悪役令嬢は悪役令嬢となる婚約を受け入れる
ああ、そうか。
私、悪役令嬢か。
そう悟ったのは、7歳の時だった。
私はステファニー・アルノー。
アルノー伯爵家の長女だ。
そして、我が国の第三王子フレデリック殿下の婚約者とこの度相成った。
伯爵家風情が王子の婚約者など何故と思われるかもしれないが、これは完全に私のせいだ。
私は自我が芽生えるのが早いなどの早熟な子供だった。早い話が神童だったのだ。そして7歳になる今もその神童の名を恣にしている。
であるからにして、同じく非常に見目麗しく社交性の溢れた将来有望と名高い第三王子の婚約者として目を付けられたのだ。
第三王子は側妃の子だ。
第一王子と第二王子は正妃の子なのだから、立場が非常に不安定。
第三王子を王に望む声は現時点でもかなり大きいが、それでも正妃の子が長子として存在しているのだ。この危うさは全て言わなくとも分かるだろう。
だから、私が婚約者として宛がわれた。
正妃の子ではない第三王子には過剰な警戒心を煽らずに地力をつけるのに伯爵家の婚約者というのはちょうど良かったのだ。
何より、私の能力は第三王子にとってとても有用なものだ。
婚約者となるのは当然だった。
が、私は悪役令嬢。つまり、第三王子に婚約破棄されるのだ。
何故私は優秀さを隠さなかった!
いや、それよりも婚約者となってから前世を思い出すなんて遅すぎるっ!
後悔してやまないが、もう婚約は結ばれたのだ。今更だった。
今はこれからどうするかを考えるべきだろう。
そもそも私は前世でも神童だった。天才だった。
自分で言うなって?
本当のことなんだから仕方ない。
5歳の時に数学の未解決問題を証明してから、有名になって、色々面倒だった。
ああ、本当に早く前世の記憶を思い出していたら、絶対目立つことしなかったのに!
今も私が優秀すぎて、親や親戚達から弟妹まで色々と薄汚い感情が渦巻いていて最悪な関係になっている。
人生を二度歩んでいて、二度とも同じ間違えを繰り返すなんて本当に私は天才なのだろうか。
いや、前世も人間関係は最悪だったな。
でも、一人だけ友達が居た。
彼女はあまり口数が多い方ではなかったけど、黙って傍に居てくれるのは心地が良かった。
そんな彼女に勧められて一度だけ乙女ゲームというものをしたことがある。
それが今世だ。
私は天才だ。
だから、全く楽しさが分からなかったゲームだったけど、内容は覚えている。
第三王子は一番人気な攻略対象だった。
THE王子な性格をしていながらも、容姿は絶世の美女なのだ。あの頃は男の娘が流行っていたこともあって、人気に拍車を掛けたのだろう。
それでいて、エンディングである学園卒業の時には美男になるのだ。人気が落ちるかと思いきや、男体化したと大盛り上がりしたらしい。
『一粒で二度おいしい』がキャッチコピーだそうな。
肝心のストーリーだけど、これは王道だそう。
優秀な婚約者と女にしか見えない自分。社交性を高く買われてはいるものの、社交は女性の仕事ということもあり、男として自信喪失状態だった。
そこにヒロインと出会い、男として頼られることが嬉しく、ヒロインにのめりこんでいく。
一方、私ステファニー・アルノーは王子はビジネスパートナーくらいにしか思っていなかったので、ヒロインにビジネスを邪魔されたと感じ、邪険にする。
神童という設定の私が幼稚な虐めなどは行わないが、ヒロインに対する態度が冷たいのを王子に咎められることになり、2人の間に亀裂が入る。
そこからはもう転がり落ちるようにステファニー・アルノーは悪役令嬢に仕立て上げられることになる。何せステファニー・アルノーを陥れたい人間は数多くいるのだ。ゲームでも現実でもね。
王子はステファニー・アルノーのお陰で足場固めが出来たことを理解していたが、ヒロインへの愛が勝ち、ステファニー・アルノーを陥れる最後の策として婚約破棄を行う。
さて、現実を見てみよう。
先程も言ったけど、現時点で私を陥れたい人間は数多く居る。
そして避けるべきだった婚約は既に相成った。
………………うん、どう考えてもバッドエンド一直線!
物語的にはハッピーエンドなんだろうけど、私にとってはバッドエンド。
とは言え、別に王子様と結婚したいなんて思わない。
だって知らない人だし。
と思っていたのだが、
「お嬢様、第三王子殿下がお見えになりました」
「…………はい?」
「ですから、第三王子殿下がお見えになりました。お嬢様とお会いしたいそうです」
何故か第三王子がうちに強襲してきたらしい。
私も婚約を聞いたばかりだったのに、何なのだろう。
考える時間もなく急いで着替えさせられ、身だしなみを整えられ、第三王子の待つ応接間に連れていかれた。
「大変お待たせ致しました。お初にお目にかかります。アルノー伯爵家が長女ステファニー・アルノーでございます」
「ああ、急に来てごめんね。顔を上げてくれるかな」
「はい」
そこには絶世の美少女が居た。
これ、絶対に言われなきゃ男と分からない。
子供だからと思いたいけど、年頃になっても美女になるだけなんだよな……とある意味感心した。
「……可愛い……」
「はい?」
あまりの美少女具合に少しボーっとしてしまっていたから、聞き間違えたのかもしれない。
何だか、有り得ない声が聞こえた気がした。
「ステファニーと言ったよね? ファニーって呼んでも良いかい?」
「え? あ、はい。勿論です。ご自由にお呼び下さいませ」
「ありがとう。ファニーは可愛いね。僕のお嫁さんになるかもしれない人だって聞いてきたけど、こんなに可愛い子が僕のお嫁さんになるかもしれないなんて嬉しいよ」
あれ?
おかしい。絶対おかしい。
確かにTHE王子であるフレデリック殿下は甘く優しい。だけど、それは表面的なものであったはずだ。ステファニー・アルノーにコンプレックスを感じていたのだから当然だ。
でも、これはどう見ても義務的なものじゃないよね?
いや、それより話がおかしい。
「第三王子殿下、質問してもよろしいでしょうか」
「リック」
「はい?」
「リックって呼んでくれないかな。ファニーにそんな堅苦しい呼ばれ方されなくないな」
「…………リック殿下」
「殿下も要らないよ」
「……リック様、質問してもよろしいでしょうか」
「様も要らないんだけど、今は仕方ないかな。……うんっ、何かな。ファニーの質問なら何でも答えるよ!」
「ありがとうございます。リック様は先程『お嫁さんになるかもしれない人』と私のことをおっしゃっておりましたよね。私はリック様の婚約者となったと聞いているのですが、これは間違っているのでしょうか」
そう、婚約者となった時点でお嫁さんになる人のはずだ。
いや、もしかしてこの態度もだけど、殿下も前世の記憶があるのだろうか。あのゲームのことを知っているのだろうか。
それなら仮定で話すのも理解できる。
「おかしいな。僕はまだ婚約者候補としか聞いていないよ」
ゲームでは婚約者候補云々のエピソードはなかった。
だからゲームと違うのかは分からない。
ただ、現実として今まだ殿下と婚約していないのは確実みたいだ。
つまり、バッドエンドルートにまだ乗っていないということだ。
「勿論決定しそうなのは確かだよ。だから急いで会いに来たんだ。どんな子か見ておきたかったからね。そしたらこんな可愛い子だったなんて最高だよ!」
あ、これ無理だ。
婚約したくないですって言えない雰囲気だ。
さよなら、一抹の希望。
「ああ、だから急いで婚約の話を止めないとね」
「………………はい?」
進める、ではなく、止める?
やっぱりゲームを知っているのかな?
「僕はファニーが婚約者になってくれたら嬉しいけど、ファニーが嫌がっていたら意味がないからね、ファニーが僕と婚約していいって思ってくれた時に婚約しよう」
「………………」
私に恋愛経験はない。
ないけど、理解した。
これは本当に本気で惚れられていると言うことなのではないだろうか。
「僕は王子だからね、婚約したらよっぽどのことがないと解消は出来ない。だから、婚約するならファニーが望んでくれた時が良い。一方的な想いだとファニーを壊してしまいそうだから。それで良いかな、ファニー」
「え、えっと……はい、ありがとうございます……」
「うん。代わりに毎日遊びに来ても良いかな?」
「ま、毎日、ですか?」
「だって誰かにファニーが取られたら嫌だからね。アピールするくらいは良いだろう?」
「は、はい……」
「ありがとう。嬉しいよ」
そうして、その日は婚約を止める為に帰って行った。
しかし、翌日から本当に彼は毎日やってきた。
勿論、そこまで長時間居るわけではない。既に独自に人脈を作っている彼はそれなりに忙しい。勉強だってあるだろう。
だけど、彼はたった数分の為にであっても会いに来てくれる。それさえ出来ない日にはプレゼントが届く。
そこまでされたら信じないわけにはいかなかった。
彼は本当に本気で私が好きなのだと。
でも、私は人に純粋な好意を向けられることに慣れていなかった。
私の周りの人は例え肉親であっても私を利用することしか考えない。前世も今世も。
だから、どうして良いか分からなかった。
惹かれていることは自覚していた。例え美少女にしか見えなくても、それでもこの人と居たいとそう思わされた。
だけど、ゲームのことが頭をよぎった。
もし婚約して、ゲームと同じように婚約破棄されたらどうしよう。
彼の気持ちが私から離れていった時、私はどうなるんだろう。
今、彼に好かれていることは分かっている。
ゲームと違って、私にコンプレックスを感じているわけでもなさそうだ。
ゲームのことは知らなさそうだけど、少なくとも彼はゲーム通りではない。
だから、ゲーム通りに進むかもしれないなんて思う必要はないはずだ。
ないはずだけど、気になる。もしかしたらって思ってしまう。
多分これが恋心と言うものなのだろう。
天才な私が誰かに教えを請いたいと思ったのは初めてだ。
でも、人間関係だけは天才な私にでも手が負えない。
人間と言う生き物は愚かなのだ。私には全く理解が出来ない非合理な生き方をしている。
そう思っていた。
だけど、私も今、非合理なことをしている。
だって、好きなら婚約すればいいのだ。
それだけではなく、彼の不安定な立場を補強する為にも私という婚約者は必要だ。
伯爵家という権力の弱い婚約者を持つことで警戒心を下げられるし、神童という私の能力を得ることで彼は地力をつけられる。
私と彼が両想いになり、お互いハッピーになるだけでない合理的な理由も存在している。
なのに、私はゲームなんて非科学的なものの幻影に惑わされている。
確かにあのゲームの設定通りの世界だ。人も攻略対象などの人物が存在することも確かめた。
だけど、偶然と言うことだって有り得る範囲内だ。
他の転生者がゲーム通りの世界になるよう暗躍したということだって有り得る。
そんな理由かもしれないのだ。
分かっている。分かっているのに、私は婚約に頷くことが出来ないでいた。
人に好かれると言うことがこんなにも嬉しいことだとは知らなかった。
人を好きになると言うことがこんなにも苦しいものだとは思わなかった。
恋を自覚すると人はこんなにも弱くなるものらしい。
ゲームの舞台はまだまだ先だ。
オープニングすら始まっていない。
だと言うのに、私の恋愛はもう許容オーバーだった。
「ファニー、これを貰ってくれるかい?」
「っ、そのような高価なもの頂けません!」
ある日、彼がいつものようにやってきて、いつものようにプレゼントを差し出してきた。
訪問時のプレゼントは殆どがお菓子だ。その場で食べてしまえるものなのは私が重荷に感じないようにだろう。そういう気遣いにも愛を感じる。
だからこそ差し出されたプレゼントに驚いた。
「これは結界を作動させることが出来る魔道具なんだ」
そう、魔道具。
魔石という高純度の結晶体に魔法陣を埋め込むことで魔石の魔力が尽きるまで効果を発揮させることが出来るとても高価なものだ。
そもそも魔石は希少なものだ。魔法陣を埋め込める程の純度と大きさを持ったものとなると更に少ない。
だから魔道具と言うものはとても高価なものだ。
「ここに魔力を送り込むと結界が発動するようになっているから、まずはファニーの魔力を登録して欲しいな」
「申し訳ございませんが、頂けません」
ほぼ毎日彼が私に会いに来ていることは広く知られていた。
だからまだ婚約していなくても、実質的に私はもう彼の婚約者として認識されていることくらい知っている。
魔道具なんてもの貰ったら、婚約者ではないなど言えなくなる。
「ファニー。僕はファニーが好きなんだ。だからファニーに何かあったらと思うと気が気でないんだよ。僕は四六時中ファニーと居られないから、せめてこれを代わりに持っていて欲しいんだ。そうしたら少しは安心できるから。
これを貰ったからどうこうなんてことはない。ただのいつものプレゼントだよ。だからねえ、ファニー。お願いだよ。僕の我儘、聞いてくれないかな」
ずるい。
そんな言い方されたら、否とは言いにくい。
だけど、それでも頷けない。
だって、私は婚約者ではない。
「それとも護衛の方が良かったかな? 僕としてはファニーの傍に四六時中居られる人なんて羨ましすぎて、わざわざ見繕いたくなんてないんだけど、ファニーが護衛の方が良いならそうするよ」
でも、こういうことで彼に勝てるわけがなかった。
彼が何かを成し遂げようとした時にはもう手遅れなのだ。
彼は人の感情を上手く使う。話術に乗せられてしまっているだけだと後から考えると分かるのだ。だから努めて冷静で居ようとは思っている。思っているのだが、その場にいるとどこで間違ったのかすら分からないうちに彼の思い通りになっている。
「うん、似合ってるよ、ファニー。お願いだからいつもつけていてね。万が一の時のものなんだから」
気が付くと私の指に魔道具が付いていた。
何がどうしてこうなったのだろう。
にこにこと笑顔を浮かべる彼はどう見ても美少女なのに、どうしても敵わないと思わされる。
それにしても何故いきなり結界の魔道具なんて贈ってきたのだろう。
これはかなり小規模の結界を発生させるものだけど、結界の魔道具自体は有名だ。
幾つもの大きな魔石を使って、城を覆う結界が万が一の時は発動されることは知られていることだからだ。
結界は物理的なものも魔法的なものも何も通さない。
全焼した建物の中に結界を張った人達が生き残った事例もあるくらいだ。
だからこそ結界の魔道具の需要は高い。
結界の魔道具を贈るということはそれだけ相手を大切にしている意思表示にもなる。
つまり、噂だけではなく、物理的に私は彼の婚約者になったようなものだった。
例え、契約上はしていないのだとしても。
勿論、彼はこれを付けても婚約は私の意思でいいと言ってくれている。
周りの声は気にする必要はないとそう言ってくれている。
これは私を手に入れたい自分の恋心のせいで巻き込んでしまっているお詫びのようなものだとも言ってくれた。
だけど、前世の指輪に関する知識と今世の結界の魔道具の知識が合わさり、どう考えても婚約指輪のようにしか思えなかった。
この世界では、この国では、婚約や結婚の時に指輪を贈るという習慣はない。
指輪などの装飾品はドレスに合わせて変えるものだからだ。同じ指輪を付け続けるなんてこの国の文化とは合わないだろう。
だからこの感覚はこの国の誰にも分かってもらえないと思う。
そんなもやもやした状態で居たある日、彼の訪問もプレゼントも来ない一日を過ごした。
こんな日は初めて会った日から初めてのことで、不安と心配で眠れないで居ると真夜中に微かにバルコニーから音がした。
「ファニー、起きているかい?」
「リック様!?」
急いで、だけど音を立てないようにバルコニーに続く扉を開けると、思った通り彼が居た。
寝巻に上着を羽織っているだけの恰好だからか、いつもよりも儚く見えた。
月明かりを従えているのに、ふと気づくと宵闇に消えてしまいそうな、そんな矛盾した存在に見えて、足が踏み出すことを忘れてしまった。
「ごめんね、こんな訪問の仕方して」
「い、いえ。ここは寒いので中にお入り下さい」
「淑女の寝室に入るような無粋な真似は出来ないよ。ファニーこそ寒いだろう? 扉は閉めていていいよ。でも少しだけお話ししてくれると嬉しいな」
「私しか見ておりません。話であれば中で致しましょう。ここでは気になって話など出来ません」
「……ファニー。僕は女に見えるだろうけど、本当に男だよ?」
「存じております。ですが、婚約すら私の意思を尊重して下さっている方がやましいことをなさるなんて思う必要はないでしょう。私はリック様を信じております」
「……そこまで言われたら信頼に応える姿勢を見せないとね。入れて貰えるかい?」
「はい。どうぞお入り下さい」
改めて本当に彼は美少女だと実感したからではないが、中に招き入れた。
勿論、誰かに聞かれるわけにはいかないので隣り合って座り、小声で話をする。
「本日はどうなされたのですか? 何かあったのでしょうか」
「うん。変に噂で聞くより僕から話した方が正しい情報が伝わるだろうから話すけど、あまり深刻に捉えないでね?」
「リック様がそうおっしゃるのでしたら」
やはり何かあったらしい。
こうして真夜中に一人で誰にも見つからないように来られたのも、もしかしたら出掛けることが出来ないからなのかもしれない。
「ちょっと暗殺未遂騒ぎがあったんだ」
「……一応お聞きいたしますが、どなたのでしょう」
「僕のだよ」
にこにこといつも通り答える彼に動揺を隠せなかった。
前世は勿論、今世だって流石に暗殺はされそうになったことはない。
人間関係はドロドロだったけど、私は殺すより利用する方が価値があるからだろう。殺されそうになるということを体験したことはないのだ。
だから、あまりにもあっさりといつも通りの彼が非現実的に感じられた。
「そんな顔しないで。いつものことなんだから。皆が大げさに騒いでいるだけだよ」
やはり彼にとっては慣れていることのようだ。
それがとても悲しい。
彼はそういう環境で生きてきたのだと、そう分かったから。
「今日は皆忙しくしていてプレゼントすら用意出来なかったし、こんな時間にならないと抜け出すことも出来なかったんだ。だからこんな時間にこんな方法での訪問になったんだよ。迷惑かと思ったんだけど、ファニーは賢いから伝えないより伝えた方が良いと思ってね」
「……ありがとうございます」
知らないより知っている方が良い。
その通りだけど、彼が暗殺されそうになったというのは中々にきつかった。
例え、本人が何も思っていないとしても。いや、本人が何も思っていないからこそ、余計にきつい。
「ファニー」
「はい」
「あまり余計なことは考えなくて良いからね。僕は純粋にファニーと相思相愛になりたいんだ。政治的なアレコレは横に置いておいて欲しいな」
そうか。
彼の暗殺未遂騒ぎが起こるのは、私が婚約に頷かないせいでもあるのか。
伯爵家という身分が低い婚約者を持つことで彼は王位争いに興味がないというポーズを取るはずだった。取っていたら、この暗殺未遂騒ぎは起こらなかったかもしれない。
なら、もし暗殺が成功していたら、私が彼を殺してしまったのと同じことと言える。
「リック様、こちらをご提出頂けませんか」
数日後、私は婚約の書類に一つだけ空いていた欄を埋めたものを彼に差し出していた。
「……そうか」
私のサインが入っているのを確認してから、彼は少しだけ思案した顔をした。
てっきり嬉しがるものだと思い込んでいたので、この反応には驚いた。
ううん、はっきり言うと悲しかった。好かれていると思っていたのは勘違いだったのかもしれないと思うくらいには。
「ファニー、これは先日の騒ぎに因るものかい?」
だけど、この言葉で理解した。
彼は私の気持ちを信じていいのか確信が持てないのだと。
当たり前だ。私は一度も彼の想いに応える言動をしたことがないのだから。
だから、きちんと示す必要がある。
「きっかけは確かにそうです。ですが、リック様のご配慮を無駄にしたつもりはございません。きちんと政治的な理由は除外して出した結論です」
「そうか」
今度は嬉しそうに笑ってくれた。
そしてすぐに立ち上がったかと思うと、抱きしめられた。
「そうか!」
再度嬉しそうに言う。
年齢を考慮に入れても小柄なはずの美少女な彼にひょいっと抱き上げられた。
「きゃっ」と思わず今まで出したこともない声を出してしまった。
「僕の将来のお嫁さんだ!」
「ファニー可愛いっ」
「絶対に幸せにしてあげるからね!」
「愛してるよ!」
お姫様抱っこをされ、くるくると踊るように回りながら、彼は叫ぶようにそんなことを何度も口にした。
嬉しさが溢れ出ているのが伝わってきて恥ずかしかったけど、私も嬉しくていつの間にか笑っていた。
きちんと想いは伝わったのだと。彼と相思相愛で婚約者となれたのだと。
ゲームだとか色々と不安はある。
今後どうなっていくかなんて分かりようがないのだ。
だけど、将来の不安より、今ここにいる彼と愛し合いたい。
傍に居て、彼の特別でありたい。
難しいことを考える必要などなかったのだ。
私はただ、彼と今を生きたい。
物語としてキリが良いところで終える為に色々削った為、もしかしたら分かりにくいところがあるかもしれません。
個人的にも溺愛している部分を削ったのはどうかと思うのですが、楽しんでいただけたのなら嬉しいです。
※「攻略対象者は可愛い悪役令嬢を溺愛する」に続きます。
↓にリンクを貼っておりますので、お読みになりたい方はそちらからどうぞ。




