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第26話 対決  

    26、対決


 吉浦電気・管理事務所の前には、シトロエンとクラウンのパトカーが2台揃って止まっていて、その前に大きなブルンガ・ナイフを構えた警察官数名が見張っていた。

 なんとも厳重な警戒ぶりだ。ブルンガ警察がこの調子では、丸く収めるのは容易ではない。仮に富永を開放したとしても次は間宮が人質になるだろう。

 その上この島には、さらに70名以上の日本人が住んでいるのだ。山部としては、彼らを危険に晒すことは絶対にできなかった。

 ペットホテルに残してきた相棒が気がかりだったが、山部は意を決して両手を上げ、正面から堂々と入ることにした。


 ブルンガの警察官は、以前のようにフレンドリーとは言いがたかった。

 山部が武器を隠し持っていないことを乱暴に確認すると、背後からナイフを突き付けて管理事務所の中に通した。

 意外なことに人質であるはずの富永は、ルカ・ベンとテーブルを交えて日本茶を飲んでいた。

 だからといって、富永がルカ・ベンと通じているわけではないだろう。おそらく、興奮状態にあるルカ・ベンの気を沈めるために、茶をふるまったものと思われる。そのあたりはさすがにブルンガ人と共に仕事をしている管理部長だけのことはある。老練だ。

「山部さん、戻って来てくれはりましたか。残念ながら、おひとりだけみたいですが、まあ教授のファイルが入ったUSBを持ってはる檜坂さんは、部下に引き続き捜索させることにしましょう」

 そう言いながらルカ・ベンは、テーブルの空いた椅子に山部を誘った。

「前々から不思議に思ってたんだが、どうやらルカ、君がこの島の真の責任者らしいね。だったら私が戻った以上、富永さんは開放してくれるね」

「もちろんですよ。富永さんは我が国の経済にとっても大事な方ですから。まあ騒動が収まるまでは、自宅にいてもらいますけどね」

 ルカ・ベンは手で近くにいた警察官に手で合図し、富永を連れて行かせた。

「人払いをしたところで山部さん、ダイヤの行方について知ってることを話してくれはるんでしょうね」

「知らんと言っても納得しないだろうから、私が掴んだ情報からの推測でも言おうかね」

「そらあ、ありがたいです」

「お茶、もらっていい?」

「どうぞ」

 山部は自分を落ち着かせるために、ポットからお茶を注いで飲んだ。

「さて例のモカンゼは、第七王子ということで、継承順位がかなり低かった。しかも隠し子だったそうで、とても王族とは思えない暮らしをしていたようだね。ホームスティしていた友久教授も、モカンゼが王族であったことはかなり後になってから知ったそうだよ」

「それはこっちの情報でも事実やと確認してることです」

「もちろんモカンゼは普通の人よりは裕福だったかもしれないが、教授も気づかなかったということは侍従もいなかったんだろうね」

 山部の推測にルカ・ベンが頷いた。

「そんな立場の人間だったのが、上の兄弟が次々に殺害されることにより、なんと次期王候補にまで成ってしまった。おそらく、この時、王家を支える側近や軍属たちが国の秘宝で王位継承の証であるダイヤを持ち出して彼に近づいたんだと思うね」

「共和国軍が王宮を捜索した時には宝物庫は既に、もぬけの殻やったそうですわ」

「だが、モカンゼが国を出た時は、彼に付き従う侍従たちはいなかったらしい。彼の護衛をしていたのは、フランス情報機関とプロの傭兵集団だったそうだ。これも友久教授の日記に書いてあった」

「そのへんも、だいたい事実だと分かってます」

 どうやらルカ・ベンは山部の推論をある程度信じてくれたようだった。

「でもそうなると、おかしいんだよね。だってその時彼を護衛していたのは、本来王家を支えていた忠実なブルンガ人じゃなくて、外国人が中心のプロの傭兵だろ」

「でしょうな。しかしそれが何でおかしいんです?」

「モカンゼは貧しくはなかったかもしれないが、プロの傭兵を雇えるほど裕福であったとも思えない。だとすると、彼の自由へのパスポートは何と引き換えたんだろうかね。プロの傭兵集団を動かすのは莫大な金がいるんじゃないか? 例えば以前自動車会社の元会長が非合法で日本から脱出した時、傭兵に支払った額は約10億と言われているが、現金を持っていなかったモカンゼは、命と引き換えにやつらにダイヤを売り渡したんじゃないのか?」

「mjinga!(バカな!)傭兵を雇ったのはフランスかもしれんやないですか」 

「だが、君たちはモカンゼ周辺のどこを探してもダイヤを見つけられなかったんだろう? もしプロの傭兵集団に金を払ったのが彼を亡命させたい国で、モカンゼがダイヤを持ち続けていたとしても、フランスは奪われる恐れのあるダイヤを彼に持たせたまま、この島に移送させたと思うかい? 背後にいると思われるCIAは?」

 ルカ・ベンは、しばらく巌しい形相で山部を睨みつけていたが、やがてフっと息を吐き、

「そらあ、そうかもしれん……」と呟いた。

「いずれにしてもモカンゼは死んだ。彼と一緒に逃げた家族も既にいない。そうなれば、もうクマ族が担ぐ王位継承者もいないと見ていいんじゃないか?」

 山部はルカ・ベンがアミラの存在を掴んでいるか探ってみた。

「確かにモカンゼの周辺には、誰もおらんかったようです……」

「ならばもうダイヤの行方を気にしなくてもいいじゃないか? というところで我々を返してもらえると助かるんだがね。ブルンガと日本の友好関係を損ねないためにも」

 山部の少し都合の良い提案に、苦悶の表情を浮かべて考えていたルカ・ベンは――、

「それでも我々はダイヤがどこに消えたんか、確かめなアカンのです。仮に今フランスの手にあっても、傭兵が持ってようと、どっかにピラトの血縁者が残ってたら、いや極端な話、それが成りすましの詐欺師やったとしても、ダイヤさえあれば、それを証拠に傀儡政権が作られる可能性かてあるやないですか。それと残念やけど、そんだけ知ってしもうた山部さんには、やっぱり事故で死んでもらわんと、あきませんわ」

 と、絞り出すように答えた。

「残念だよ。ルカ、君は学校で君たちの指導者・ブタカ大統領の話をしてくれた。彼は『民を強硬に統治しても面従腹背を招くだけだ』とか『恐れによって保たれる治安などヤギ一頭の値打ちも無い』と説いたんじゃなかったか? だが今の君たちが今やってることは何だ? 恐怖政治そのものじゃないか。だったら、君たちが嫌うクマ王国とどう違うんだね」

 山部は、これでルカ・ベンの気持ちが代わってくれたらと期待したが、それは無理だった。

 ルカ・べンはひと息整えると、落ち着いた声で答えた。

「ブタカの唱えることは理想ですわ。せやけど現実は簡単やありまへん。ブタカの理想である大きな正義を成し遂げるために私らは、忖度して汚れ仕事をやらなあかんのです。要するに、テロの危険があると思われる場合は、予め排除する。そうすることで平和を守るいうのは、ブルンガだけやのうて、世界中でやってることやないですか?」  

「我々は君らのように乱暴なやり方はしない!」 

 山部は断固として否定した。しかし……、

「五十歩百歩。目くそ鼻くそを笑う。日本には良いことわざがありますな」

 ルカ・ベンは聞く耳を持たないようだった。

 相手がその気ならば仕方がない。山部は心の中で『智美、どうやら僕もすぐそっちに行きそうだよ』と呟きつつ、例え殺されるにしても簡単にはやられまいと決意した。山部は、パイプ椅子を手に持ち、身構えた。

 だがルカ・ベンは、「ua!(殺れ!)」と言って山部から離れ、代わりに屈強な警察官二人をけしかけた。

「なんだ、ルカは戦う気がないのか? 戦わないゴールキーパーというわけか」

 挑発してみたが、ルカ・ベンは素知らぬ顔で肩をすくめて両手を広げた。どうやら自分で戦う気など、さらさら無いらしい。

 警察官たちは、どちらも棍棒を手にしている。

 武器が銃やブルンガナイフでないのは、殺戮後のことを考えてのことだろう。

 ルカ・ベンたちは友久教授のように山部と、檜坂を事故に見せかけて幕引きを図る気なのだ。しかし、そんな手が二度も通じるわけがない。

 いかに外務省が穏便に片付けたくても、友久教授に続いて元警察感と現職の警察官が二人も亡くなったとなれば、警視庁だって黙っていないだろう。ならばここは派手に暴れるだけ暴れて、とても『事故でした』とは言えない状況にしてやろう。

そう思ってフッと笑うと警察官たちの足が止まった。

 よく見ると、それは先ほど山部や檜坂に、合気道や柔道技で投げられた連中だった。あの時の苦い記憶から、山部の内心絶望的な笑いを勘違いして、自信ありげな笑いと見たのかも知れない。

となると、無闇やたらに突っ込んで来たりしないだろう。ここで時間を稼げば檜坂の連絡を受けた森倉警視監や河野たちが動いてくれるかも知れない。

 そこで山部は、自分が柔道の達人であるかのごとく、ハッタリをかけることにした。

相手は外国人だから、適当なものでいいだろう。

 山部は足でドスンと床を踏み鳴らし、自分でも驚くような大声で気合を入れた。

「クォ~、チェイスト~ォ!」

 実はこれは鹿児島出身の高見沢元警部が、剣道の練習時に発する気合だった。

 その声が効いたのか、身構えていたブルンガ人警察官たちは、ビクリとなって一歩下がった。

 どうやらいけそうだ。山部は少しだけ余裕ができた。

 山部は上段に構えたり下段に構えたりしながら、『かっこいいポーズ』をとってみた。

 右の警察官の方に向いてポーズを取ると、その警察官が避けようと横にずれる。左の警察官に向かって気合を入れると、そちらが後ろに一歩下がる。

 これは面白い。このままポーズを続けて助けを待とう。

そう思ったが、ルカ・ベンはその膠着状態に我慢できなくなったようで、早口で警察官たちに何やらまくしたてた。

 すると、警察官たちは棍棒をあきらめ、腰に挿してあったブルンガナイフに持ち替えた。

 山部がまずい展開になったと思ったその時、表から怒号と悲鳴が聞こえてきた。

 明らかに管理事務所の外で尋常ではない事態が起きている。

 ルカ・ベンは「チッ」と舌打ちをして、一人の警警官からナイフを預かると、その警察官を偵察に出した。

 代わりにルカ・ベン自身が山部と対峙した。ルカ・ベンはできるだけ山部と距離を取ろうとしたのか、サーベルのような構えをした。

 その時、玄関の方からギャッ!という声が聞こえてきた。

 それは棍棒を手に外の様子を見に行った警察官の悲鳴だった。

「Ce qui s'est passé !(どうした!)」

 ルカ・ベンが苛立って叫んだ。

 聞かれた警察官は「uvamizi uvamizi (襲撃のようです)」と、かすれた声で言いながら戻ってくると、ゾンビのような足取りで二、三歩、歩いて倒れた。

 背中に裂傷があるようで、床はたちまち血に染まった。

 ルカ・ベンは目の前で起きている状況が信じられない様子で、

「nini happened?(何が起きてるんだ?)」と呟いた。

 誰かが襲撃を仕掛けている。

 山部は、それが檜坂でなければ良いがと願ったが、体中に返り血を浴びて、鬼のような形相で管理事務所に飛び込んで来たのは意外な人物だった。

「ロラン・チャタ?!」

 それは日浦傷害事件の際に立ち寄った、アミラの家に住む長老だった。

 ウワサ通りの百歳超えはないとしても、見た目で八十歳程の長身の老人が背筋を伸ばし両手に巨大なブルンガナイフを持って立っている。立ち姿は、矍鑠かくしゃくとしていて、とても高齢者とは思えなかった。

 山部から攻撃目標を変えた、もう一人の警察官が雄叫びを上げながら、老人に向かってブルンガ・ナイフを振り上げたが、残念ながら、そのナイフが振り降ろされる場所にいたはずのロランは消えており、唖然として佇む警察官の後ろに回り込んでいた。 

 ロランは老人とは思えぬ速さで攻撃を瞬間にかわし、さらに背後から反撃に出たのだ。刺された警察官は怪鳥のような叫び声を上げ苦悶の色を浮かべて倒れ込んだ。

ルカ・ベンは目を見開いて、その様子を見ていたが、次は矛先が自分に向かってくると確信したようで慌てて懐に手を入れた。

 しかし残念ながら彼が探している拳銃は今、檜坂の手にあった。

 ルカ・ベンはそのことを思い出したか、泣きそうな顔で再度ブルンガナイフを握りしめ、ロランと対峙した。

 山部は今のうちに逃げるべきかと考えたが、ロラン以外の襲撃者がどれほどいて、それが何者なのかも分からない。

「むやみに管理事務所を出るのは、かえって危険か……」

山部はそう判断して部屋に留まることにした。その上で、とばっちりを避けるため部屋の隅に移動した。

 血に染まったブルンガ・ナイフを両手に構えたロランは二本のナイフを、まるでフィリピン武術・カリのごとく交差させ、舞うような動作でルカ・ベンに迫る。

 応戦を強いられたルカ・ベンは、開き直ったか――、

「Monstre, je vais te donner une lecon!(化物め、俺が成敗してやる)」

と大声で気合を入れ、長身をしならせてナイフを振り下ろした。

 しかしロランはまるで戦いを楽しむかのように、切っ先が触れる瞬間まで待ってから、軽く身を避けた。

 空振りしたルカ・ベンは大きく体勢を崩され、つんのめった。

 ロランは先程のように易々と背後に回り込んで獲物の尻を蹴ったため、ルカ・ベンは折り畳んで重ねてあったパイプ椅子をハデな音を立ててなぎ倒し、倒れ込んだ。

両者の実力差は歴然だった。

 この状態であればロランは簡単にルカ・ベンにとどめを刺せるだろう。

 山部はさすがに止めなければと思ったが、情けないことに怯んでしまって、一歩が踏み出せなかった。

 ところが、その山部の前に、先程ロランに背中を刺された警察官が立ちふさがったのだ。

 致命傷ではなかったらしく、血まみれの手にはまだブルンガナイフが握られている。憤怒の形相で立つ姿は阿修羅のようだった。

「うわっ、こっちか?!」

 山部は驚いて叫んだ。

この場合、警察官は山部にではなく戦況が不利なルカ・ベンの救助に向かうべきだろうと思ったが、彼には、もはや理性的に状況を判断することができなくなっているのだろう。しかもかなりの手負いで恐れの感覚すら無くなっているようだ。

 こうなるともう小手先の威嚇など通用しない。

 山部は警察官が力任せに振り下ろしてくるブルンガナイフを、半身でかわして腕を捻り上げながら、右の足先で腹を蹴飛ばした。

 警察官は崩れるように倒れ、それきり起き上がって来なかった。

 山部は昔からの癖でズボンの後ろポケットに手を入れたが、当然手錠は持ち合わせていなかった。

 ルカ・ベンとロランの方はどうなったのかと見ると――、 

 ロランは、まだ楽しみが足りないかのように、ルカ・ベンがパイプイスの山の中から起き上がって来るのをじっと待っていた。

 ルカ・ベンは脳震盪を起こしていたようで、フラついていたが、何とか起き上がると、数回頭を振ってから必死の形相でラッシュした。しかし激しく振り回したブルンガナイフはロランの軽いステップで全てかわされ、傷を与える事ができない。今度はエペのように突いてもみたが、これもことごとく、ロランのナイフに阻まれた。

 二、三合交えただけでロランはルカ・ベンを壁際に追い込んだ。

「Chèque compagnonチェックメト

 ロランはルカ・ベンの腹にブルンガナイフを押し当て、突き刺す素振りを見せた。このまま力を入れれば刃先は肉を貫くだろう。

「ちょ、ちょっと待って」

 山部はようやく割って入った。もちろんここが日本ではなく、ブルンガ国だということは分かっている。しかし、やはり目の前で起こっている殺戮をそのまま見過ごすということは元警察感としてはできない。

 だが、走り寄ろうとする山部にロランは視線を移すこともなく、片方のブルンガナイフをかざした。山部が急減速して横に飛びのかなければ、そのまま喉元に切っ先が食い込むところだった。

 ロランはニタリと笑うと無造作にもう一方のブルンガナイフをルカ・ベンに突き刺した。

「traître!(裏切り者め)」

 ルカ・ベンがロランに血が混じった唾を吐いた。

「c'est mon affaire(これが俺の仕事だ)」

 ロランはそう言うとルカ・ベンの首にナイフを振り下ろし、とどめを刺した。

「elle est Cliente important (彼女は大切な顧客なんでな)」

 殺戮を果たしたロランは、先程処刑のジャマをした山部に向き直った。

 その目は、幾度も過酷な戦場で命のやり取りをして来た者だけが持つ冷徹な目だった。

 山部は、先程までの警察官との戦いや、ギャングたちとの攻防でも、あるいは捜査一課の刑事時代にも体験したことのない真の恐怖を感じた。

「やはり日浦を切りつけたのは、あんたか。アミラはクマ王国の大事な姫君。王党派の元准将としては、外国人である日浦が遊び半分で王女に近付くのが許せなかっんだな」

 ロランにはどうせ日本語はわからないだろうが、そう言わないと気がすまなかった。

 そのロランは押し黙ったまま、二丁のブルンガナイフを交差し再び舞うような所作を見せた。

 おそらくこれは彼の戦いの儀式なのだろう。あるいは狩りの。

 そして今回の獲物は山部だった。

 この男に先程のようなハッタリは通じないだろうと思ったが、山部は一応柔道の構えをやってみせた。すると常に無表情のロランがフっと笑った。

 やっぱりね。山部は心中で納得した。

 白兵戦を何度も経験したプロの傭兵は、対峙した相手の実力をすぐに見抜けるという。

 そばに倒された警察官のブルンガナイフが転がっていた。山部とて長年警視庁で剣道を鍛錬しており、柔道ほどの自信はなくても一応有段者だ。だから並の相手なら、落ちているブルンガナイフを拾って竹刀を構える要領で戦えたかも知れない。だが戦場で殺戮技法ばかり磨いてきた者を相手に、使ったこともない大型のナイフを手にして太刀打ちできると考えるほど、山部は愚かではなかった。

 とはいえ、むざむざ殺されるわけにもいかず、ここはなんらかの形で応戦しなければならなかった。

 山部は覚悟を決め、転がったパイプ椅子を手にロランと向き合った。

 その時――、


「Rorann, il n'est pas l'ennemi !(ロラン、彼は敵ではありません)」

 と叫ぶ女性の声がした。その声を聞き、ロランがブルンガナイフを下ろした。

押し留めようとする者を振り払うようにして、管理事務所に飛び込んで来たのは、ロランと一緒に暮らしているアミラだった。

 おそらくアミラは、ロランが両手にブルンガナイフを持ち戦闘体制で家を出たため、ただ事ではないと理解して、その後を追いかけてきたのだろう。見るとアミラを必死で押し留めようとしている者がいる。それは先程、山部たちに逃げ道を教えてくれた、ムンバというギャルソンだった。

 ムンバは「Princesse ,s'il vous plaît ne soyez pas dangereux !(お姫さま、危ないことはお止めください)」と言った後、山部が側にいることに気づき、少しバツが悪そうな顔をした。

 フランス語が分からなくても「プリンセス」と叫べば、アミラが王女であると分かる。ムンバもアミラの身を案じて、思わず出してしまった言葉だろうが、ルカ・ベンが生きていれば、彼女の正体を敵に知られてしまうところだった。

「'Oh, quelle horreur,' s'écria!(まあ、なんてこと!)」

 アミラが血を流して死んでいるルカ・ベンを見つけ、抱きかかえるようにして泣いた。

 彼女は、ロランや王党派のムンバから正確にではないにせよ、ルカ・ベンという男には警戒するようにと教えられていただろう。しかし彼女の勤務先のトウキョウ初等・中等科学校におけるルカ・ベンは、子共たちに優しい先生で、同僚である彼女にとっても頼れる存在だったのだろう。

 慌てて引き離そうとするムンバに対し――、

 山部は「大丈夫、ここはもう収まったから」と日本語で言って、押し留めた。

 少し遅れて、檜坂も管理事務所に入ってきた。


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