・古巣ツワイク王国より技術を盗もう 2/2
「そんな大声だすことないだろ」
「だ、だって……だって、そんな……ユリウスが、結婚……そんな、しかも、2人も……」
「だったらお前だって結婚すればいいだろ。シャンバラにきたら、かわいいエルフの嫁さんを都市長が紹介してくれるはずだぞ」
「そんなの紹介されても困るよっっ!!」
「だよなー。俺もそうだった。だけどたまたま気の合う2人が出来てな、そんで気づいたら――お、おい?」
へなへなと脱力してゆくマリウスを、俺は地に膝を突いてソフトランディングさせた。
俺に先を越されたことがそんなにショックだったのか……?
まあいいか。シャンバラの方向にも話を運べたことだ、口説き落とすとしよう。
「さて本題だ。マリウス、お前は俺に付いてこい」
「ぇ……」
「俺と一緒にシャンバラにきてくれ。俺には仲間が必要だ」
「仲間……仲間……仲間か……。はぁぁ……っ」
親友として熱い誘い文句で口説き落とすつもりだったのに、マリウスはまるで泣き出すように両手で顔を覆ってしまった。
何が不満なのかまるでわからん……。
「ああそうだ、これを見てくれ。これを見たら元気が出るはずだ」
シャンバラから持ってきたとある白い石を見せた。
それはコンクルを使って、砂漠の砂を固めた物だった。
「……なんだそれ?」
「ほら、職人なら当ててみろよ」
「あ、ああ……。なんだ、これ……」
石を渡すと、次第にマリウスはその未知なる素材にのめり込んでいった。
硬さを確かめるように指で叩き、勢いよく立ち上がると工具箱に飛びついた。
「なんだこれっ!? こんな石見たことないぞ!? 恐ろしく硬く頑丈で……、ほらっ、ヤスリに当ててもちっとも削り取れやしない!」
「それ、俺が作ったんだ」
「嘘だろっ!?」
「なんで疑う。名前はコンクル。基礎素材のコンクルに砂と水と混ぜ合わせるとそれになるんだ」
マリウスは他の誰の反応よりも強く、新素材コンクルに引かれていた。
端正な顎に手を当てて、険しい顔をして素材にのめり込む姿は、生き生きとしていてホッとした。
「それって凄くないか……? お団子みたいに、どんな形もできるってことだよな……? しかも硬くて、強くて、色合いも白くて綺麗だ……」
「石材のように、重たい石を石切場から運び回らなくてもいいところも魅力だぞ。水と砂さえあればどこでも作れる」
「焼かなくてもいい煉瓦みたいなものか……。型に流し込めば好きな形の石材も作れるし、これ、面白いな……!」
まるで少年みたいに目を輝かせていた。
そんなマリウスを見ていると、自分まであの頃の無垢だった少年ユリウスに戻ってしまいそうだった。
「いい発想だ。実はな、マリウス、シャンバラで今、大きく国が動き出そうとしている。そこにツワイクの技術者がいれば百人力だ」
エルフが自然と共存する種族ならば、ヒューマンは自然を征服する種族だ。
それぞれ持ちうる技術に得手不得手がある。マリウスを誘う価値は大きい。
「俺と一緒にこないか。シャンバラにはお前の力が必要だ、マリウス」
他にもシャンバラの良さを語ってしまいたかったが、これ以上は蛇足だろう。
夏の少ないツワイクと比べたら、砂まみれだろうとあそこは楽園だった。
「わかった、行ってもいいけど条件がある」
「全部飲もう、さあ言え」
「俺ががんばった分、孤児院にお金が流れるようにしてほしい。それとうちの工房から1人連れて行く。それが最低の契約条件だ」
「いいぞ、俺にはまったく損がないしな。ぜひそうしよう」
いったい誰を連れてゆくつもりなのか少し気になった。
確実に自分に付いてくるという、確信があっての発言に聞こえたからだ。
「なら決まりだ、俺は君と一緒にシャンバラに行く!」
「では段取りについて話そう。その足でシャンバラ国境まできてくれ。そこまできたら、シャンバラの商会を訪ねてくれ。そうすればエルフの連絡員が迷いの砂漠を通してくれる」
「わかった、3日で行くと伝えておいてくれ」
「み、3日だと……?」
「3日でお前に追いつくから待っていろ!」
そんなに急がなくてもいいと、言い掛けて引っ込めた。
早くきてくれる分には助かるし、ちょっと前まで落ち込んでいたから水を差したくない。
「それと、フッ……お前に少しだけ面白い話をしてやる。孤児院には寄ったか?」
「いや、真っ先にここにきた」
「行かなくて正解だ。政府から見張りの女がやってきて、ずっとあそこに張り付いてる」
「ああ……とうとう睨まれてしまったか」
世話になった古巣に迷惑をかけているのは心苦しい。
だが悪いのはやつらだ。俺は悪くない。
「睨まれる? はははっ!」
「違うのか?」
「いいか、よく聞け、今やお前はな……。お前は、侯爵カサエルだ! どうだ、笑えるだろ、アハハハハッッ!!」
「……はぁ? お前、何言ってんだ……?」
この日、俺はアリ王子が国から追放されたことと、形式上とはいえ破格の爵位が与えられたことと、己の身柄に莫大な懸賞金がかかっていることを知った。




