、あのね……。ユリウスの魔力、吸ってみたい……好きな人の魔力と、一つになりたい……」
「ぅっ……。お、お前はどこまで倒錯的な性癖してんだよっ!?」
「じゃあ、エッチして……? 私に、ユリウスのドロドロした欲望の丈を叩きつけてくれたら、その必要ない……。あてっ……」
俺は平気な振りをしながら、喉から心臓が飛び出しそうなほどの激しい衝動を抑え込んだ。
『エッチして……?』は反則だろ……。
「聞こえてるぞ……。何をバカなことをやってるんだ、君は。このロリコンが……」
ちょうどそこで階段が終わり、俺たちは下層にたどり着いた。
背中にメープルを乗せた俺をマリウスが冷たい目で見ていた。
「これは、あまりに図星過ぎて、言葉を失ってるね……」
「誤解を招くような勝手な解説をするなよっ!? おら下りろっ、んなこと言うやつはもう背中に乗せてやらんっ!」
地下室はあの魔法の照明により照らされて、穴底とは思えないほどに明るかった。
それと部屋の中央に、巨大な棺のような奇妙な物体が転がっていた。
「これが嫁さんだと聞かされたときは、師匠の俺も言葉を失ったもんだわ。だがこう見えて17歳なんだとよ」
先に到着していた師匠と、マリウスがその棺を調べているところのようだ。
グライオフェンは胸の前に腕を組んで、静かに調査の様子をうかがっていた。
「で、なんだこれ……?」
「コレガ、特異点デス。(・ ・)」
「じゃあ聞くが、その特異点ってなんだ?」
「時空ニ、影響ヲモタラス、名状シ難イ、何カデス。(・へ・)」
そうか、俺にはまったくわからん。ニーアたちも一緒になって棺を囲んでいた。
辺りを見回してみるとそこは飾り気のない空間で、これといった儀式性や生活感もなかった。
「で、これをどうするんだ?」
「いい質問だ。よしバカ弟子、そっち持て」
「ちょっと待って下さい、師匠。まさか……」
「地上に運ぶから手貸せや。おら早くしろ、お師匠様を待たせんじゃねーよ」
本当にこれが特異点――グライオフェンの転移を成功させた何かだとするならば、言い方はしゃくだが回収する価値がある。
俺は棺の反対側に回って、それに両手をかけた。
「えっ、き、消えたっ!?」
最後に聞いたのはグライオフェンの甲高い声だった。
俺たちは世界の裏側に棺を引きずり込み、通常の方法では絶対に外へと運び込めない物を白日の下へとさらしていた。
平行連載作、もふもふブックカフェの完結に合わせて、今月の新作を公開します。
その昔流行ったラグナロクオンラインのアルケミストから着想を得た、経験値独り占めのレベリングを主軸としたなろうらしいお話です。
砂漠エルフの連載もどうにか維持出来るようがんばってゆきますので、どうか公開しましたら、新作も応援して下さい。宣伝でした。




