・古巣ツワイク王国より技術を盗もう 1/2
ツワイクに到着するともう真っ暗闇の夜更けだった。
繁華街の方はまだ明かりがポツポツと灯っていたが、他はひっそりと音もなく寝静まっている。
俺は記憶を頼りに旧友の工房へと再転移して、ライトボールの魔法で店の看板を確認した。
本来ならばそこに『シルヴァンス工房』と記されているはずなのに、真新しい看板に変わっていた。ツワイク国営第47番工房だそうだ。
「こりゃ酷いな、何も名前まで奪わなくてもいいのに……。アイツが荒れるのも当然だな」
ライトボールを小さくして裏に回ると、蜘蛛の巣が顔に引っかかった。
こんな時間に訪ねても、普通ならドアなんて開けてくれない。
そこで俺は裏口を見つけると、短距離の転移魔法で扉をすり抜けて、まあ要するに不法侵入した。
奥から明かりが漏れている。どうやらまだ起きているやつがいるようだ。
何やらブツブツと小声が聞こえるが、扉が邪魔してうまく聞き取れない。
さっきと同じように扉をすり抜けると、小声の主はやはりマリウスだった。
「ああ、また間違えた……。こんな簡単なミスをするなんてどうかしてるよ……。はぁぁぁ……せっかく工房も上手くいってたのに、どうしてこんなことに……」
シャンバラで美人の嫁さんたちが待っている。1秒だって惜しい。
だからすぐに声をかけようとしたのだが――その独り言の重い内容といい、マリウスから放たれる陰鬱な雰囲気といい、どうにも声をかけにくかった……。
「ここは俺の工房だ……。それがなんで、あんなはした金で奪われなきゃいけないんだ……。看板まではがすなんて酷すぎる……」
マリウスは本格的に参っているようだ。
マリウスには悪いが、彼が苦境にあればあるほどに勧誘の成功率が上がるので、俺は性悪にもほくそ笑んでいた。
「ユリウスもユリウスだっ!!」
ところが自分の名前がいきなり飛び出してきて、つい声を上げそうになった。
「国を捨てて出て行くなんて! これじゃ、張り合いがないじゃないか……」
マリウスのやつ、俺のことをそんなふうに思っていたのか……。
ついこの前まで、マリウスのことを忘れて姉妹にのぼせ上がっていたのが、少し申し訳なくなった。
「それにアイツ……アイツ、絶対……俺のことに気づいてない……。なんで気づかないんだよ、あり得ないだろ……」
「気づかないっていうか、今ちょうどここにいるんだけどな」
「キャッッ?!!」
声をかけると、マリウスが作業台からひっくり返った。
どうやら彼は馬車用の鉄の車輪を作っていたようだ。
「よう、人生どん詰まりって顔だな」
「うるさいっ!! というか、なんでここにいるんだっ!?」
「お前に頼みがあってきた」
「アハハハハハ! 俺はもうお前が頼る価値のある人間じゃない。俺はただの雇われ工房長だ……。今の俺は、自分の好きに物を作ることすら許されていない……。こんなの笑えるだろ……」
言葉にマリウスの作業場を見回すと、鉄の車輪だけがひしめくように並べられ、それ以外の完成品はどこにもない。
鉄の車輪だけ作らされているのだろうか。
だとしたらこんなのは才能の無駄づかいだ。
マリウスは広い得意分野を持つ万能型の職人だというのに、特化型の仕事をさせては宝の持ち腐れだった。
「めんどくせーやつ」
「なんだと!? 幼馴染みが落ち込んでるんだから、少しは慰めたらどうだよっ!」
「そういうのは俺とお前のノリじゃないだろ」
「うるさい……。こっちは本気で落ち込んでるんだ……」
あ、いかん。マリウスにやさしくしろと師匠にしつこく言われたんだった。
しかしついついこの顔を見ると、ちょっと荒っぽかった孤児院時代のノリに戻ってしまう。
ウェーブのかかった長い黒髪は、普通ならば女たちがほおっておかないだろうに、やはり神経質な性格が災いしてか浮ついた話をまるで聞かない。
そんなマリウスに、昔したように背中をポンポンと叩いて慰めると、途端におとなしくなっていった。
「昔はよかった……」
「そういうのはジジィになってから言えよ」
「はぁっ……。やっぱりわかってない……」
「孤児院時代よりマシだろ。雇われ工房長でも、孤児院出身の俺たちからすれば大出世だ」
「うるさいっ、そんなのわかってる! だけど、あの頃はお前がいたんだっっ!!」
マリウスのその悲痛な叫びに心を飲まれてしまって、俺は沈黙で返すことしか出来なかった。
それでもかつての親友を助けたい一心で立ち直って、また背中を叩いて慰めた。
「知らなかった」
「こんな本心、お前に言えるわけなかったからな……」
「工房の話じゃない。お前がアルヴィンス師匠に直訴しに行っただなんて、本人に聞かされるまでずっと知らなかったよ」
「へ……? ア、アイツッ……あの頃のことをお前に話したのかっ!? うっ……ク、クソ、恥ずかしいな……。そんなの、遥か昔の話だぞ……」
よくわからんが、恥ずかしがっている割にとても嬉しそうでもあった。
「置いてって悪かったよ。でも師匠は才能があるって言ってくれたんだ。てめーは生まれながらのエリートだから、死ぬ気で努力すれば人生を変えられるってな……」
「そのことならいいんだ……あの頃は俺も子供だったんだ。だけどアイツ、宮廷魔術師長を首になった途端に、姿をくらましたって聞いたけど……いったいどこで会ったんだ?」
その質問は、本題の方向に話の流れを運ぶいいきっかけだった。
俺はマリウスの隣を離れ、もったい付ける形で正面側から向き合った。
「師匠なら今うちにいる。シャンバラがえらく気に入ったみたいだ」
「お、お前っ?! エルフ側に寝返ったのかっ!?」
「ああ、嫁さんも2人貰っちまった」
「なっ、んなぁぁっっ……?!!」
甲高い声でマリウスは絶句した。
そのまま腰を抜かしそうになったので、またマリウスの背中に腕を回して、やけに動揺しまくる彼をうかがった。




