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第19話  ブルンガ島・地下管理棟

    19、ブルンガ島・地下管理棟


 カタコンベのある場所より、さらに地下。

 軍船の中に見られる様な金属製の簡易階段を降りると、広大な空間が広がっていた。

 そこは見渡す限り、高層ビルの建設現場のように鉄骨が林立した空間になっており、山部はまるで巨大な蜘蛛の巣の中に迷い込んだような錯覚を覚えた。

 かなり高さのある通路の手すりから、巨大な装置類を見下ろしながら、本当によくこんな物を作りあげたものだと感心せざるを得なかった。

 重低音で唸るモーターは、ビルジ(船底に溜まる水や油などの不純物の排水施設)だろうか? 何百台もある巨大なピストンが上下運動を繰り返しているのは、ブルンガ島のもう一方の主力産業とされる、波力発電装置なのではなかろうか。

 どれもこれも山部が今までに見たことのない装置だった。

 よく見ると幾人ものブルンガ人がヘルメットを付けて作業をしている。

 地上部の工場だけでなく、こういった場所でも多数のブルンガ人が働いていたのだ。

「あそこが島内部の保守・管理棟ですよ」

 しばらく鉄骨の森を歩いた後で、ルカ・ベンが天井からぶら下がった奇妙な建物を指差した。

 大きさから言えばロンドンの2階建てバスに相当する白い建造物で、窓が極端に少なく太い電線が何本も引き込まれている。変電所に見えなくもないが、管理棟という名称からして、山部はおそらく島の地下にある施設すべてのコントロールセンターだろうと考えた。


「このベルを押すと、高本さんが出て来はります」

 ルカ・ベンが管理棟のベルを押すと、まもなく関取のような肉厚の巨漢が現れた。

「ああ、あなたが保険調査員の山部さんですね。お話は富永さんを通して伺っております。亡くなられた教授について調べられておられるとか。私は波力発電書の管理を任されております、高本という者です」

 呼び出しベルで出て来た男が、そう言いながら名刺の交換を促した。

 実際には存在しない保険会社名が入った名刺を見ても怪訝そうな表情一つ浮かべず、そのままポケットに仕舞い込んだところを見ると、おそらくこの男も事前に山部の正体を知らされているのだろう。それなのに周りに人がいないこんな場所でも調査員を装わなければならないとは面倒な話だ。

 山部が渡された名刺には『桑山造船・ブルンガ島支社事業部長・高本洋介』とある。こちらは身分を偽ってはいないと思われた。

「どうぞ中にお入り下さい」

 高本は、山部とルカ・ベンを管理棟の中のこじんまりした応接室に招き入れた。


 部屋の中にはパソコンと固定電話が置かれただけのスチール製執務机、それと少し大きめの応接セットが置かれていた。室内は地下と感じさせない明るさで、一方の壁にかけられた4つの大型モニターには、来客を意識してか外ののどかな景色が映し出されている。それはまるで窓のようで、ここが地上であるかのような錯覚を覚えさせた。

 別の壁には高本の趣味なのか、巨大な黒鯛や、スズキ、太刀魚、ブリなどの魚拓が貼られている。しかも釣った場所はブルンガ島! とある。山部は魚拓の方にも興味があったが、趣味の話は少し抑えることにした。

「それにしても驚きました。この島が、これほど巨大な物だったとは。昨日今日と船で言えば甲板部分を歩いて、その広さに圧倒されていたところです。それなのに、地下にもこんなすごい空間が広がっていたんですね」

「この島は政府が打ち出した経済振興策、レジリエンス21に答えて桑山造船が2028年から6年の年月を費やし、持てる技術の粋を尽くして作り上げてたものなんですよ。もちろん簡単なものではなく、想像を絶する苦労の連続でした。昔、そういう番組があったでしょ。なんと言いましたか……」

「プロジェクトXですね」

「そうそう、そんな感じです。ご存知かどうかは分かりませんが、巨大な船は、胴体部分を切り分けて別々の造船所で組み立てます。そして、それを溶接するという工程で完成させるのです。しかし、ブルンガ島、当時のプロジェクト名は『ひょっこりひょうたん島』でしたが、縦・横、共に900mもあるわけです。そうなるとそんな方法ではできません。そこで我々は1975年に開催された沖縄海洋博のアクアポリスの資料まで取り寄せて研究をしました。アクアポリスをご存知ですか?」

 高本はいきなりマニアックな話を始めた。

「私は1977年生まれなので、沖縄海洋博自体は知りませんが、そういうのがあったというウワサだけは聞いたことがあります」

「アクアポリスも人工の浮島なんですが、これが縦・横、100mなんですよ」

「すると9×9で81個分ということですね。こりゃあ想像しただけでも大変だ」

「実際のところ、アクアポリスを81個つなぐどころの騒ぎではありませんでした。900m四方で厚みは僅か20m程度という鉄の板を海上に浮かべることを想像してみて下さい。素材の鉄は柔らかすぎると撓み、硬度を上げると金属疲労から亀裂が入ります。そもそも基本的な強度が足りない。かといって航空機に使われるような炭素繊維を使えば予算は100倍かけても足りない。そこで桑山造船では、新たに『フレキシブル・ジョイント&多層ハニカム・セル構造』なる新技術を開発してようやく本体部分の完成にこぎつけたというわけです。その時点で『ひょっこりひょうたん島』プロジェクトの計画から5年経っていました」 

 高本はふ~っと息を吐いた。

「それはすごい……。ですが苦労の末にこんな巨大な島が完成した時は、ものすごい達成感があったでしょうね。それと、ずいぶん多くの方が見学に来られたのではないですか?」 

「あの頃は、対応に追われていました。地下は私が案内する役目でしたから」 

 高本はその頃のことを思い出してか、遠い目をして大きく息を吐き、首を振った。

「ブルンガ共和国に貸し出されるまでの1年間、視察を希望する学校・企業・地方議員団など多くの団体に対して公開して来たんですが、地下に限れば、逆浸透膜方式で海水を淡水化する装置などは公開できたものの、地下施設の要である波力発電所に関しては、その時点でまだ完成していなかったもので一部の関係者のみにしか公開できませんでした」 

 高本は苦笑いをして頭をかいた。いかついが物腰は柔らかい。

 これは今回の事件に関することを色々聞き出せるかもしれないと思った山部だったが「風力発電所ならよく見かけますが波力発電所は初めて見ました。興味深いものですね」という不用意なひと言が、高本の極めて長いセールストークを招いてしまった。

「太陽が1秒間に地球に降り注ぐエネルギーは毎秒42兆キロカロリーと言われています。それらが太陽光、風力、波力発電などに添加されますので、自然エネルギーを効率的に使えば化石燃料や原子力は必要ないと思います」

 高本はこの施設を見物に来た小中高校に配っていたというパンフレットを一枚取り出し、山部に渡した。

「例えば原子力発電の場合、単年度では最も安くエネルギーが生産ができるんですが、ご存知のようにその廃棄物は数万年間の貯蔵を必要とします。言うなれば親の作った借金を子々孫々、延々と払い続けなくてはならないということです。しかも一度、事故を起こせば広範囲で人が住めなくなり、豊かな土地が移住放棄地になります」

「それは新聞やテレビの番組などでよく聞きます」

 高本の話が長くなりそうなので山部は頭の中でリモコンの早送りボタンを押したが、効果はなかった。

 森倉警視監は山部を地取りの名人などと高く評価してくれたが、何のことはない。自分は人の話を途中で遮れない性格なだけだと、山部は心の中で自嘲した。

 ただ、河野に言わせれば山部の聞き方は『傾聴』に近く、絶妙のタイミングで相槌を打ちながら肯定的受容や共感的配慮を見せる。山部自身は訓練したわけではないが、これはロジャース派のカウンセラーが用いる技法だそうだ。

 そのため相手は予定していなかったことまで気持ちよく語ってしまうのだという。

 そのせいか――、

 高本は、うんうんと頷きながら、新聞記者でも政界の人間でもない民間の保険調査員という肩書の山部に、自説を披露し始めた。

「ではいくつかある自然エネルギーの中で何が良いのかと言えば、これは私個人の意見ですが、波力発電が一番だと思います。ある研究結果によると全世界の風力発電用ブレードによって年間で数10万羽の鳥が事故に遭って死んでいるそうですが、ここの振動水中型の発電装置は、波の上下運動を利用して空気を圧縮してタービンを回す方式なので、魚類を巻き込みません。さらにこの方式では荒天時に過剰な圧力がかかってもそれを逃がすことができる上、その際の強烈な圧力も無駄にせず、それを利用して逆浸透膜方式による、海水の淡水化を実現しています」

「それはすばらしい……」

 山部はこの辺で高本が話を打ち切ってくれたらと願ったが、そうはいかなかった。

「波力発電装置には他にも稼働物体型と言って、波のエネルギーを直接振り子運動に取り入れるものや、越波型、ジャイロ式の発電などもあります。桑山造船では、越波型の派生型を用いて明石海峡などの海流を利用し、直接タービンを回す発電装置の開発もしております。いずれにしても再生型エネルギーは、計画的に発電できないなどという、時代遅れの批判をかわす技術はいくらでもあります」

「なるほど。波力利用は良い再生型エネルギーかもしれませんね。ところで……」

 と、山部はここで話題を変えようとしているのに高岡は止まらなかった。

「ソーラー発電も良いでしょう。ですが、陸上の広大な面積を覆い尽くすため、本来であれば、畑にできる土地、草木が生えうる土地の上にソーラーパネルが乗っかり、もったいない気がします。あれは家屋の屋根や、ビルの壁面、あるいは道路を覆う屋根として活用すべきものでしょう。私が思うに、四方を海に囲まれている日本にとっては波力発電こそが最高の発電技術だと思います。なにしろ海のエネルギーは無尽蔵ですから、波力発電を用いれば日本のエネルギー問題は一気に解決します」

高岡は一気に自説を論じた。勿論、彼の立場からすればそうだろうが、他の発電方法にもメリットがあるし、波力発電にもデメリットがある。

 例えば原子力発電が批判を受けつつも存続しているのは、やはり安定供給を図れるのとCO2の排出が防げることだろう。山部も確かに万が一を想定した時は、危険だとは思うが、そのあたりは国民が選んだ政治家の判断に委ねるしか無い。

 風力発電は人類が太古の昔から粉挽き等に活用されてきた技術で、安定しておりヨーロッパでは広く活用されている。

 また太陽光発電は小規模から大規模に至るまで国民が比較的容易に参入できるシステムだ。これもCO2を出さない。高岡は広い面積を覆う事で草木が育たないと言っていたが、パネルが設置されている場所は元々遊休地で耕作されていない土地だ。パネルの撤去や移動、建設にかかる費用も他のシステムに比べれば容易なので、メリットは大きいだろう。

 対して波力発電のデメリットを高岡は語らなかったが、少し考えただけでも巨額の投資費用、船舶往来の障害、漁業における影響等がある。しかし、それらをここで議論する必要はない。

山部は高本の気持ちを害さぬよう、真剣な顔でセールストークを最後まで聞き終えると「なるほど。これは勉強になりました」と言って結び、ようやく『いかに桑山造船の波力発電装置がすぐれているか』という、話を終わらせることができた。

 ルカ・ベンの方は、日本人同士のこうした会話には興味が無いのか、眠ったふりをして、音楽プレイヤーを聞いている。

「興味深い話に聞き入ってしまい、この島に調査に来た目的をすっかり忘れていましたが、高本さんは友久教授をご存知でしたか?」

 山部はようやく本題に入ることができた。

「ええ、よく存じておりました。教授は文化人類学の研究をされていたということですが、この施設にも何度か来られたことがあります。なにしろこの施設でも多くのブルンガの方が働いてますので」

「私はブルンガの人が働いているのは上の工場だけだと思っていましたが、この施設でも働いているんですね」

「ええ、こちらでも働いてもらっています。ブルンガ島で発電した電気を、各電力会社に売ってるんですが、波力発電の保守点検、特に振動水中型の発電装置は複雑で人手がかかります。そこでブルンガの人を1000人ほど雇っているのですよ」

「この場所に1000人もですか。そりゃすごい!」

「教授はブルンガの人と日本人との間の交流や経済関係について、興味がおありのようで、この施設の経済性についても詳しく聞かれましたよ」 

「教授は専門が文化人類学なのに経済についても関心を持たれていたんですか」

「私も教授が経済面にお詳しいので驚いたことがあるんですが、文化人類学のフィールドワークは大変広くて、対象とする民族の文化に影響を与える地政学的、経済学的ファクターの追求も重要なことなんだと言っておられました」

「教授はブルンガの人が、本国とは遠く離れた吉浦電機の工場や、この波力発電所のような施設で働くことについて批判的であったということはないですか?」

 友久教授は、ブルンガに関するあらゆることに興味があったようだ。もしかしたら、日本とブルンガ国との取り決めについて、危惧していたということはなかったのか。そこで踏み込んではならない領域に踏み込んでしまったということはないのか、そのあたりも山部としては知りたかったのだ。

「いいえ。教授はむしろブルンガの人たちが産業の新しい分野についても積極的に吸収しようとしていることについて感嘆している様子でした。

「なるほど。そうでしたか」


「ところで、ブルンガ島が意外と横浜の本牧埠頭に近いと思いませんでしたか? これは海中ケーブルを通して、関内にある変電所に電気を送っている際の送電ロスを、最小限に抑えるためなんですよ。もちろんこの発電所や吉浦電気のためのネット回線や固定電話回線も繋がっています」

 山部の傾聴が功を奏したのか、それとも正忍記が言う術中にはまったのかは知らないが、高本はすっかりトークモードに入ったようで、この施設についてさらに詳しい話を語り始めた。

 そこで山部は高本の話を腰を据えて聞くことにした。 

「確かにブルンガ島はずいぶん近くに浮かんでるなと思っていました。工場で作られた、荷物の運び降ろしを敏速にする為かと考えていましたが、送電線の関係でしたか。ちなみに、地下の発電所部分は日本の領土扱いなんですか?」

「いえいえ、ここもブルンガ共和国ですよ。でないとブルンガ人の保守点検係も日本の給与水準で支払う義務があります。研修名目で外国人を安く雇うことは批判が多く、事実上禁止されましたからね。しかしここがブルンガですと、あちらの水準の倍程度で済みます。そうすることで、経費が安く抑えられているんです」

「なるほど」

「ちなみに50年間のリース契約が満期になった後は、インフラごとブルンガ政府に譲渡され、数ヶ月かけてアフリカまで曳航される予定です。もちろん住民はチャーターした大型客船で先に本国に戻ることになっています」

 要するに日本は50年間ブルンガ政府に島を貸し出し、ブルンガ政府は発電した電気と、ノックダウン方式で作られた工業製品を日本に売ることで賃料を払って、お互いに潤うという仕組みらしい。

島が接岸せず4キロ離れて浮いているのは、波力発電を行うのに必要な波の高さの他に、不法移民を防ぐ目的もあるのだろう。

「これだけの規模の島を作り、また維持していくには相当な費用が必要なんでしょうね」 

「製造には約7000億、維持管理に300億/年というところですかね。東京アクアラインや関西国際空港2期の総事業費と比べて半分程度で、これは鋼材の価格だけからみても激安と言えます。単純に400m×58.8mのコンテナ船の総工費が約1000憶ですから、面積比で34倍のブルンガ島は3兆円以上かかってもおかしくないんです。ただ7000億というのはあくまで箱の値段であって、吉浦電気さんは工場の建設に1000億。ウチも波力発電装置の建造に2000億使っています。とは言っても、この島の発電能力は約88万kwもあって、これが一年を通じて24時間稼働しますから、ペイできるようになってるんです」

 高本はまる暗記した教科書の記述を述べるように答えた。おそらく来訪者に何度も同じ説明を繰り返しているのだろう。

「波力発電の有用性はよく分かりましたが、発電装置が海中にあるとなると、故障した場合はどうなるんですか? 故障とまではいかなくともフジツボがビッシリ付いたりして効率が悪くなる事は無いんですか?」

 山部は以前釣り用の船を持つ人から教えてもらったことを尋ねてみた。海に建造物を浸けておくのはけっこう大変なのだ。

 こういった質問は友久教授の事案とはなんら関係がないようにも思えるが、山部が現役時代に扱ってきた殺人事件では、ある企業が推し進めてきた事業について取材した記者が、その盲点に気づき、公表をしようとして殺害されるということもあったのだ。

 ところが、その質問に対しても高本は――、

「通常船底に付着する海洋生物の対策には水和分解型、もしくは加水分解型の塗料を塗ります。しかしこの波力発電施設ではセルと呼ばれる区分けされた装置ごとにF1ドライバーのバイザーのような多層フィルムが貼られていて、点検のために潜った潜水要員が汚れの酷い箇所のフィルムを剥がして清掃しています」

 と、滞らずに答えた。どうやらそういった対策も考え抜かれてあるようだ。高本はなおも話を続けた。

「また部品に不具合が生じた場合は、ドッグに引き上げて修理します。その間、波力発電所は休業状態で波力発電所で働いている人は本国に休暇される方もいると思われます。ですが吉浦電機の工場は、地上から電力供給を受けて休みなく稼働します。住民もそのまま変わらず生活ができます」

「なんと、この島自体が入れるほどの巨大ドックが造られているんですか?」

「ええ、このブルンガ島はいわばテストケースで、政府はこれと同じものを今後は各地に作って浮かべるつもりです。たとえば超高齢化社会に突入した日本では今後、老人介護が大変な問題になってきます。人が足りない。かといって無制限に移民を入れたくない。また老人の方も外国にあるケアハウスにまで行きたくない。そうしたジレンマも、このような島があればすべて解決します」

「海上に浮かぶケアハウスですか。釣りの好きな私には最適の施設です」

 山部は、そんな施設ができるなら本当に申し込もうかと思った。

「それだけじゃありません。2000年頃から危険だと言い続けられてきた、都市直下型巨大地震は、いつ起きてもおかしくありません。しかも、ひとたびそんな巨大地震が首都圏や関西圏を襲えば、約750兆円という、途方も無い経済損失が起こると言われています。ですが海上都市を日本の周りに作っておけば、その被害が抑えられます」

「つまり浮島は防災にもなると?」

「ええ、もともと浮島は地震にも津波にも強いものですから。また、本土から遠く離れた島をドーナツ状にグルリと囲う形で複数の浮島を並べて、IR(統合型リゾート)開発をしたり、レアメタルの採掘基地にする計画案もあります。さらに逆浸透膜で作られた水と、波力発電で作られた電気で将来は水素を作るプラントや室内レタス農園の併設も計画されています」

「なんでもありなんですねえ」

「日本の国債残高を考えると、一石二鳥、三鳥の効果を期待できるプロジェクトを立案しなければなりません。そういった意味でエネルギーも資源もまた食料までも、すべてを海から賄うという浮島は日本の新海洋国家建設のために役立つことでしょう」

「ほう新海洋国家建設……。そうした計画は通産省が進めているのですか?」

「あ、いえ、今言った事はみんな人から聞いた話で、確かなものかどうかは……」

 高本は少し喋りすぎたと感じたのか急にトーンダウンした。

 日本政府が夢見る新海洋国家建設なるものがうまくいけば、高本たちは次々とこの種の浮島を作り、海に面した他の国に続々と輸出する計画なのだろう。もしかすると、100年後の未来、海は浮島で覆い尽くされるかも知れない。

 それは嫌だな……。と、海が好きな山部は思った。

「ま、お茶でもどうぞ」

 高本がポットに入れた熱い緑茶とお菓子を勧めてくれた。

 ルカ・ベンも待ってましたとばかりに起き上がったところで、山部は話を別の方向に振った。

「あの魚拓なんですが、あれは高本さんが釣り上げられたものなんですか?」

 お茶を頂きながら山部は、管理棟に入って、個人的には最も聞きたかった事を聞いた。

「そうなんですよ。僕は釣りが趣味で」

「やはり、吉浦電気横のデッキで?」

 しかし、高本の答えは意外なものだった。

「いやあ、この近くにある点検口ですよ。先程、潜水夫が定期点検に潜ると言いましたが、本来は彼らが利用するためのものです」

 そう言いながら高本はモニターの一つを切り替え、リアルタイム映像で点検口を写し出した。それは例えて言うなら、ガラスを取り払ったグラスボートのようでもあり、氷結した湖面を四角く切り取ったワカサギ釣りの穴のようでもあった。

 ただ大きさは10メートル四方はあろうか。

 そこに何人ものブルンガ人が短い船竿を出していた。

「点検口は波力発電施設のすぐ隣にあって、ウチの管理下にあります。喫水線ギリギリの所に開いていますので、位置的には海面下に沈んでいるこの場所より上になります。いわば自然の海上釣堀みたいな物でしてね。ウチの従業員は日本人もブルンガ人も休憩時間になると、ああして釣りを楽しんでます。時間があれば山部さんもどうぞ」

 山部は、これが以前ルカ・ベンの言っていた秘密の釣り場なのかと思った。ルカ・ベンを見るとニヤニヤしているので、間違いないようだ。

 こんな職場で、警備の仕事でもあれば転職を考えてもいいなと山部はふと思った。

「いや面白いお話で聞き入ってしまいました。それからもうひとつだけ、お聞きしたいことがあるんですが……」

 山部はルカ・ベンがトイレに入った時を見計らって、彼が自由に出入りできるというセキュリティ上の問題点を尋ねた。

 しかし高岡の答えは「彼はこの上にある学校の先生ですから」という肩透かしを食らうようなものだった。さらに――、

「他にも幹部従業員、吉浦電気管理人の富永さん、治安維持部隊の隊員等数名がこの場所に入る鍵を持っています。狭い島のことですから顔見知りが多いんです」という説明をした。

この島における人間関係はまだ良くわからないが、ルカ・ベンという人間は、ここでは結構重要人物なのだとは想像できた。

「そろそろ、おいとましてホテルに戻りませんか」

 トイレから戻ってきたルカ・ベンが、少し眠たそうな表情で言った。


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キャラクター表は第一話の前書き部分にあります。 

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