・ユリウスの帰還
気が変わった。マリウスが3日でシャンバラの地を踏むと言うならば、元相棒の俺だって全力でサポートするべきだ。
なぜならマリウスはシャンバラにとって大切な客人であり、外界の技術の塊だからだ。
なので俺は、己の転移術を最大限に駆使して、マリウスの旅路を加速させることにした。
まだ10歳ほどにしか見えない愛弟子を馬の後ろに乗せて、マリウスは今、馬車駅で馬を借りては街道を駆けている。
その斡旋をしているのは俺だ。
前方の安全確保をしつつ、早馬の予約を馬車駅に取り次いでは、マリウスを待ってから次の目的地に転移した。
軍にいた頃は斥候任務が主だったので、まあこういった活動は慣れたものだった。
「嫁がいるんだろ……まっすぐ帰ればいいのに、なんで俺に付き合うんだよ……」
「一目置いているからだ。それに、シャンバラの外を楽しむいい機会だ」
馬車駅で顔を合わせるたびに、マリウスが旅の間にため込んだ文句を俺にたれる。
俺だってかわいいシェラハとメープルとの生活を再開したかったが、親友を置いて先に戻れなかった。
・
次の馬車駅でも文句を言われた。
「お前、自分が指名手配されてるの忘れてないだろな……」
「ははは、大丈夫だろ。まさか侯爵が使いパシリしているとは、誰も思わないだろ?」
「なんで侯爵が俺の使いパシリなんてしてるんだよ……」
「友達だからだ」
「はぁぁ……」
「なぜそこでため息を吐く」
こちらの質問に答えずに馬を走り去ってゆくのを見送って、俺も次の駅へと転移した。
・
「ふん……悔しいけどお前のおかげで順調だ。三日どころか、今日中に迷いの砂漠に着きそうだな」
「意外と乗り気なんだな」
「そりゃ、あのまま国に残っていても……来る日も来る日も車輪作りばかりだ……。もうなんだっていいよ、俺は……」
「助かるぜ、マリウス。こうして一緒に着てくれたことに感謝しかない。また一緒にがんばろうぜ」
「ふんっ、調子のいいことを……。俺たちはもう靴磨きと煙突掃除してた頃とは違う。やるからにはプロとして全力を尽くすさ」
「マ、マリウス様ぁ……お、お尻が、もう痛――」
「我慢しろ」
「はひ……」
マリウスの弟子には申し訳ない気持ち半分、一緒にきてくれたことに感謝したい気持ち半分だった。
早馬で走り抜けるマリウスと弟子を見送って、馬車駅で待って、また見送る。
繰り返し繰り返しこれを続けていった。
・
こうしてツワイクを出立してより2日目の夕暮れ、俺たちはシャンバラの国境を抜けた。
本来はエルフの魔法が必要なのだが、面倒なので裏技を使わせてもらった。
結界の部分だけ、多少の危険を承知で、彼らを裏側の世界にご招待することでどうにかしたのだ。
師匠には怒られそうだが、ちょっとくらいならいいだろう。
ちなみにほんの少しでも早く帰るために、俺は最後の駅で馬を1匹買って彼らに渡した。
今は砂漠をマリウスと弟子が馬で駆けて、その先々で転移した俺が道案内をしているところだ。
「おい、その力、いくらなんでも便利すぎないか……?」
「不便なところも多いぞ。風景を楽しめないし、何よりも人と一緒に同じ情景を見られない。これがあまりよくないと気づいたのは、最近だな」
「はっ、ノロケ話なら他のやつにしろ。そういう話は聞きたくない……」
「そんなに嫌か……?」
「嫌だ!」
「そうか、わかった……」
何がそんなに気に入らないのやらわからん。
親友である俺とお前の関係が揺らぐわけでもないのに。
再び転移して、行政区のあるオアシスの付近でヤツを待った。
「アレだ。あれが行政区、一応このシャンバラの中心だ」
「ぉぉ……意外と小さいけど、なんて綺麗な町なんだ……」
白い砂漠の中で、青く輝くオアシスが見える。
付近にはバザーオアシスもあって、砂漠らしい砂岩の建物も物珍しかった。
灼熱の日差しと凍てつく夜を物ともせずに、美しい緑を保つその場所はツワイク人に奇跡的な光景だ。
「思ったよりいいところだ。気に入ったぞ、ユリウス!」
「ぅぅ……。暑くて、溶けそうです……」
「オアシスに着いたら水に飛び込んだらいい」
「そんなはしたないこと出来ませんよぉっ!?」
「本当にデリカシーのないやつだ……」
ところがそうしていると、そこに一頭のラクダが駆けてきた。
「帰ったか、ユリウスッ!」
「そういうアンタは、メープルの昔なじみの……」
「覚えていてくれたか。それより急いで戻った方がいい、一大事だ!」
「何……? まさか2人に何かあったのか?」
「そうじゃない。俺たちの同胞の窮地だ。どうもリーフシーカーの民がモンスターの軍勢に襲われたらしくてな……頼むよ、仲間を助けてやってくれねーか……? 俺ぁ救援を求めてやってきた、あのボクっ子がどうも見てられなくてよ……」
何やら妙なことになっている。
話に浮上したそのボクっ子とやらは、もしかして光の柱と共に現れたあの白いエルフのことだろうか。
「慕われてるな。エリートぶって偉そうにしてた頃とは大違いだ」
「俺、そんなにエリートぶってたか……?」
「俺はエリートだ! って言ってたぞ」
「あ、ああ、それは言ったかもしれん……。それよりありがとよ、おっさん」
下民の中の下民の出身だった俺には、エリートという肩書きが必要だったのだろう。
結局その肩書きも、国に使い捨てられる形で崩れ去って、気づいたら砂漠でエルフの小娘に腹をつねられる人生をしている。
「たぶん、戦いになるんだろ? 俺も一緒に戦う頼むぜ、ユリウス」
「……なら悪い、さっそく頼めるか。このマリウスを、市長邸まで案内してくれ。俺は一足先に行く」
「おう任せろ! よろしくな、マリウス!」
「あ、ああ……。なんだか思ってたエルフのイメージと違うな……って言ったら怒るか?」
「ハハハハッ、俺だってヒューマンはみんな野蛮なクソ野郎かと思ってたぜ、そこはお互い様だ! じゃ、頼むぜ、ユリウス」
威勢の良いおっさんとぎこちないハイタッチをして、俺は市長邸へと飛んだ。




