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第27話 ブルーダイタの秘密  

   27、ブルーダイヤの秘密


「しかし君たちもまた、タイミングよく現れてくれたね」

 山部はそう言いつつも、できればもう少しだけ早く現れてくれたら、あれほどの恐怖を味合わなくても済んだのに……とも思った。

「河野さんに私たちの危機を伝えると、すぐに外務省が動いてくれるから、くれぐれも早まらず、少し時間を置いて様子を見に行って欲しいと言われました。それで管理事務所を遠巻きに探っていると、ブルンガ警察とは明らかに違うカーキ色の制服を着た集団が駆けつけ、警察官との間で乱闘が始まりましたので」

「羽島局次長はハミ族のルカ・ベンを使う一方でクマ族の民兵組織とも通じていたのか……」

 山部はうなった。

 推測だが外務省が山部らの派遣を要請した真の目的は、友久教授の死によるものではなく、モカンゼを殺害した組織の全容を探るためだったのではないだろうか。

「もしかしたら羽島局次長は、友久教授の死がBDGSE(ブルンガ秘密警察)の手によるものと、薄々感じていたのかもしれませんね」

 檜坂が言った。

 それでも、おそらくルカ・ベンが中心人物だったとまでは知らなかった(あるいは知ろうとしなかった)のだろう。

 当然、横浜金沢区の能見台や世田谷の千歳烏山で起きた三浦夫婦の殺害が、ルカ・ベン率いるブルンガ秘密警察の手によるものとは思ってもいなかったはずだ。

その意味で自分たちが信頼していたルカ・ベンが連続殺人の黒幕だったと知った時は衝撃だったろう。

 ただ、ハミ族であるルカ・ベンに対して、自分たち(外務省)がクマ族の民兵とも繋がっていると言っていなかったことは、後から考えれば正解だった。そこは冷徹なまでの慎重さだった。

「食えない野郎だ……」

 山部は呟いた。


 管理事務所から出ると既に戦闘は終わっていて、付近はカーキ色のシャツにオレンジの腕章を巻いたクマ族の民兵や、KLM (航空会社の名前ではなく、おそらくはKuna Lives Matterの意味だろう)とかJLMと書かれたTシャツを着たクマ族住民によって、制圧されており、抵抗を諦めたブルンガ警察とハミ族の民兵は(どちらもベージュのシャツ着用)ブルンガナイフを地面に置いて両手を上げていた。

「穏便に終わらせるはずの調査が大変な事になってしまいましたね。私たちやりすぎたんでしょうか」

 檜坂が不安そうに言った。

 そういう檜坂の手には、まだ拳銃が握られている。

「そうだねえ。でも仕方ないよ。我々だって騒動を起こそうとして調査していたわけじゃない。ルカ・ベンが黒幕だったということに羽島局次長も知らなかったわけだろう?」

「そうであって欲しいですね。ルカさんが秘密警察を操っていると知っていて、私たちの案内役にしたのだとすれば酷すぎます」

「そうだね。生き馬の目を抜くような外交の世界とは言え、日本はそこまでしないだろう。それとね、その拳銃は危ないからもう仕舞いなさい。ほら群衆が殺気立ってるんで、そういうのを持ってると却って危ないと思うんだ」

 檜坂が振り返ると、いまや管理事務所周辺は様子を見に集まったブルンガ人と遠巻きに見つめる日本人群衆で埋め尽くされていた。

 檜坂は慌てて拳銃をスタジャンのポケットに仕舞い込んだ。


 あちこちでケンカを始めそうな人々をなだめていたのは、先程までブルンガの秘密警察と戦闘をしていたムンバとクマ族の民兵たちだった。

 クマ族の民兵にまじって、巨漢の修道士・ウン・ボロゥも争いを止めている様子が見えた。

 ウン・ボロゥは、降伏したハミ族の民兵たちに対し、なおも制裁を加えようとした住民を、かなり強硬な手段で引き離していた。

 今後はクマ族を中心とした勢力がブルンガ島の治安を担って行くことになるのだろう。

 それにしても外務省や西側諸国は本気でこの島にクマ王国の亡命政権でも作る工作をしていたのだろうか?

 山部には、CIAなど他の国の工作機関はそうかもしれないが、少なくとも外務省や羽島局次長の考え方は少し違う気がした。

 友久教授がファイルの中で『日本のブルンガに対する接し方は、イランに対するスタンスに似ている』と書いていたように、アメリカやフランスとある程度歩調を合わせながらも独自の路線を貫いていたように思えた。

 要するに日本は、たとえブルンガ本国で失った権益が戻らなくともこのブルンガ島では何も起こらないで欲しいと願っていたのではなかろうか。

 いずれにせよこんな騒動が起こったとなれば、ブルンガ共和国と日本の間で一悶着ありそうだが、そこは百戦錬磨の羽島たちがなんとかするだろう。

 ただその前に、警視庁や日本政府もマスコミ対応に追われる事になるはずだ。そして当然、山部自身も追い回される事になる……。

 いつの間にか島の周りを低空で旋回している新聞社のヘリを見上げて山場は思った。

 どうやら一連の事件が、マスコミにバレたようだ。秘密警察が行っていたジャミングが停止されたことで、島に住む日本人によって、いっせいにこの騒動がツィートされたのだろう。

「くわばら、くわばら」

 山部はブルッと震えて首をすくめた。


「山部さん、神奈川県警の船が桟橋まで迎えに来ていますが……」

 富永が山部たちを呼びに来てくれた。

「本当は、あの秘密の釣り場でスズキを釣って帰りたかったんだが」

「それは、また別の機会にして下さい。早くしないと島を出た途端、マスコミの船に囲まれます。写真に写りたいなら別ですが」

 檜坂が急かすように言った。

「そうだね。写真は苦手だから今日のところは引き上げるか。あ、檜坂君もタラップに気をつけてね」

 山部は少し名残惜しそうにブルンガ島を振り返りつつ、檜坂の後から船に乗り込んだ。

 直後に――、

〈山部さん、この度は本当にご苦労様でした〉

 と、森倉警視監から檜坂のスマホに電話があった。


「大変な事件でしたけど、結局ダイヤの行方は分からなかったんですね」

 窓の外を並走する新聞社のチャーター船を目で追いながら檜坂が呟いた。

「いやいやダイヤなら君も目の前で見たはずだよ。友久教授と一緒に写っていたモカンゼの娘は眼帯を付けていたが、元フランス軍の傭兵にして、近衛准将のロランが守っていたアミラさんは眼帯を付けてなくて、カラーコンタクトをしていたじゃない」

「あ、あれが! それをアミラさんと同じ学校で先生をしていた、ルカ・ベンが必死で探していたなんて。灯台下暗しとはこの事ですね」

「カラーコンタクトを付けていても中心部分は透明だ。彼女の場合そこから覗く瞳孔の色が片方だけ違っていた。人間の瞳の色は様々だが、正常な眼球なら瞳孔だけは黒い。アミラさんの瞳孔は青かったろう? ケセラセラでも『大切なものは隠そう』とか歌ってたじゃないか」

「アミラさんも過酷な運命を背負って生きてるんですね。彼女はたぶん小学校の教師として子供たちに囲まれて平和に暮らしたいだけなんだと思いますけどね。その仕事も、一緒に暮らしていたロランさんから反対されていたんでしょ」

「それは大丈夫だと思うよ。彼はおそらくアミラが教師として働いている同じ学校にルカがいるから、辞めさせたかっただけじゃないかな。だってルカが必死で探しているダイヤがすぐ目の前にあるんじゃ心配でしょうがないだろう」

「あ、そうか。そうですよね」

 ふいに檜坂が「山部さんはこの後、どうされるんですか?」と、尋ねた。

「そうだねえ……、実は知り合いから某アパレルメーカーの総務課に来ないかと誘われてるんで、その仕事を受けようかと思うんだ」

 自分でもその積極さに驚きつつ、山部はそう答えた。

「そうですか。それじゃあ私も何かできる事を見つけなくっちゃ」

 そう言った檜坂は寂しげだった。

「どうして? 目が良くない事を気にしているんなら、これからはips細胞による治療がどんどん進化するだろうし、しっかり目薬でケアしていれば、遠からず再生医療の保険適用だってされると思うよ」

「知ってらっしゃったんですか」

「うん。君はまるで今回の担当が最後のように、すごくがんばっていたよね。情報収集とかも優秀だった。本当に警察に欠かせない人材だと思うよ。だからこれからも警察官として、女性が住みやすい優しい日本を作っていってください」

 檜坂の表情がパッと明るくなったように見えた。

「ありがとうございます。山部さんもがんばってくださいね」

「ありがとう。まあ、頑張ってみるよ。でもその前に、ペットホテルに預けている相棒を迎えに行かなくちゃ」


 混乱を極めたブルンガ島は、わずか一週間で平静を取り戻したようだ。

 新聞によると、この騒動で優位にたったクマ族側も共和国の秘密警察を島内から完全排除することを条件に停戦に合意したとある。おそらく日本政府と外務省の羽島・中東アフリカ局次長らの努力、さらには警視庁の全面支援の元でハミ、クマ両民族によるブルンガ警察の再建が簡易的に行われたのだろう。

 日本は、ブルンガ島の騒動が民族紛争として国連の安全保障会議に取り上げられることを避けたかったはずだ。なぜなら安保理でこうした問題が取り上げられると、アメリカや英仏と中国・ロシアの利権対立で拒否権の応酬合戦になる事が火を見るより明らかだからだ。

 ブルンガ島の混乱が長期化すれば現地吉浦電気工場のみならず、波力発電所からの電力供給も滞り、はては治安の乱れが続くことで東京にまで影響が出る恐れがある。日本政府はそれを恐れたのだろう。

 アメリカを始めとする国々の当初の思惑は、この島に旧ブルンガ王国の臨時政府を作り、ここから本国への影響力を行使して利権の奪還を図りたかったようだが、山部が関係者から伝え聞いた話では要となるはずのアミラが、頑なに王位継承を辞退したために、臨時政府計画は頓挫したらしい。

 アミラは王女として政争に巻き込まれるより初等科の先生として子どもたちに物語を読んだり、ピアノを聴かせる道を選んだのだ。


 週刊誌によれば、ブルンガ共和国政府は当初この騒動に激怒し、旧政府軍による反乱として島に正規軍を送る計画を立てていたが、日本側の説得と国家経済を揺るがすほどの多額の出費が必要という計算をして出兵を断念したようだ。その結果、この騒動は日本人殺害に伴う一連の混乱として片付けられた。


 山部自身は東証二部上場アパレル会社の総務部に嘱託として勤務するかたわら、森倉の勧めもあって、大学で犯罪学の講師も務めることになった。それまではどうしても新しい世界に踏み込むことに対して消極的であった山部だが、ブルンガ島での危機を乗り切ったことで、今ではどんな困難が待ち受けていようが、乗り切れるという自信がついた。


 12月に入り、本牧の魚釣公園でイワシとコノシロが大発生していると聞いた山部は早速釣りに出かけたが、すでに波止場は釣客でいっぱいで、かろうじて顔見知りの横田の隣に割り込ませてもらうしかなかった。

 ただ、久しぶりに再会した横田は釣りそっちのけで、あの日、山部たちが大規模な海上捜査に遭遇した、ブルンガ島における友久教授・殺害事件についての話題を、大衆誌やテレビで見聞きした情報を元に、創作を交えて熱心に語るのには閉口した。

 なんでも山部と同性の強面、巨漢の元刑事が、各県警より派遣された選りすぐりの美人婦警・数人を引き連れて島に上陸し、現地の警察と共に、凶悪なブルンガ・マフィアを相手にジェームス・ボンドよろしく派手な撃ち合いをして、事件を解決したらしい。

 山部としては、のんびり釣りに興じたかったのに、あまりうるさいので「ああ、あれは僕です」と言ってみたところ、咳き込むほど笑われたので、面倒くさくなって勝手にしゃべらせておいた。

 横田がうるさくてイワシやコノシロ釣りに集中できないのは残念だが、以前のように、こうした小魚を、熱心に狙わなくても良くなったのはありがたい。

 なにしろ友久教授の事件以降、顔見知りができたため、山部はたびたび観光客として、ブルンガ島を訪れるようになっていたのだ。そこでは高本波力発電所長の許可をもらって秘密の釣り場に入れてもらうことができ、大物を簡単に狙えるようになっていた。

 そして先日、ついに念願の70cm級のスズキを、続けざまに3匹も釣り上げていた。

 余談だがその際、宿泊した京沖ホテルでは日本からの番組が視聴できるようになったことを確認した。

 吉浦電気・管理部長の富永とも茶飲み友だちになった。その雑談の中で、ルカ・ベンの死を本国では治安維持活動に尽力した結果の殉職と捉え、L’Ordre national du Mérite(国家功労勲章)を死亡叙勲させたという話を聞いた。


 そのルカ・ベンは今、彼が務めていた『トウキョウ・初等・中等科学校』の地下にあるカタコンベに眠っているそうだ。


 なお、檜坂は神奈川警察に残り、今回の功績もあって近々警部補に昇進するという。


  

                 ( 完 )


お気軽に感想でも頂ければ幸いです。

最終話お読み頂きありがとうございました。

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