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第7話、 京沖(けいちゅう)ホテル

7、 京沖けいちゅうホテル


 それはホテルというより、田園調布や芦屋に建つ豪邸という感じだった。

 シアの木の横に立つ質素な案内板がなければ、誰も宿泊施設だとは気づかないだろう。 

「ブルンガ島まで観光に来られる方はまだあまりおられないんですが、ウチの重役の方々や、政府関係者が来られた時の宿舎として、よく利用されているんですよ」

 富永が、色々と説明しながら呼び鈴を押すと、エレガントな黒いカットソーのセットアップを着た40代と思われる女性が玄関に出て来て――、

「よくいらっしゃいました。保険調査員の山部さんと檜坂さんですね。私、このホテルの支配人で間宮と申します。と言いましても、吉浦電気の社員なんですけどね。ホホホ」

 と、ハイテンションで山部たちを中に招いた。

 山部は以前訪れたことのある、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンのターミネーター・アトラクションで、サイバーダイン社のガイドをしている女性を思い出した。

「では、私はこれで。何かありましたら先ほどの管理事務所におりますので」

 富永はホテルの中には入らず、後を間宮に任せて立ち去った。

 山部たちが玄関を入るとすぐの場所に座り心地の良さそうな椅子の並んだロビーがあり、右側に開いた大きな窓からは秋咲きバラが美しいイングリッシュ・ガーデンが見えた。

「ホテルというより、会社の別荘みたいですね」

 檜坂が山部に言った。

「落ち着かれましたら、こちらのロビーで、お茶にいたしましょう。その前にお部屋をご案内いたしますので」

 間宮は山部と檜坂を二階に連れて行った。

 一階と比べると窓は小さいためか、二階の廊下は少し薄暗い。

 どの部屋もドアの左横に、高さ50センチほどの台座に据えられたインパラやヒヒといった動物の彫像が置かれ、それらが部屋の名称になっていた。山部にはコビトカバの間が、檜坂にはジャッカルの間がそれぞれ割り振られた。

 二階の間取りは廊下側にある小さな窓がらは本牧波止場と横浜、要するに日本の風景が見えてしまうものの。部屋の窓は島の中央に面していて、異国情緒あるブルンガの街並みを眺められるように工夫されている。

「普通の観光ホテルはたいてい部屋から海が見えるようになってるんですが、ここはテーマパークのホテルみたいになってるんですね」

 檜坂が感心したように言った。

 部屋はセミスィートルームタイプで結構広い。

 ベッドの他、書類整理のできる机も置かれていて、使い勝手も良さそうだった。

 一方ルカ・ベンはブルンガの公務員宿舎に住んでいるので、ここには泊まらないらしい。が、

「住民に配るお土産は、山部さんの部屋に置かせといて下さい」

 そう言って、コビトカバの間に複数のレジ袋を下ろすと、ロビーに降りて行った。

 他に泊り客は見当たらなかった。

 山部がコビトカバの間でバスルームやトイレの配置等を確認していると、小さな機械を手にした檜坂が入って来て、壁やら天井に向けてチェックし始めた。

「その機械は何?」

「簡易式の盗聴・盗撮発見機です。念のため調べています」

「なんだかスパイ映画みたいだね」

「異常なし。チェッカーは全く反応しないようです」

「それなら安心だね。こういう部屋だと、ゆっくり眠れそうだ」

「そうですね。ベッドも快適そうですし机もあってノートパソコンを使った書類整理もできそうです。ただインターネットは若干制限を受けそうです。ここは日本のWiFiが届きにくいと聞いています。この島にも独自のWiFiがあるようですが、プロバイダーがこちらの国のものなので少し勝手が違います」

「ところで、このホテルのコンセントは形状が違うんだけど」

 山部はシェーバーを充電しようとして、気がついたのだった。

「これはCタイプだから日本のものとは違いますね。電圧も220Vのようです。私のノートパソコンはプラグ変換できましたし、山部さんのシェーバーも、支配人さんに言ったら、変換器を貸してくれると思いますよ。たいていの電化製品はそれで使えます」

 山部は、なるほど。ここは外国なんだと改めて思った。

 山部たちが持ってきた荷物をそれぞれの部屋に置いて下に降りると、ロビーのテーブルには、お茶が用意がされていて、ルカ・ベンと間宮がすでに席に着いていた。

 それはティーバッグで入れたものではなく、本格的に茶筅で抹茶を泡立てたものだった。 

「けっこうなお手前で」

 どこで習ったのか、ルカ・ベンが茶の作法に従って湯呑を回し、日本人でも苦さを感じる茶を作法に従って美味しそうに飲んだ。

 東京のすぐ目の前にありながらも異国。そんな場所で、茶筅で立てた日本茶を飲むことに、山部は不思議な感動を覚えた。

 ロビーにあったテレビは日本の放送局の番組ではなく、ブルンガの放送局が制作したと思われる番組を流していた。日本で言えば時代劇のような作品らしく、山部から見ても服装が古風に感じられる。

 傲慢な西洋人が、誠実そうなブルンガ人の青年を足蹴にしているシーンが映し出されているが、おそらく最後は西洋人がこっぴどくやられる展開なのだろう。

「ほう、こちらではブルンガ国の番組が放送されているんですね」

 山部が感心したように言うと間宮は、「というより、この島にあるテレビは全てケーブルテレビで、そのケーブル局では日本の番組を直接流さないんですよ」と言った。

「アンテナを立てれば横浜から電波が届くんじゃないですか?」

 檜坂が当然の疑問を口にすると、それに対する答えは……、

「ブルンガと日本の取り決めで、それはできないようなんです」

 というものだった。

 何故だろう? 確かにここではNHKも受信料を徴収できないだろうが、元々海外向けの放送では受信料を徴収しないはずだ。また海外から東京に入る客船が日本のテレビを見てもそれを日本が問題にするとは思えない。となればブルンガ国の方が他国から入る文化を嫌がっていることになる。山部はそのように推測した。

 そういえば神奈川県警の牧丘・警視正がブルンガ島はネット環境が異なるのでスマホのアプリは動かず、翻訳機も使えないというようなことを言っていた。中国ではアメリカの検索エンジンが使えないようだが、ここでもそういうことが行われているんだろうか。

「そうそう、山部さんが希望しておられたブルンガ島の地図も用意しておりますよ」

 そう言いながら間宮がB4サイズのマップをテーブルの上に広げた。

 羽島局次長は、確か詳細な地図を用意すると言っていたはずだが『これが、ブルンガ島だ!』と書かれたそれは、イラストだらけの観光マップだった。

 だが地図には吉浦電気・ブルンガ工場の他、船上から見た遊園地や先程見たサッカースタジアム、さらには病院、コーバン(ブルンガ島の警察署)、消防署、教会、学校、マーケットまでがイラスト付きで載っている。

 ブルンガ島の内部はグー○ルマップで検索しても、ヤ○―マップで見ても工場のあたり以外は真っ白なので、建物の位置がよく分かるこのマップは、重宝しそうだった。

「ところで支配人、友久教授は、このホテルに泊まっておられなかったらしいですね」

 山部が★印のついた京沖ホテルを指さしながら尋ねた。                               

「支配人だなんて言わず、間宮と呼んでくださいな。ええ、先生は研究のためにブルンガ人のアパートを借りて住んでおられました。その場所は、ええっと」

 間宮が地図中にある京沖ホテルの位置より、かなり東側のブルンガ人街の辺りを探していると――、

「そのアパートは、確かこの辺りのはずですわ」

 間宮の答をルカ・ベンが受け継ぎ、地図上の一点を指した。

「手前にあるコーバンで鍵を保管してるはずです」

「コーバン? ああブルンガの警察ね」

「ブルンガ島役場が近々部屋の中の荷物を引き渡すために学者先生の所属先、東都大学と交渉を行ってる最中みたいなんですが、それまではコーバンが管理してます」

「なるほど分かりました。じゃあ教授の部屋を見せてもらえるなら今からでもすぐに行きたいんだけどね。なにせ滞在期間は、今日を入れても3日間。観光気分でいると、すぐに予定が過ぎてしまうからね」

「山部さんならそう言いはると思てました。既にコーバンとは話をつけてますんで、キーを貸してもらいに行きましょう」

 ルカ・ベンはそう言って立ち上がった。

 これまた手回しの良い話だ。

 やはり誰もが形式上の調査のみを期待していて、今回の件に深く詮索して欲しくは無いのということだろうと山部は推測した。

 京沖ホテルは日本式でチップは受け取らず、お茶もサービスだった。

山部は観光マップをポケットにしまい込むと、間宮に「夕方には戻ります」と言い残してホテルを出た。


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