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第5話、 ブルンガ島上陸へ

5、 ブルンガ島上陸へ   ( 10月15日 )


 東京からブルンガ島行きの連絡船は、毎日正午に羽田空港に隣接された特別埠頭から出ているということだった。

 距離的には本牧の方が近く、横浜税関の管轄でも良さそうなものだが、これは何年か前に成立した集中税関法(防疫上の観点から、小規模の空港や港での検査を廃止し中核都市の税関に集約する)に関係していると思われる。もっとも横浜は大都市なので、それ以外にも様々な事情があるのだろう。

 山部と檜坂は、羽田空港の国際線ロビーで合流予定のガイドを待った。

実は山部はこの朝、猫の相棒をペットホテルに預けるのに手間取り約束の時間に少し遅れたのだが、ブルンガ人のガイドはまだ来ていなかった。

「ガイドの人からは、少し遅れるという連絡が入っています」

 檜坂がそう伝えた。彼女の服装は一昨日のままだった。

「そのガイドの人だけど、どういう人なのかな? 外務省の人は、信頼しているみたいだけど、どこまで今回の目的を知ってるんだろう?」

「私は昨日、打ち合わせで外務省に呼ばれた際に会っているんですが、背が高い朗らかな人でした。伺ったところによると、ブルンガの日本大使館で、先の政権の頃から現地スタッフとして働いていたらしく、今回のことは全て話してあるそうです」

「つまり日本側の微妙な要請にも応えられる人物ってことか……」

「少なくとも羽島局次長は信頼しているようでした。のんびりした印象の方ですが、出身のハミ族だけでなくクマ族の人にも顔が利くので、けっこう頼りになるのだそうです」

「我々も信頼していいってことだな」 

 それから数分後――、

「えらいスンマセン。待たせてしもうて」 

 両手に紙袋を下げ、息を切らせて走ってきたのは身長1m90cmはあろうかと思われる長身の痩せたアフリカ系男性だった。

 驚いたことに、彼が話す日本語はコテコテの大阪弁だ。

「紹介します。こちらが今回私たちのガイドを務めてくださるブルンガ人のルカ・ベンさんです。彼は大阪の近西大学へ留学されていたので日本語が堪能でいらっしゃるんですよ」

「ハイ、私は日本語がペラペラです」

 そう言いながらルカ・ベンは荷物を降ろして汗を拭った。

 それにしても公の捜査ではないとはいえ、一応人が亡くなった件の調査をするのだ。遊びではない。なのにユニ○ロやダ○ソー、マツ○トキ○シなどの紙袋を、こんなに抱えて来るとは――、

 この男はいったいどういうつもりなんだろうと、山部は少し不快に思った。 

「あれは現地で聞き込みをする際に必要なものなんですよ」

山部の表情を読んで檜坂が耳打ちした。

「島にいる日本人には必要ありませんが、初めて会うブルンガ人に何かを尋ねたり頼みごとをする際には、その方に失礼のない範囲で謝礼の品を渡す慣習があるそうです。だからルカ・ベンさんには、あらかじめブルンガで人気のある日本の品々を買い揃えて来てもらったんですよ」

 その説明を聞いて山部は納得し、いきなり注意をしなくて良かったと思った。


 ブルンガ島は東京湾の中に浮かぶ人工島とはいえ、法的にはブルンガ共和国の飛び地として扱われる。そのためそこに行くには出国手続きが必要となる。

 山部たちが税関に申告したのはカメラやスマホ、ノートパソコンとUSB類、聞き込みのため友久教授の写真が数枚入ったクリアファイル、手持ちの薬品(山部は血圧降下剤、檜坂は数種類の目薬)といったところだが、ルカ・ベンが提示した品物は大量の日用品や便利グッズ、化粧品、文房具などだった。これらは外国に持ち帰る土産にしてはチープで数が多い。

 そのため、税関職員は一瞬怪訝そうな顔をしたが、檜坂が捜査に差し障りのない範囲で説明すると納得したように頷いて、テキパキと作業を終え、埠頭に向かう通路を指し示した。

 山部たちはいったん建物を出て、空港職員が行き来する滑走路脇の道路を沖合に向かって10分ほど歩き、そこから工事現場にあるようなスケルトンタイプのエレベーターを使って特別埠頭に降りた。

 埠頭には、既にブルンガ島で暮らす8000人余の食料や生活物資を乗せた小型貨客船が停泊しており、島で働く邦人の交代要員と思われる数名の日本人、それと観光から戻ったのか、ボストンバッグを抱えた20人ほどのブルンガ人が乗船する所だった。

「おや、女性とは珍しい」

 檜坂を見てそう笑いかけたのは、30代で茶髪のショートボブにピアスをした男だった。よく日焼けしていてサーファーにも見えるが、それにしては撫肩で肉付きは悪く、下腹がポッコリと出ているという、アンバランスな体型だ。

 着込んでいるブルゾンなどのアウター類は、ファッションに疎い山部ですら知っている有名ブランド品で、腕時計も高級品だ。こうした嗜好は山部の経験によれば結婚詐欺や投資詐欺犯人によく見られるタイプの人間だった。

「どのような要件で島に渡られるのか、言い当てましょうか」

 男は推理小説の探偵のように指2本を揃えて眉の辺りに付け、真剣な眼差しで檜坂を見つめた後で「分かった。スナック・ブルンガに新しく入るアルバイトの方でしょう?」と笑顔で言った。

「いいえ違います。私たちは企業関係の人間です」

「待って待って。企業関係? すると吉浦電気の事務員さんかな? それとも会計士の方か。まさか桑山造船の波力発電施設の補修要因ってことはないよね」

 男は食い下がったが、檜坂はあまり話をしたくないようだった。

「さあ、どうでしょうか」

 檜坂はわざとらしくニッコリと笑うと、興味無さげに視線をそらして話を打ち切った。

「あああ、失礼しました。私は日本ブルンガ友好協会のNGOハミクマ理事・日浦と申します。島には1年近く住んでいます。困ったことがあったら何でもお尋ね下さい。私はほとんど毎晩日本人街のスナック・ブルンガにいますので」

日浦は檜坂の頭越しに山部とルカ・ベンにも頭を下げ、檜坂の手に自分の名刺を握らせた。

「それでは、また現地で」

そう言うと日浦は、NGOの仲間と共に、船から下ろされている簡易タラップを、慣れた足取りで登って行った。

他の乗客を挟んで山部たちも船に乗り込む。

小型貨客船のタラップは安作りで、歩く度にギシギシと揺れる。山部も気を付けなければ思った矢先に、檜坂が足を引っ掛けた。

「おっとっとっと」

 慌てて山部が後ろから抱きかかえた。

 檜坂が申し訳なさそうに頭を下げた。

「すみません。こういう船は初めてで」

「いや、いいんだ」

 山部は気にするなとばかりに手を振った。


 中に入ると船室は結構広くて綺麗だったが、乗客は先に見かけた人たちだけで、殆ど空席のようだ。

 すべて自由席らしいので、山部たちは後方窓際に並んで座った。

 前方に座っている日浦とはまだ話すタイミングではないと思われたが、島の事情には詳しそうなので、いずれ聞き取りをしないといけないだろう。

 貨客船は『長声一発』ブォーっと汽笛を鳴らすと、見慣れた東京湾の風景の中をゆっくりと滑り出した。

 山部は、まるで湾内を周回する観光船にでも乗っているかのような錯覚に陥った。

 気を引き締める為に船内の自販機でミルク入のコーヒー缶を買おうとすると、そこにはTax Free・100YEN と書かれていた。90年代に100円で販売されていた銘柄が、デフレの影響なのか今も同じ値段だ。しかもここでは15%の消費税がかからない。

 そのことに新鮮な驚きを覚えながら、山部は檜坂とルカ・ベンのコーヒーも一緒に買い、それを手に、彼らの元に戻った。

 そういえば今回通訳件案内をしてくれるルカ・ベンという男とはまだあまり話してはいなかった。僅か50分程の船旅だが、何か興味深いことでも聞けるかもしれない。

 山部はコーヒーを差し出しながら、おもむろに尋ねてみることにした。

「ええっと、ルカ・ベンさんだっけ」

「ルカと呼んで下さい」

 ルカ・ベンは手荷物の紙袋から商品を取り出し、ポケットから取り出した大きめのポリ袋に詰め替えながら言った。

「ブルンガでは紙袋が嫌がられますので」

「ああそう。ではルカ、君は今回調査する友久教授のことは以前から知ってたの?」

「そうですね。あまり詳しくは知らへんのですが、教授はひとりでブルンガ人の地区に住んではりました。他の日本人はみんな固まって日本人地区に住んではりますんで、そういう意味では、ブルンガ人の間で有名でした。何か、ブルンガに関する歴史とか文化の研究をしてはったようで……」

「友久教授は東都大学の文化人類学者でしたね。島に住み込んで研究をしておられたとかお聞きしています」

 檜坂がメモを読みながら言った。

「ということは、かなりブルンガの人と接する機会があったわけだね。誰かとトラブルが起きていたなんて話を聞いてない?」

「いやあ、教授とは直に会ったことがないんで分かりませんけど、それは無いんとちゃいますかね……」

 ルカ・ベンは、少し考えた後で否定した。

「日本人全体がブルンガの人から嫌われているということは?」

「それもないですね。トウキョウ島……やなくて、ブルンガ島は、私たちが自治してます。島の運営に関しては、口出しする日本人もいてませんし」

 そうこう話しているうち、船室の窓にブルンガ島が見えて来た。

 山部は本牧埠頭から見た島のイメージから、側面は10m以上の高さのある無機質な壁がそそり立つイメージを持っていたが、貨客船の窓から目にした光景はそういう壁ではなく、意外なものだった。

それは、島から少しせり出す形で、レールの上をグルグル回る、通称マウスと呼ばれるミニ・ローラーコースターだった。 

「えっ、島にはアミューズメント・パークもあるんですか?」

 檜坂が驚いたように叫んだ。

「あれは、島に住んでる人らのための、リクレーション施設です。もちろんこの船で日本に上陸したらディズニーランドや、いろんな観光地に行けるんやけど、それにはビザやら色々手続きも要りますんで、手軽なレジャースポットが必要なんですわ。浮島の上なんであんまり大きなもんは無いんですけど、ミニコースターの他にも、メリーゴーランドや回転ブランコとかフライング・カーペットなんかがあります」

「そんなにあるんですか。すごいですね!」

「みんな廃園になった遊園地から譲ってもろうたもんです。他にもビックリされるような大きな施設がありますんで、機会があったら行ってみましょう」

「それは楽しみです」 

 檜坂がウキウキしたムードになっているので、山部は「あのね、観光に行くんじゃないからね」と、自分自身にも言い聞かせるようにして言った。

 貨客船は大きく右に旋回し、島の側面に貼り付くように設営されている島と同じ長さがある桟橋に接岸した。

 ここから見るブルンガ島は、あまりの巨大さに浮き島というより地方港の埠頭に見える。



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