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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界で金縛りに会った。

作者: 霜降炉

 ××は刀を腰にぶら下げて,ほぼ廃材でできたごみ臭い貧困街の,その中ではマシな部類の一軒に帰る。今日の月は繊月。繊月は雲に隠れているので,蛍光灯一つない街道は,どんなものでも目を凝らして探さなければ見えなかった。ので,指の上の炎を頼りにある木,唯,暴力カルテルの叫ぶ数多の感情耳に響く。

 日常を感じながら,軋む扉を開くと,汚くひび割れ最早コンクリートではない大雨でも降ってっきそうな空の壁が現れる。いつ崩落してもおかしくない気がするがここの住人は一人なので,将来壁額連れた時死ぬのは××だけ。リソース的には全く問題ない。××はすぐ横の,腐った木でできた机に直置きしていてたゴムのような触感がするブロック型栄養食をかじる。味はよく分からない。深いともまずいとも無味ともいえる,何でもない味。

 突っ立ちながら食べ終わると,風呂に入るという概念すら持ってない××は,五歩もない先にあるベットに刀を放り投げ,同じくそこに自分も寝転がる。ここへの闖入者などいるわけもなく,見える天井は真っ黒だった。

 外と変わらない音量の喧騒を聞き流しながら目をつぶり,右の前腕を被せる。頭は先刻の返り血の影響か興奮しているのに,体は空気がへばりついているかのように重く,怠い。ふと,金縛りに会いそうだと××は思った。いつもそれに会うことを後悔するのに,会いそうになるといつもエキセントリックな高揚をそれになぜか感じてしまうのだ。

 しばらく動かないでいるとノンレム睡眠が訪れてくる。窓から誰にも気づかれずに,ふらふらと蚊が入ってきた。その周波の高い羽音を鳴らしながら蚊は,近くの壁に留まり,ジッとする。

 ××が夢を見始めた頃,意識は唐突にだんまりと,不安定に漠然と覚醒した。どこからというわけでもなく,ゾッと恐怖を感じたのだ。

 何も考えられずに,反射で体を起こそうとする。しかし,体は動かない。どんなにもがいて意識を引き出そうとしても動けない。息ができないように,胸が,苦しい。集中して,首だけでも,と必死に持ち上げようとするも,できない。歯を食いしばるという,根性のスイッチを押すことさえできなかった。

 自分のものとは思えないような,肉体になっていき,うめき声が聞こえてくる。

 ××は第一の幻覚を見始めた。

 目の前に手紙が出現する。

 

 \drop/手紙,

 「あなたのお子さんは突然死ぬ。葬式に来て視界を華に覆われて下さい。私は悲しいので今から悲しいことをする。

 階段でこけて空中で一回転して足の骨を折る。

 恐怖を覚える。

 犬に黒い気を吐く。

 ジョークがないとあなたの子が死んでしまう」

 /noir/手紙,

 「逃げ切りたい逃げられない強く睥睨され後は捕食されるだけで動けなく動き,

 あなたの子はきっと生きない手を伸ばしても届かない,早くこの息苦しさを」

 \沢さ・rouge×3/手紙,

 「殺せ,あなたはこれを父と同時に知覚し,父はあなたを殺す,

 髪はあなたと共にない」

 何もわからず,漂っていそうな化物がこちらに近づいてきて,胸を貫かれる。粘っこい血を抱きつけるようにゴバッ,と吐き,上半身が浮き,顔にぴちゃぴちゃと降り注ぐ。視界が赤く染まっていく……。


 ××は腹筋で顔を歪ませながら勢いよく起き上がる。細かく荒い呼吸を繰り返した。ぼやけた頭は,今描いた世界を反芻し,細部をどんどん忘れていく。変な手紙だったという事しか思い出せなくなりながら,まあいいや,と昏い空を見て,目をつぶった。


 ××は二回目の幻覚を見なかった。

 やはり動けないで意識を保ち,あがいていると,音が聞こえてくる。ドッ,ドッ,という音で,なんだ,自分の心臓の音か,と安心する。しかしだんだん音と音の間隔がなくなっていく。ドッドッドッド,ド……。

 早くなりすぎて,自分の胸が裂ける! と心の中で悲鳴を上げ,胸を見て確かめようとするがやはり首は動かない。左手も,小指だけをぴくぴく,死にかけの陸上メダカくらいにしか動かせない。そしていつの間にか音はドドドドドドドドド…………と。

 音の間隔が消滅し,心臓がおかしくなる。はずだが自分は生きていた,不思議に思えば,その音が有名暴力団のエンジン音だという事に気づいた。



 朝日が全身にかかり目が覚める。ああ,と気怠げに思い,気持ち悪くボー,とした頭の中で右手が蚊に刺されていることに気が付く。見ると一か所赤く膨れていた。

 深く息を吐き,冷涼な空気を取り込む中,あのバイク音は前からしていたがやはり迷惑だと確信する。

 今日の朝食はそこから強奪しようと決めて,刀を左手に握って扉を開けた。西向きなので朝日が差し込んでくることなどなく,何かの色で壁に描かれたグラフィックアートが目に入る。スプレー缶で描かれたも野は薄れており,生物的な色で描かれたものが目立っていた。道の先を見渡せば,酒の瓶と汚物死体ジャンク蛆虫腐敗した何かエトセトラが落ちており,所々,やせぼそった子供と老人が物乞いをしていた。自分とそんなに年齢が変わらないような人もいるが,無意識に全員いないものとした。

 ××は頭をかきながら目的地へ歩いていく。どうやって眠りが妨げられたのか,どんな幻覚を見たのか思い出そうとしたが,逆にそれがどんどん抜け落ちていくのを感じる。××はそれを止める術を持っていなかった。しかし××にとってそれはもうどうでもよいこととなっており,他の,蚊に刺されたことを思い出した。結構かゆいなぁと苦笑し,貧困街を突き進んでいく。

 ……その日,この街ではありふれている鮮やかな丹紅の立体アートが,ある一画で多く造られた。




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