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第9話  ブルンガ島の商店街とストリートピアノ

9、ブルンガ島の商店街とストリートピアノ


 デッキを上がった時とは別の階段を降りた所に、派手なのれんを掲げた建物があった。

 どうやら、それは銭湯で『Une personne de (おひとり様)100YEN』と書かれた看板がある。見上げると、普通の銭湯にはそぐわない、航空障害灯まで付けられた巨大煙突が立っていた。

「これはブルンガ人の経営する銭湯ですわ。本来ブルンガは国土のほとんどが砂漠で、たまに水で体を洗うことはあっても、風呂に浸かるという習慣なんかあらへんのですけどね」

「日本は湿気が多いですからね。みなさん、特に夏場は汗をかかれるんでしょうね」

 檜坂が相槌を打った。

「そうなんですわ。本国ではむしろ保湿のためにバオバブオイルを塗るくらいですから」

「バオバブというと、あの悪魔の木と呼ばれる……」 

 山部はこの奇妙な名前の木が、そんなふうに呼ばれていたことを思い出した。

「山部さんは『星の王子様』の読み過ぎですよ。バオバブは生命の木といって、とても大事にされてるようですよ」

 と言って檜坂が笑った。

 そう言われても山部は『星の王子様』など読んだこともなかったが、おそらく日本ではこの小説から出た表現が定着しているのだろう。

「檜坂さんの言う通り、あの木は大事にされてます。けど日本ではバオバブはうまく育てられへんし、保湿オイルかて必要ありませんよって。そんで、こっちでは海水を温めた温泉が人気というわけなんですわ」

「海水を使った温泉かい。いいね!」

「もちろん、この島でも海水を使って淡水も生産されてるんですけど、こっちはコストの関係で飲料水向けです。風呂にはもったいのうて使えません。お湯は収集したゴミを地下にある炉で燃やすことで沸かしてるんですけど、煙突が大きいのはそのためです。この炉は日本製で、燃えるゴミを高温で燃やす事で、ダイオキシンとかの有害物質を出すこともないんですわ」

「なるほど。昨今日本でも行き過ぎた分別から脱却して、東京でも簡素化が進んでいるけど、ここでは既に行われているわけだ」

「厳格に分別を決めたかて、国民がほんまに協力するんはドイツや日本だけで、他の国でそれをやろうとしたら不法投棄か、そうでなかったら革命が起こるだけですよって」

「そんなものかね。ところで、さっきも『ビール200円』という表示があったんだけど、ブルンガ島では円が流通しているの?」

山部は先程興味深く思ったことを尋ねてみた。

「この島は日本の経済圏に組み込まれているのでそうなってます。本国は西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)に加盟してますので一応その中央銀行(BCEAO)の通貨であるCFAフランを使用してるんですが、政変以降は制裁中ということもあって……」

「現在はユーロとかドルを?」

「いや今はほとんど中国の電子マネーですね。AIIB(アジアインフラ投資銀行)の支援で行われてるインフラ事業でたくさんの中国人労働者が働いてるから、ていう理由もあります」

 ルカ・ベンの話を聞いて、山部は世界の生々しい動きが少し分かったような気がした。


 コーバンに向かうため、少し北方向に戻って歩くと、小規模な工場が立ち並ぶ区域に出た。どの工場も派手なPOP文字で描かれたフランス語の看板を上げている。

「これは吉浦電気の工場に部品を供給するためのもんでハミの者が経営してる工場です。厳格な基準があって、不良品が出んようにしてます」

「つまり原材料から、できるだけ島で調達できるようにしてるんですね」

 檜坂がちょっと感心したように言った。

 消費者は常に完成品のみを手にするが、一つの製品ができるまでにはなんと多くの人の手が入っていることだろう。

 こうした小規模な工場で働いている人々の服装は、Tシャツにジーンズ姿であったり、上半身が裸でスゥエットパンツだけ穿いている者がいたりと各自バラバラで、吉浦電気の工場のようにきっちりと作業着を着ている人は誰もいなかった。それと吉浦電気の工場で感じた静けさはここでは無く、アメリカン・ポップスやブルンガの歌謡曲が、どの作業所からも聞こえていた。


『ヨシウラ通り』を横切り居住区に入ると、風にのって客を呼び込む賑やかな声が聞こえてきた。この先にはブルンガ人たちの商店が立ち並んでいるようだ。

山部には意味はわからなくとも、聞こえてくる音の響きでそれがフランス語とスワヒリ語が入り混じっていることが分かる。

「さっき、君はスワヒリ語の方がよく伝わると言ったけどブルンガの公用語はどっちなの?」

 ルカ・ベンに尋ねてみると――、

「今の政府はフランス語が公用語やというてますけど、以前の政府はスワヒリ語を公用語にしてましたんで。どっちでも通用します」

 という答えが帰ってきた。それに対して檜坂が、

「でもどうしてスワヒリ語が公用語だったんですか? 地域から言えば、西アフリカにあるブルンガでは、フラニ語とかが話されていてもいいはずですが、スワヒリ語といえば、タンザニアやケニアで多く使われていた言葉ですよね」と尋ねた。

 檜坂は、神奈川県警の牧丘・警視正が推薦したようにナイジェリアへの留学経験があるためか、アフリカの事情には詳しいようだった。

「それはブルンガが独立した時に指導者のピラトていう人が強引に決めたからですわ。ピラトは『言語の背後には軍隊があり、言語は軍隊とともに広まる』というナポレオンの言葉を引用し、旧宗主国フランスや西洋諸国の影響を避けつつ国の統一を図る目的で、アフリカ人でしゃべる人の多いスワヒリ語を公用語にしましてん。もしフラニ語やアラビア語を採用したら、民族間で有利不利が生まれるのやないかということです。せやから、西アフリカでスワヒリ語を準公用語にしてるんはブルンガだけやと思います」

「それでどちらも公用語に?」

「はい。昔やったら学校では、スワヒリ語だけで授業してたんやけど、今は国連の公用語にも指定されてるフランス語を使うてます。今の若いハミの者にとってスワヒリ語自体が王国時代の弾圧を表す記憶とつながってるいうこともあります。それにフランス語を使たとしてもベルベル人の作家・ヤシンみたいに『我々はフランス人とは違うんやぞ』と言えるやないかというわけです。せやけど昔の教育を受けた年配の人は今でもスワヒリ語の方がええみたいです」


 山部たちは店が密集する商業地区に来た。

 回りの建物とは頭一つ抜けた3階建てのデパート(?)を中心に、通りを挟んで両側に店舗を兼ねた住宅が建ち並び、いずれもカラフルな衣服を陳列している。そうした物品販売の店々の少し先には、生鮮食品を売る店舗が連なっていた。いずれの店も商品を棚からはみ出すようにして並べている。

 ここは日本で言えば原宿+豊洲といったところだろうか。

「賑やかな所ですねえ」

「母国からは遠く離れているのに、ブルンガの人はみなたくましいね」

 山部がルカ・ベンにそう言うと――、

「個人商店を開いているのは主に私と同じハミの人たちですけどね。ハミの者は、やってはいけないと言われたこと以外はやってもいいと解釈しますので。逆に日本の人はちょっと冒険を恐れすぎてるように思えます。アフリカに留学経験のある檜坂さんのような人は別ですけど。社会自体が老成してるんかしれませんけど『僕は豊かやし、車も家も欲しない。このまま年取って、みんなと同じように人生を終えられたらそんでええ』とか思てはるみたいで、ちょっと残念です」

 という意外な答えが返ってきた。ルカ・ベンは中等部の先生をしているということだが、学校では、子供たちにボーイズ・ビー・アンビシャスなどと教えているのかもしれない。

 それにしても人が多い。そんな中を自転車が駆け抜けていくので、そちらにも気を付けないといけない。そこで山部が、

「こうした通りへの自転車規制はしてないの?」

 と尋ねると、ルカ・ベンは「自転車は庶民の足ですんで。それに歩いて自転車を押すと、二人分のスペースを取るでしょ。跨っていた方がスペースは小さくて済みますよって」と言う。それはそうかもしれないが、こうした考え方は日本とは違うなと山部は思った。

 日本と異なるものと言えば、表通りから直接デパートの2階に上がるエスカレーターに、『se tenir sur la droite!』と朱書きで大きく記されていた。「あれは右側に立てという意味で左側は急ぐ人のために空けるようにという注意書きですね」と山部に説明した。日本では近年、エスカレーターでは歩かないようにと言われているが、ここではそうではないらしい。

 これについて、ルカ・ベンは、「エスカレーターで急ぐ人は左側を歩けというんは、ほぼ国際ルールですわ。車が左側通行のイギリスでもエスカレーターの追い越し側は右やなくて左になってて、『stand on the right』と書かれてるはずです。これは私の友人がこの島で初めて作ったデパートやけど、日本ではエスカレーターで歩いたらあかんと聞いて日本製のエスカレーターは弱いんやろうと勘違いし、わざわざスイス製を選んだて言うてました。私は日本製を勧めたんですけどね」と笑った。

 

 ブルンガ島に上陸以来、初めてここでヤギ以外の動物を見た。

 売り物の衣類が並ぶ棚に猫が1匹、乗っていたのだ。

 世界中でもっとも数が多いと思われるキジトラ柄の猫だった。

 山部は今朝預けてきた相棒がどうしているだろうかと思いつつ、その猫を見た。すると棚に並ぶ商品に関心があると勘違いした店主が「bienvenue」と言って笑いをかけて来た。

 山部は、そういえば自分はアパレルメーカーから誘われていたと思い出した。仮にそんな会社に雇用された場合でも、元刑事の自分が任される仕事内容は、おそらく悪質なクレイマー対策だと思われるが状況によっては展示会での応対なども任される可能性がある。服といえば制服か背広以外、殆ど着たことがない山部に到底務まるわけがないと思われた。

 それにしてもブルンガ島の商店街に並ぶ衣類は、日本とはデザインも色使いもかなり違う気がする。

 そうした違いは檜坂のような若い子ならば見ただけで分かるだろうか? そこで山部が感想を聞いてみると――、

「えっ、そうなんですか。私は流行に疎いもので、お店では店員さんが良いと勧める物を買っていました」

 という答えが帰ってきた。

 山部は、彼女には同年代の友達がいないんじゃないかと心配になった。

 海外では賑やかな場所にば必ずと言ってもいいほど、観光客目当ての店があり、中には強引な客引きをする所もある。ここにはまだ観光客だけを相手にした店は無いようだが、山部たちがこの島へ遊びに来た日本人に見えたためか、店主が熱心に勧めに来た。山部に勧めてきたのはインパラ模様が金糸で刺繍された、いかにも高そうなブルンガ民族服だ。店主がしきりにポニシャ、ポニシャと言っているので、そういう名前の服なのだろう。

「いやいや、僕にはそんな高級な服は似合わないよ」

 山部がそう言って断っていると、隣の店でもまた檜坂が赤い豹柄にカラフルな文字で「Tokyo island 」と書かれた毛糸のセーターを店員から勧められていた。温暖なブルンガ本国にこういう冬着のセーターがあるようには思えないので、こちらはおそらく大阪のメーカーが作った品にロゴだけを入れたものだろう。

 まさか檜坂がそんな物は買わないだろうとは思いつつも、山部は先程、彼女が『店員から勧められた物を買っていました』と言っていたことを思い出し、腕時計を指差しながら「少し時間が押しているから急ごうか」と言って救い出した。

 山部が冗談で「あのセーターが気に入ってたのかい?」と聞くと「そんなまさか、買いませんよ」という答えが帰ってきた。

 しかしルカ・ベンが「檜坂さんは熱心に値切ってはりました」と、山部に耳打ちすると、少し強い口調で「してません!」と否定したので、放っておくと、やはり買っていたかもしれない。

 現地の人の間に溶け込んで情報を集めるというのも手段の一つだが、仮に彼女があの赤い豹柄のセーターを買ったとしたら後悔をしたに違いない。

 檜坂という女性は、自分で似合うものを判断ができない、かなりのファッション音痴だということは分かったが、その代わり野菜や果物には詳しいらしく食品が並べられている店舗の前を通りかかると――、

「日本とほとんど同じ物が並んでますね」と関心を示した。

「これらは毎日豊洲から運ばれてくるもんで、都内で食べるもんと同じですわ」

ルカ・ベンが答えた。

 日本円で表示された価格は東京の下町より少し高い。ブルンガ人の給与から考えると、エンゲル係数は(生活費の中で食料の占める割合)だいぶ高くなるのではないかと山部は推測したが、オーストラリア産牛肉と、ブルンガ人が主食だというアメリカ産コーンスターチは随分安かった。

「それらは関税がかからんので助かってるんですわ。洋上のタックス・ヘイブンというわけです。ブルンガとオーストラリアの間にはFTAがありますんで」

 とルカ・ベンが説明した。

 主食の価格まで高ければ、この島に住むブルンガ人は誰もいなくなるだろう。それより重要なことは、この島で作られた工業製品には輸出先で関税がかからないということだ。

 スズキも安く売られていたが、釣り人がいたデッキではそれほど釣れていなかった。

 そこで山部は「これも豊洲から来るのかい?」と尋ねてみた。

 しかしルカ・ベンは、「そういった魚はこの島の秘密の場所で大量に釣れるんですよ」と答えをはぐらかした。

「その場所を是非教えてもらいたいねえ」

「仕事が早う片付いたら一緒に行きましょか」

 ルカ・ベンはそう言って笑った。


 通りを歩いていると、どこからかピアノの音がする。

 スピーカーから流れてぃるものではなく明らかに生音源だ。

 耳を澄ますと、それは商店街の外れの小さな広場から聞こえて来たものだった。

 買い物帰りの女たちがベンチに座って、ソフトドリンクを飲んでいる広場の真ん中に、大きなビーチパラソルが立てかけられてありそこにストリート・ピアノが置いてあった。

「あれはドビュッシーの『アラベスク・1番』という曲ですね」

 檜坂が言った。山部は、不思議な調べがするその曲のタイトルまでは知らなかったが、何度か聞いたことのある曲だと思った。

 柔らかなピアノの音が心地よく響いて来る。

「上手ですねえ……」

 檜坂が褒めた。街頭に置かれているピアノだから、きちんと調律されているわけでもないだろうに、その音色は美しく繊細かつ軽やかで、聞いている山部は感動すら覚えた。

 野菜の入った買い物かごを椅子の横に置き、時折祈るような表情を浮かべて弾いているのは、清楚な白いチュニック・ワンピースを着た若いブルンガ人女性だった。

 その周りを子供たちが幾重にも取り囲んで彼女の演奏を聞いていた。

「あの人は私の同僚で、初等学級の先生をしているアミラですわ。今日は非番みたいです」

 ルカ・ベンが、その女性に向かって手を振ったが、熱心に弾いている彼女は気づかないようだった。

 

 ブルンガ人が暮らす家は大きさで言うと、日本の建売住宅並だが外観は素朴な板張りが多かった。ただそのカラフルなこと。先程見かけた子供達の自転車といい、日本ではあまり見かけない原色で、山部は以前テレビで見たヴェネツィア近郊のブラーノ島のようだと思った。

 そして、どの家にもヤギが繋がれている!

 そのことをルカ・ベンに聞くと――、

「ブルンガには祝い事や来客があると、ヤギを食べる習慣がありますんで。けどマンションやとあんまり飼えません」

 という答えが帰ってきた。あんまりということは、マンションでも少し飼っているのかもしれない。

 屋根に目を向けると、全くアンテナが見当たらなかった。これは全戸にケーブルテレビが引かれているせいだろう。

 東京から目と鼻の先にありながら日本からのテレビを遮断して、自国の番組だけを流しているとすれば、もしかするとブルンガ国はかなりの思想統制でもしているのではないだろうか。山部はふと、そんな危惧を覚えた。

 よく見ると南側と北側で少し家の形が違う。北側の家はアルミサッシの窓枠やドアを使用しているのに対し、南側の家は窓枠まで木で出来ており、どこか古風な建て方だった。

 檜坂がそれを目ざとく見つけて、ルカ・ベンに質問した。

「通りを挟んで、北と南の家では少しデザインが違うのはなぜですか?」

「よう気づかれました。北側はハミ族の、南側はクマ族の家ですねん。といっても、どちらも近代様式の国営住宅で、本来の伝統的な家は、素焼きのレンガ造りなんですけどね」

「そういう家は、ここにはないのかい」

「いえ、呪術師や相談事を請け負う長老たちは、ここでもそういう家に住んではります。さっきピアノを弾いてた私の同僚も、長老と住んではるんで、そういう家でしたわ」

「興味深い話ですけど、今回は行くことも無さそうですね」

「そうだね。我々の目的は観光ではないので友久教授が住んでいたというアパートに向かおう。ルカ、そのアパートはここから近いのかい?」

「ええ、教授は主にクマ族の方の研究をされてましたんで、クマ族側に部屋を借りてはりました。せやから、我々はコーバンへ立ち寄ってアパートの鍵を借りた後、南に向かいます」


 山部たちは島の『メインストリート』と呼ばれる場所に出た。

 メインストリートは、その名の通りブルンガ島の中心にあって、南北を貫く大動脈だ。

 距離的には北の端がサッカー場までであるため、他の幹線道路より短いが、100円バスも往復している。バスは電動の自動運転車両で乗務員はいなかった。

 コーバンはメインストリートの西側(つまり現在山部たちがいる位置から見ると手前側)にあり役場や消防署、図書館などと並んで建っていた。外観はリゾート・ホテルのようで、けっこう立派な建物だった。

 コーバンの表玄関前に植えられているシアの木の陰に、フランス警察の中古なのか青と赤のストライプが入ったシトロエン2台と警視庁からの物と思われる白と黒に色分けされた電気自動車が、並べて駐車してあった。

 門の前に立つ警官は皆、左の腰に巨大なナイフを、右の腰に警棒(というより、棍棒に近い迫力がある)をぶら下げている。

 外見は不気味だが、日本人に敵対心を持ってはいないようで、山部たちを見て「コンネチハ」と笑いかけた。

 ルカ・ベンはそのタイミングを逃さず――、

「ここでちょっと待っててください」

と言って、警官に近寄り、土産物を手渡して話しかけた。

「ルカさんは警察の人にも顔が利くようですね」

 檜坂が山部に呟くと、ルカ・ベンに聞こえたのか――、

「同じサッカーチームのメンバーですし、私の家は隣の公務員宿舎ですよって、みんな顔見知りですねん。調査が早く片付いたらぜひウチに遊びに来てください」

 と言って警察署の隣りにある低層階マンションを指さした。

 ブルンガは、あまり治安が良くないと聞いていたが、この公務員宿舎は警察署の隣にあるので、比較的安全だろうと山部は思った。

「係の人が署内にいるようなので、鍵を借りて来ます」

 そう言うとルカ・ベンは、一人でコーバンの中に入って行った。

「コーバンは日本で言えば所轄並の規模と聞いていましたが、予想していたより大きいですね。屋根の上にはパラボラ・アンテナや、小型の電波塔まで立ってるようですし」

 檜坂が感心したように言った。

「人口が8000人の町ということもあるんだろうけど、ブルンガ島は本国から離れた海外県のようなものだから、これくらいの規模が必要なんだろうね。おそらく本国からの司令もここに届くんだよ」

山部が檜坂とコーバンの屋根にあるアンテナを指さして話していると、ルカ・ベンがアパートの鍵を借りて戻ってきた。 

「ああ、あのでかいパラボラ・アンテナでっか。あれは本国のテレビ放送を受信するためのものですわ」

「え、ここがテレビ局も兼ねてるんですか?」

 檜坂が驚くと、ルカ・ベンがその訳を説明した。

「アフリカで政変があったら、まず押さえられるんがテレビ局ですねん。ここは平和やけど、本国にならって警察署とテレビ局は同じ建物に入ってるんですわ。あのパラボラ・アンテナでブルンガ国営放送を3チャンネル分キャッチして、ブルンガ島全世帯にケーブルテレビを流してます」

「へえ~、するとテレビ放送は直接本国から衛星で送られて来るのかい?」

「いえ、衛星の放送受信範囲は限られてるんで、途中でドバイと上海の協力局を経由して、番組が送られて来るんですわ」

 山部は改めてブルンガと日本の距離を考えた。


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