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第20話 間宮の過去とブルンガ島ができた意外な経緯  

    20、間宮の過去とブルンガ島ができた意外な経緯


 京沖ホテルに戻ると、間宮が山部たちに茶菓子を用意していた。

「おお『みたらし』やないですか! これは、大阪に住んでた頃、大好物やったんですよ」

 関西の大学に留学経験があるルカ・ベンが喜んだ。

「へえ~、大阪名物というのはタコヤキだけじゃないんですね」

 部屋から降りて来て、お茶会に参加した檜坂が妙な感心をした。

「もちろんですよ。他にもイカ焼きやお好み焼きといった名物があります。『名物にうまいもの無し』ていう言葉もありますが大阪には当てはまりまへん」

「ルカは本当に日本のことに詳しいね。大学での専攻は日本文学とか?」

「いえ私は法学部で専攻は政治経済でしてん。要するに友久教授がブルンガの文化に興味を持ってはったように、私もまた日本文化に興味を持ってたというわけです。ちなみに私の卒論のタイトルは、『東アジアにおける民主主義・概念の類似性』というもんでした」

「ほう、そりゃすごい」

「私は新生ブルンガの建設については西欧型を目指す大統領やその側近とは違って、中国や日本といった東アジアをお手本にすべきだと思ってるんですよ」

 日本と中国の成長戦略はかなり違うと思うが、アフリカ人からみれば似たように見えるのだろうか。西欧型と日本はどう違うというのか? 詳しく聞いてみたいが、ルカ・ベンの話も長くなりそうなので止めておいた。それにしてもルカ・ベンはひょうきんな印象と裏腹に辛口の批評もするし、内面はけっこうしっかりした男なのかもしれないと山部は思った。


 テレビをつけると中国語が聞こえてきた。

 間宮はこの島にあるテレビでは日本の放送は入らないと言っていたが、中国の放送なら入るのかとよく見ると、なんとそれは昔日本で放映されていたNHK朝ドラの中国語吹き替えバージョンで、画面下にフランス語字幕がついているというややこしいものだった。

 山部の場合、本放送の頃はまだ小さくて覚えていないものの、再放送された総集編は見ていたので懐かしかったが、檜坂はまったく知らなかったらしく「阿信って何ですか?」と間宮に聞いていた。80年代のドラマなので、今の若い人は知らないのだ。

「オシンは中近東やアフリカで、すごい人気のある日本のドラマですわ」

 間宮に代わってルカ・ベンが説明をした。

 ルカ・ベンが言った通り『おしん』がイランで放映された際には最高視聴率が90%だったと山部も聞いたことがある。

 ティータイム後、山部たちは吉浦電気の工場を見学させてもらう計画を立てた。朝から頑張ってもらったルカ・ベンには、かなり疲労が溜まっているように見えた。それで日本人同士の会話だからということで、家に戻って休んでもらう事にした。

 山部は『阿信』を珍しげに鑑賞中の檜坂を残し、ホテルの玄関までルカ・ベンを見送り、「ご苦労さん。明日もう一日頼むよ」と言ってねぎらった。

「そんなら何かあったらページャのボタンを押してください。GPS機能がありますよって、すぐに駆けつけます。危険ですんで単独でブルンガ人には会わんといて下さいね。特にクマの人とは」

 そう釘を差してルカ・ベンは引き上げた。


「ルカさん、だいぶお疲れのようでしたね。ブルンガの人は朝は早いけど、シェステといって、昼寝をする習慣があるから」

 間宮がそう言って笑った。

「昨日今日と、日本の慣習に合わせて働いてもらったので、疲れさせたかもしれないね」

 山部が相槌を打った。

「お茶のお代わりはいかがですか?」

「あ、いただきます」

 山部がそう言うと、間宮が新しい茶を持ってきてくれた。

 背筋を伸ばした姿勢で歩き、お茶をテーブルに置くとお辞儀をして下がる。間宮の少し不自然でハイテンションな『ホホホ』という笑い方を演出と考えると普段の立ち居振る舞いが、なぜか社長秘書のようにも見えた。

 檜坂もそう感じたのか――、

「間宮さんって、もしかして秘書とかされてましたか?」

 と尋ねると間宮の手が止まり、

「あら、こちらの若い刑事さん……じゃなかった。調査員さんは、なかなか鋭いですね。ホホホ……」と笑ってごまかした。 

 間宮はコホンと咳をすると、それまでのハイテンションな笑顔が嘘のように消えて真顔で当時の話をし始めた。

「ええ、確かに私は以前、吉浦電気の社長秘書をしておりました。といっても三代前の社長の時代で、今から20年ほど前の話ですけどね」

「延期になった東京オリンピック前後の時代ですか。すると家電メーカーにとっては極めて苦しい時代ですね」

 山部は、もしかしたら間宮からも何か興味深い情報が得られるかもしれないと思い立ち、少し話題を振ってみることにした。

「あの頃は世界中の会社が生き残ることに必死で、吉浦電気も例外ではありませんでした。社内のどの部署も張り詰めた空気が漂っていたものですが、とりわけ社長以下重役陣は憔悴しきっていて、私もずいぶん気を使いました」

「すると、この浮島の建造が計画された際にも進出するかどうかで大変迷われたんでしょうね」

 山部は吉浦電気がどういう経緯で浮島の計画に参加したのか興味が湧いた。社長秘書をしていた間宮なら知っているだろうか?

「いえ、私が知っている範囲では最初この浮島に工場を作るなんて計画はなかったはずですよ。それどころか元々は島ですらなかったはずです」

「というと?」

「この浮島の建造が計画されたのは、世間一般では2028年とされていますが、実はそれ以前の2020年に別の青写真が秘密裏に作成されていたんです。その計画では浮島ではなく巨大な病院船でした」

「えっ、巨大な病院船? それって当然新型コロナのパンデミック絡みですよね」

 檜坂が言った。どうやら彼女の興味は『阿信』からこちらに移ったようだ。彼女の場合2020年といえば、まだ小学校の低学年だったはずだ。となると、連日警戒が呼びかけられ世界中が凍り付いたような状態に至ったあの年は、ずいぶん恐ろしい思い出だったことだろうと山部は思った。

「そのとおりです。もちろん巨大な船はどこかの即席病院のように短期間で建造できるものではありませんから、要するに新型コロナの教訓を生かして、次に備えるためのものだったと思います」

「なるほど。しかし間宮さんは、どうしてそんなにお詳しいんですか?」

 現在この島で工場を稼働させている吉浦電気の元社長秘書といっても、新聞で報道もされていない過去の事情までどうして知っているのだろう? と山部は少し不思議に思ったのだ。

「それは当時、吉浦電気がその病院船に採用される予定の3D画像解析診断装置や人工肺『ECMO』、PCR検査機器のサーマルサイクラーといった医療用精密機器の納入に力を入れていたからです。ですからそのための接待を準備したとかしないとか……」

 間宮の声が小さくなった。山部は彼女がつい余計なことまで喋ってしまったと後悔したのだと察した。

「いえ、私達は民間の保険調査員ですのでご安心ください」

 ここは檜坂がフォローした。 

「そうでした。まあ、それはともかく病院船として計画されたプロジェクトは、やがて創設されたばかりの日本版・CDC(疾病管理予防センター)を核とした浮島病院へと設計変更が行われました。これは巨大船といった規模では例の豪華客船のように管理スタッフまで感染し、逆効果ではないか? という意見がある閣僚から出たからです。そこで巨大な浮島に計画が変更され、プロジェクト名も『ひょっこりひょうたん島計画』として具体的な計画書の作成に入ったのです」

「ひょっこりひょうたん島ですか。私、知ってます! 大昔のテレビ番組ですよね」

 山部はこのプロジェクト名を高本から既に聞いていたが、檜坂は知らなかったため、その名前に食いついたようだ。

「ええ、その通りです。ですがしばらくして、この計画もまた立ち消えになりました」

「あれ、何故ですか? 洋上の病院島って良いじゃないですか」

「それは、島に感染者を隔離するというのは、1996年に廃止されるまで続いた非人間的なハンセン病隔離政策を想起させるからです。結局、疾病管理予防センターは、内陸部のテーマパーク跡地に作られることになり、医療機器納入業者も別の会社に決まりました」

「そんな経緯があったんですか……。でも計画が立ち消えになったのに、島は建設されたんですよね」

「そのあたりはダムの用途変更のようなものです。一度計画されたものは、なんとしても作りあげないといけないと考える議員さんもいらっしゃるでしょ。それに当時の日本は、パンデミックの影響で何年も景気が低迷している状況でしたから、考えうる経済対策はすべて実行するという雰囲気があったんだと思います」

 確かにあの頃は元々米中の貿易摩擦で世界的に鉄鋼製品が供給過剰になる一方で、原料費は高騰したままだったので日本を代表する鉄鋼メーカーも製鉄所の廃止や休止に追い込まれているという記事を山部も読んだ記憶があった。そこに追い打ちをかけたのが新型コロナの大流行による、東京オリンピックの延期・縮小開催だった。

 そのため、日本に限らず世界中の政府が、膨大な借金を未来に残すと批判を受けながらも昔ながらのニューディール政策を強行したようだ。

「つまり、政府も振り上げた手を下ろすことができなかったために浮かぶ工場島を建設することになったと……」

「いいえまだです。それならばと立案されたのは洋上の波力発電所でした。なにせ当時の日本は石炭火力発電所の件でNGO団体から『化石賞』などという、ありがたくない賞をもらったこともあって新しい発電所の建設にかなり苦慮していたみたいで……」

 そういえばそんなこともあったなと、山部は思い出した。

「ですから、この時点では吉浦電気と浮島の繋がりが一旦無くなったということです。医療機器納入の話が消えたことで、当時の社長もかなり落胆しておられました。ところが発電所の建造を実行に移そうと試算してみると、この洋上発電所はとんでもないお金がかかると分かったそうです。ブルンガ島は公式記録では建造費が7000億となっていますが本当はそんな額では建設できなかったんですよ。それでも止めないのはサンクコスト効果というやつでしてね。脱炭素社会実現に向けた成長戦略予算や軍事目的の研究費まであてがわれ、ウワサでは少なくとも5兆円程度がかかったとか。で、その一部負担を電力会社にも求めたんですが、これにはすべての電力会社が資金提供に難色を示したそうです」

 多額の税金で建設されるものは、特定の者が利益を上げるために利用する場合、事業者に相応の負担を求めることになる。電気事業者はその負担には耐えられないと判断したのだろう。

「結局、電力会社が嫌がったため、さらに幅広い名目を付けた各省庁の合同プロジェクトになったようです。医療機器納入が立ち消えになって一旦は蚊帳の外になっていた吉浦電気に対して新工場を島に作らないかと政府から再度の打診があったのもその頃です。このあたりの経緯は社長の側におりましたので、よく覚えています」

「すると、後から工場建設の話が持ち上がり、それに吉浦電気さんが乗ったんですね」

「すんなりとではありません。前の計画のように医療機器納入であれば既存の工場を使って生産できます。しかし今回の計画では島に新しく工場を作って欲しいというのです。あの頃の吉浦電気にそんな余裕はなかったはずです。ですからお断りの旨を関係省庁に入れようとしていた矢先に、株主総会で『社長解任決議案』が出たのです」

「社長解任決議案ですか。それは穏やかではありませんね」

「ええ。社長にとっても私にとっても驚天動地のできごとでした。解任を要求された理由は予想を上回る収支の悪化ですが、実際は会長側との事業経営を巡る対立でした」

「では工場進出に反対していた社長が解任され、会長主導で計画が実行されたということですね」

「そうです。会長がどうやって貸付を渋るメインバンクから巨額の資金を調達できたのか、今でも謎ですが、ともかく計画に反対していた社長は解任されて会社を去り、私は新工場の計画部署に回されました。その際、時期副社長候補だった富永さんが責任者とされました」

 要するに、正攻法で挑んだ三代前の社長は追い出され、社長派閥の者は全員左遷されたということだろう。一方、謎の資金融資を受けた会長たちは政府の思惑通りこの島に工場を建設し現在に至っているということだろうか……。

 山部の印象では、桑山造船の高本がブルンガ島の地下施設を喜々として語るのに対して、吉浦電気・管理部長の富永はどこか感情を抑えた話し方をしているように感じられ、さらに京沖ホテル管理人の間宮は作ったようなハイテンションだったことから桑山造船の人間と吉浦電気の関係者では、この島に対する思い入れが違うのではないかと推測し始めていた。

 しかし、間宮はその空気を読んだのか――、

「でも吉浦電気はこの島の工場に賭けているようで、工場長にはオーナー一族の一人である脇田さんを派遣してるんですよ」

 と繕った。

「なるほど。ところで間宮さん、今我々に話してくださったようなことを以前友久教授にもお話されたことがありますか? つまり、この島が作られた経緯や政治的な詳細事項についてですが」

「いえ、ありません。先生は元々こちらにお泊りではありませんでしたのでお会いする機会もありませんでしたので」

 となると、教授が政治絡みで悲劇的な最後を迎えたということではないということだろうか? 

だがまだ工場長の脇田からは何も話を聞かせてもらっていない。そこで、山部が管理部長の富永に工場見学をさせてもらえないかとアポイントを取ると、

「今からですか? 構いませんよ」

という答えが間髪入れず帰ってきた。

 当然といえば当然かも知れないが、脇田もまた山部たちの正体を知っていて、事前の打ち合わせをしていたようだ。

 こちらが知りたい生前の友久教授の動向や、工場で働いていたというモカンゼに関する情報などを、うまく脇田から引き出すことができるだろうか……。山部は話し方の手順を考えた。

「どうかされましたか?」

 山部が難しそうな顔をしているのを心配してか、檜坂が声をかけた。

「いや、なに少し考え事をしていただけだよ。それより吉浦電気の工場見学だけど、檜坂君も一緒に来るかい?」

「ええ、私も工場を観てみたいと思います」


お気軽に感想だけでも頂ければ幸いです。

キャスト表は第一話の前書き部分にあります。


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