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1-9 全滅

「惜しい」

ユカが不敵につぶやいた。

「でもこれで終わりね」

彼女の言うとおりだ。

だってそうだろう? 右腕がなくて、左腕一本で大剣をぶん回す相手の、左肩を貫いたんだ。

どう考えても勝負ありに違いない。

「まだだ。ヤツは足技もスゲーんだ」

オレとユカの慢心にフローズが釘を刺した。


……そうだ。

悔しいがフローズの言うとおりだ。

何よりその証拠にグレイプニールの目はまだ死んじゃいない。

光を失わない、あの目は勝負を諦めた男のものじゃない。

っていうかなんか笑ってね?


「フハハ、惜しい!」

思わず口から飛び出したようなグレイプニールの笑いだった。

ユカと同じ〝惜しい〟だが、その意図するところをオレは掴みかねた。

わかったことはただ一つ、ヤツはまだまだやる気満々だ。

当然のごとくオレはファイティングポーズを崩さない。

「実に惜しい! オマエらとは正々堂々と戦いたかった!」

その言葉はオレたちの周りに無数のクエスチョンマークを出現させた。

実際この状況は、むしろオレたちの方がかなり卑怯だ。

種族による力の差があるとはいえ、三対一はちょっと気が引ける。

しかしヤツの言葉を信じるなら、多勢に無勢をひっくり返すほどの何かを準備している、ってことだ。

その嫌な予感はフローズもユカも同じく抱いているに違いない。

緊迫したままの二人の雰囲気が能弁だった。


グレイプニールは表情を曇らせ、大きく息を吐いた。

「残念ながら任務は任務。特に変身は厄介だ。解除させてもらう」

その言葉とともにヤツは左腕を上げた。

痛みに顔をゆがめ、血を流しながら、しかし少し手を動かすのがやっとのようだ。

その動作に合わせ、オレの後ろから光の矢が飛んだ。

何だか知らないが、グレイプニールの思い通りにさせてはならない。

オレが抱いた理屈じゃない悪寒と同じものを感じ取り、ユカが一歩速く動いた。

その輝く殺意は今度こそハイトロールの強靭な心臓を貫き、完全に動きを止めてしまう、……はずだった。


命中の直前、魔法は消えてしまった。

春が来て雪が消えるように、いやもっと跡形もなく、昇華するように何も残さず消えた。

見たこともない光景だった。

しかしヤバいってのは痛いほどわかる。

グレイプニールの左後ろに一筋の光があらわれた。

この部屋の主のような立派な門が重々しくきしみながら、わずかに開いた。

魔界への扉が、青白い光を発するその隙間をオレたちに見せつける。

ユカの照明魔法の暖色系の色温度と違う、クールな色調がオレに畏敬の念を抱かせた。

正直足が震える光景だ。


「逃げて!」

ユカの大声がホールに反響した。

言われるまでもなく身を翻す。

が、オレの体からは急速に力が失われていった。

それこそ跡形もなく、気体になって飛んで行ってしまうみたいに、後には空虚さだけが残った。

完全に門から目を背ける前に、オレの変身は解除されてしまった。

「言っただろう。任務だ、と」

オレのすぐ後ろからシブい声が聞こえた。

その響きに聞き惚れる余裕も与えてくれず、心臓を鷲摑みされるような恐怖がやってきた。

とっさに軌道を変え横に飛ばなかったら、オレは思い切り蹴り飛ばされていただろう。


「ユカだけでも逃がすぞ!」

フローズに指図されるまでもない。

何が起きているか知らないが、周囲の空間から魔力が失われている。

そんな状態では純粋魔法使いのユカは普通の人間と変わらない。

グレイプニールに少し小突かれただけで致命傷だ。


しかしそれはオレもまた同じだ。

勢い込んでグレイプニールに殴りかかって愕然とした。

遅い。

あまりにも遅すぎる。オレってこんなんだったっけ?

いつも使っている補助魔法が使えない分、オレの戦闘能力は普通の人間プラスアルファでしかない。

グレイプニールが無造作に腕を振るった。

さっきまでの動きに比べれば、人を小馬鹿にしたようなゆっくりとしたものだったが、それでもオレは避けられなかった。

肩を怪我しているとは思えない強力な打撃が、じっくりとオレの胴体にめり込んでいった。


あ、これ折れたね。今ボキっていったし、絶対どっか折れたね。

オレは壁まで吹っ飛ばされた。

背中はもちろんだが、物理的に強制圧縮された肺が痛い。

そのまま滑るように体が沈み込んだ。

立てない。


フローズは狼男の身体能力のおかげでオレほど無様な目にはあっていない。

しかしそれだって気休め程度にしかならない。

それだけ実力差は明白だ。

なぶるようなグレイプニールの攻撃の前に、さしものウェアウルフも防戦一方。


呼吸が苦しく指一本動かせないオレの視界の端、遠くで何かがきらめいた。

ゲートとは違う昼白色はユカの攻撃魔法だ。

逃げろって言われたはずだが、逃げられないとのユカの判断か。

それとも隠れていた仲間でも出てきたのか。

もちろんユカの放った光の矢はグレイプニールに届かない。

というかホールに入ってすぐに消えてしまった。

ああ、やっぱりダメか。

フローズももはやフラフラ、オレはこのザマ、ここで全滅か。

ユカだけでも逃がしたかった……。


オレが情けなくも諦めたその時、諦めの悪い魔法使いが再び攻撃を放った。

……無駄だろ。

しかし、オレは間違っていた。

ユカが放ったのは魔法の矢じゃない。

実体を持った何か、おそらくそこらへんに転がっていたガイコツか何かを魔法で飛ばしたのだ。

しかもユカの狙いはグレイプニールではなかった。

魔界のゲートだ。

ユカの放った何かの塊が、禍々しい輝きを浴びながら吸い込まれるように門の隙間へと向かっていった。

それはこれまでの魔法の矢のように消えてしまうことなく、物理的な力強さに満ちていた。


グレイプニールの表情から余裕が消えた。

慌てて門を死守しようとするその姿は何かのスポーツを連想させた。

しかしこちらチームの名ディフェンス、フローズの捨て身タックルにより、さすがのハイトロールも動きが止まった。

容赦ない打撃でフローズを沈めたが、時すでに遅し。

ユカの逆転一打がゲートの扉にぶつかり、その隙間を完全にふさいだ。


「終わりだ」

オレの目の前にはグレイプニールの驚愕があった。

自分でも驚くほどのスピードで変身を完了させ、ヤツの目の前まで間合いを詰めていた。

そのまま思い切り振りかぶった打撃を顔面に叩き込む。

ユカとフローズへの感謝、そこに自分へのふがいなさが混ざった、少々八つ当たり気味の一撃だ。

さきほどのオレのように、今度はグレイプニールが壁に吹っ飛ばされ崩れるように倒れこんだ。

うめき声こそ聞こえるが、その巨体からはもはや戦意が感じられなかった。

一方オレの方はアドレナリンでも出ているのか、体の痛みは一向に気にならない。


「なーにが、『終わりだ』よ。カッコつけちゃって。アンタ途中でもう駄目だと思ったでしょ」

ゆっくりと近づいて来たユカの一言の方がよっぽど痛い。

「……すいません」


フローズは完全に気を失っていた。

もちろんオレはヤツに頭が上がらない。

「うーん、私治癒魔法苦手なんだけどな。しょうがない、とりあえず起こすか」

「そういえばこの組み合わせって攻撃重視すぎだな。今更気付いた」

オレの冗談にユカがジト目を向けてきた。

「パーティ編成より臆病者がいることの方が問題だわ」

やっぱりユカはキツい。


「……それにしても今の何? ゲートが開いたら魔力が吸い取られたよね?」

「オレもだ」

オレもユカも口調が重くなった。

普通の人間は魔界では魔法を使えなくなる。

話には聞いていたがこういうことか。

体験してその恐ろしさを初めて知った。

魔力温存どころの話じゃない。これじゃあどうしようもない。


「どうする? せっかくここまで来たんだから、ちょっと覗くだけ覗いてみるか? 怖いけど何もしないわけにはいかない」

この先にプリュイがいるのかどうなのか。

それはさっぱりわからないが、このままじゃ危険すぎる。

っていうか何もできない。


「そうね。とりあえずちょこっと魔界に行って、門の周りを見てこよう。フローズを起こせば、多少は危険が減るでしょう」

時間をかけて頭をひねった後、ユカが慎重そうに決断した。

が、その眼には好奇心の輝きがあった。

「決まった。今度はオレも頑張るからさ!」

オレの自虐にユカが噴き出し、オレもつられて笑った。


そんな緩い雰囲気が流れるのも勝利の確信からだった。

しかしそこで予想外の事態が発生、先ほど聞いたばかりの重々しいきしみ音が聞こえた。


魔界へと続く門が再び開き始めた。

その恐怖的光景を思い浮かべながら、門の方を振り返ったオレが見たのはたしかにイメージ通りの青い光だった。

さっきまでと違い、完全に開かれた扉、その向こうに一人の男が立っている。

驚きの叫び声をあげそうになったその時、オレは後頭部に激しい痛みを感じた。


-----


グレイプニールのイメージは強い敵の幹部。

トーマスの腹違いの兄、という設定は結局使いませんでした。

つくづく思うのだけど

主人公のくせにバラールは格好悪いシーンが多い。

ここでも真っ先に諦めて

そのくせ美味しいところをさらっていくという、

困った役回りをもらってます。

(2021.1.9見直し)

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