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第4話  ブルンガ共和国大使館

4、 ブルンガ共和国大使館 ( 10月13日 )


 山部が指示された通り、秋葉原駅昭和通り口で降りると、そこに檜坂ひのきざか巡査部長が待っていた。

「ああ山部さん、ありがとうございます」

 檜坂は山部にペコリとお辞儀をして謝意を述べた。

 檜坂の姿は制服とは違っており、チャコールグレーで膝丈までのフレアスカート・スーツ。ストッキングは履かず靴下のみ。それは1m70cm近いボーイッシュな彼女によく似合っていたが、下に置いているスポーツバッグはかなり大きく、少しアンバランスな印象も受けた。

 山部は昨日の会議で、彼女が25歳と聞いていたが、もし胸にエンブレムでもついていればバレーボールか何かの対抗戦に赴く大学生に見えるなと思った。

「ブルンガ島で使う名刺ができております」

 彼女はそう言って、ありそうで無さそうな、保険調査専門の会社名と山部の名が入った名刺を差し出した。

「Jライフ海上保険・リサーチ課・山部邦夫?」

 日本の保険会社は、近年統合が進み、専門の調査員まで派遣する大手は限られている。こんな架空の保険会社名など調べればすぐに存在していないことが分かるだろう。

「大丈夫なのか?」

 山部が問うと檜坂は、「その点は大丈夫です」とあっさり答えた。

 要するに、この名刺を受取る者は皆、詮索の必要なしというお達しを受けているという訳だ。これだけでも今回の調査がいかに形式的なものかが伺える。

それで山部は「なるほど檀家回り(協力者を訪ねて情報を得るという隠語)をしろということか……」と一人納得した。

「では行きましょうか」

 彼女が置いていたスポーツバッグを肩に担ごうと持ち上げた瞬間、後ろでスカートがまくり上がり、お尻が見えた。

「ちょっと、いいかね。その、スカートがめくれているが……」

「あ、どうも」

 檜坂は少し顔を赤らめて裾を戻した。どうやら彼女は年頃の女性では珍しく服装には無頓着な性格らしかった。

「ずいぶん荷物を抱えているようだけど、まさか予定が変わって、今日の内に島に渡ることになったなんて言うんじゃないだろうね。私はまだ猫の相棒を家に残しているんだが」

「いえ、今日のところはブルンガ大使館に寄ってビザを取得するだけで出発は明後日となっています。私は習いものの合気道をやってるんですが、しばらく本部道場にも顔を出せなくなるのでこの後、少し汗を流そうと思って道着を持ってきたんです」

 そう言って笑った。荷物は大型ロッカーに空きがなかったために担いで行くのだと言う。

 それにしても、ブルンガ大使館はずいぶん庶民的な町にあるようだ。

 山部はあまり各国の大使館回りはしたことがないが、こういった重要施設は、たいてい皇居近くの番町とか、赤坂や三田にあるものと思っていた。

「大使館はここから近いの?」

「目と鼻の先です」

 彼女は軽々とバッグを担いだまま、山部を案内して昭和通り沿いを進み始めた。

 町並みは山部が地取捜査をしていた平成の頃と殆ど変わらない。上海やドバイのように急速な発展を続ける都市と比べれば、東京の時間の流れはゆっくりしているようだ。

 そんなことを思いながら歩いていると、檜坂が年季の入った雑居ビルの前に立ち止まって「山部さん、こちらです」と言った。

 そこはビルの案内板によると1階がカフェで2階から5階までがレンタルオフィスになっていた。

 大使館があるという3階でエレベーターを降りると、廊下を挟んで同人誌向けの印刷会社やら金融会社の看板などが、所狭しと並んでおり、奥の方に『ブルンガ大使館』と書かれた表札が見えた。

「ここがそうなの?」

「そのようです」

 檜坂は躊躇せず扉を開け、中に入った。

 不思議なことに受付に座っていたのは、国旗の入った名札から、ベトナム人と思しき女性で、アフリカ人の姿は観光用に展示してある写真の中だけにしか見当たらなかった。

「イラッシャイマセ。お伺いします」

 日本語がたどたどしい女性が、入ってきた山部たちに向かって、無表情に言った。

「予想してたより、こぢんまりした大使館だね。この人、一人しかいないの?」

 山部が檜坂に耳打ちすると、彼女は「10年ほど前に民族紛争が起きる前までは、クマ族出身の大使が東京に常駐して東アジア全体をカバーしていたそうですが、現在のハミ族の大使は北京に常駐し、日本や韓国の大使も兼ねているそうです。ですからここは彼女だけのようです」と説明した。

「なるほど。業務委託のようなものか……」 

 山部は納得した。

 檜坂がブルンガ島に渡るビザを求めると、ベトナム女性は抑揚のない日本語で事務的に聞いてきた。

「トウキョウ島に渡られル ですね」

「トウキョウ島?」

「我々はブルンガ島と呼んでいますが、彼らはトウキョウ島と呼んでいます」

 檜坂が補足説明をした。

「カンコー(観光)ですか? おシ事ですか?」

 山部は仕事で3日間の短期滞在と答えた。

「一人、10ドルです」

 ベトナム女性は、ビジネス内容を聞くこともなく、ビザを簡単に発行した。

「私はビザなしの国には観光で行ったことがあるが、ビザって即日に出るものなの?」

 大使館の帰り道で山部が尋ねると――、

「ブルンガ島へのビザは形式的なものなので、いつもこんな感じなんだそうです」

「アフリカだとビザのいる国は多いのかい?」

「むしろ私の知る限り免除される国の方が少なくて、チュニジア、モーリシャスのみかと。後はMRPかIC旅券を持っている場合に限りレソトで免除される程度です。ナイジェリアに行った時はビザが必要だったんですが、申請してからだいぶ待たされました」

 と言い、エクボを見せて笑った。

 山部は彼女が大学生時代アフリカへの留学経験が有ると、神奈川県警の牧丘警視正が言っていたことを思い出した。

 卒業後この仕事につき、3年で巡査部長だとすると、ずいぶん昇進が早いようだ。あちこちに飛ばされる理由で女性にはあまり人気のない準キャリア組だろうと推測した。

「君は、なかなかの頑張り屋さんだね」

 少なくとも彼女なら足手まといにはなるまいと一人納得した。

  


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