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第17話  ブルンガ家庭料理の店『マシュ・マシュ』

  17、ブルンガ家庭料理の店『マシュ・マシュ』


 河野との電話を終えてしばらくするとルカ・ベンが戻ってきた。

「さて、朝からだいぶ歩いたんで皆さんお腹が減ってはるんやないですか? 昼食を取りはるんやったら、ブルンガの家庭料理を出す『マシュ・マシュ』ていう美味い店があるんやけど行きませんか? ここは亡くなった友久教授も贔屓にしていたようです」

 ルカ・ベンは長老ロラン・チャタの家に土産を強引に置いてきたのか、手ぶらだった。

「あの頑固な爺さんがよく受け取ったね」

 山部が驚くと――、

「長老はなんぼ言うても受け取りはりませんでした。けどアミラは学校の同僚ですよって」

「彼女からは、もう少し何か具体的な話は聞き出せましたか?」

「いえ、やっぱり犯人は分からんそうです」

ルカ・ベンは、あっけらかんと答えた。


 長老の家から、ブルンガ家庭料理の店『マシュ・マシュ』に向かう途中、島の歓楽街ともいえる場所を通った。

 ブルンガ人相手の風俗店と思われる、下着姿の女性を描いたハデな看板の店があって、そこにブルンガナイフを腰にぶら下げた柄の悪そうな若者が数人たむろしていた。

 彼らは教授のアパート近くで石を投げつけて来た若者たちや、病院でたむろしていた若者たちとは雰囲気がまったく違う。あの連中は全員飾り気のないカーキ色のシャツを着ていたが、こちらは原色のシャツや派手な浮世絵のシャツを身にまとい、金色のブレスレットや鼻、唇などにピアスを付けている。

 昼間ということもあって、檜坂を見てニヤニヤと笑っていただけで、特にちょっかいは出してこなかったが、夜だとかなり危ない連中かもしれない。

 檜坂も山部に「ちょっと危なそうな人たちがいますね」と耳打ちした。

 ところがルカ・ベンは――、

「あれはハミのギャングたちやけど、連中はクマのギャングたちと揉めてるだけで、我々には手出しなんてしません。見かけとは違うて、けっこういい連中ですよ」と言う。

 しかも、彼らの中に顔見知りがいるのか、手を振ると若者たちも無表情ながらルカ・ベンに手を振り返した。

 彼らはルカ・ベンの教え子なのかもしれないが、もしかしたらこの連中が日浦を襲ったのではないか? いやそれどころか友久教授の死因に関係する者が混ざっているかもしれない。そこで山部は、ハミのギャングたちに友久教授の写真を見せてその反応を確かめてみることにした。

「ルカ、悪いけど彼らにこの写真を見せて、最近見かけたか聞いてみてくれないか?」

「ああ、ええですよ」

 ルカ・ベンはクリアファイルに入った教授の写真を手にギャングたちに何やら質問をした。

「あのエロ親父なら、以前はここの店でよく見かけたけどよ。最近はあんまり見てねえな。みたいなことを言ってます」

 檜坂が先に通訳し、ギャングたちの悪そうな顔と話し方を真似て山部に伝えた。

「エロ親父? 友久教授もえらい言われ方だね」

 要するに友久教授はかなり危険な場所にでも一人で出向いていたらしく、ギャングたちにも顔を広く知られていたようだ。

 ただ、山部の感触としては、少なくともこのギャング団は教授の死因に関係してはいないように思われた。

 しばらくすると、ルカ・ベンも帰ってきて――、

「ここ最近は、あんまり見かけへんそうです」

 と無難なことを言った。


『マシュ・マシュ』という食堂は、中央通り沿い東側、ハミ族が多く住む地区内にあった。

ルカ・ベンは「さあ、どうぞ」と両手で山部と檜坂の背を押して『マシュ・マシュ』の中に誘い込んだ。


 店内は思った以上に奥行きがあってけっこう広く、10数人の客で賑わっている。客たちの歓談や食事の邪魔にならない音量でポリリズムの民族音楽がかかっていた。

 ルカ・ベンによればクマ族の客も多いという。

 山部にはどちらがハミでどちらがクマかの区別はつかなかったがブルンガ人の目から見ればその堅苦しさで一目瞭然なのだという。

「例えば、あの人はボニシャを着て一番上のボタンまで止めてはります。若いのにああいう格好をしている人は大抵クマ族です。あっちの普通のジャンバーをラフに着こなしている人はハミ族と見て間違いないですわ」

 ルカ・ベンは二つの民族の生活習慣についての違いなどを山部たちに解説した。

「すると、先程の頑固そうな長老はクマ族の人でしょうか?」

 檜坂が尋ねると――、

「いえ、ロランという名はハミの名前ですわ」

 と言うから分からない。

「ついでに言うと、アミラていう名前は、フランス語由来で、これはどっちの民族にもありますけど、まあ日本語で言うたら『友子』ていうようなもんですわ」

 そう考えると、親しみが湧いて来るなと山部は思った。

「じゃあ、先日殺されたモカンゼという男の名はどうなんだい? 君は以前ブルンガでは普通の名前だと言ってたけど、両方の民族でよくある名前なの?」 

 山部が聞くとルカ・ベンは、少し眉間にしわを寄せて、「それは典型的なクマですよ」と吐き捨てるように言った。

 ルカ・ベンは、モカンゼの名を出すと、何故嫌な顔をするのだろうか?

 山部にはそこが解せなかった。そのあたりはルカ・ベンが属するハミ族とクマ族という二つの民族の間に複雑な軋轢があるのかもしれない。

『マシュ・マシュ』のメニューは山部には全く読めなかったので、ルカ・ベンが勧めるボマという料理にした。

 これは、強烈なスパイスの香りがするヤギ料理で、そこに白身の魚の(おそらくはスズキ)サラダ(?)が添えられたものだった。刺激的な香りから、もしかしたらとても辛い料理なのではないかと山部は恐る恐る口にしたが、意外にもまろやかかつジューシーで、食べると癖になりそうな美味しさだった。


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